川の字でおやすみですが、何か?

 夕食と水浴びを済ませば、あとは明日に備えて睡眠を取るだけである。オレひとりで見回りをこなすのは割と大変だったので、今夜はしっかり身体を休ませたいところだ。というわけで、ベッドに入ったは良いものの……。


「んんぅ……ーーーーーーーーーー!」

「大丈夫か、ナーニャ……。フー姐、やっぱりこのベッドに三人とも入るのは無理なんじゃない?」

「いいえ、問題ないわ。お姉ちゃんは、そこに妹たちさえいれば窮屈さなんて気にならないから」


 フー姐は、それが常識だとでも言いたげな口調で答える。


「ーーーー、んんんんん~~!」

「それは、フー姐が特殊なだけだから……」

「ふふふっ」




 ええっと……何が起こっているのか、状況を再確認してみよう。


 まず、水浴びを済ませて寝間着に着替えたオレは、自分のベッドに寝転がった。ここまでは良い。いつも通りの流れだ。

 続いて、ナーニャを抱きかかえたフー姐が、ナーニャ諸共オレのベッドに潜り込んできた。うん……ここがおかしいな。どう考えてもおかしい。フー姐の行動がまるで道理に叶っていない。


 無理やり連れてこられたであろうナーニャも、先ほどから布団の中で悲鳴のような声をあげている。顔だって真っ赤だ。

 それはそうだろう。なにせ、オレとフー姐の間に挟まれているのだから。きっと、暑苦しくて仕方がないはずだ。


「んっ! んぬぬぬ……」

「今朝話したとき、今夜は仲良く3人で寝ましょうって約束したでしょ?」

「そういえば、そんな話をしていたような気がしないでもないけど……」


 いや、でもオレは、フー姐と一緒には寝ないって返事したはず。


「…………すぅ……すぅ」

「それに、ナナシちゃんがナーニャちゃんの隣に並べる配置に、ちゃんとしてあげたんだから」

「それだって、オレが散々渋ったからだろ……」


 先程のフー姐は、ベッドに潜り込むや否や、オレとナーニャを自身の両隣に寝かせようとした。もちろんオレは断固拒否したけど。何が嬉しくて、わざわざナーニャの隣以外で寝なくちゃいけないのか。しかも、ひとり用のベッドだからこんなにも狭いというのに。


 おっと、隣で呻いていたはずのナーニャから、スヤスヤと気持ち良さそうな寝息が聞こえてきたぞ。さすが幼女、眠りにつくのがとっても早い。


「あらあら、可愛い寝顔。ナーニャちゃんったら、わたしたちに挟まれて安心しちゃったのかもね」

「まあ、そういうことなら仕方ねぇな……」

「ナナシちゃんは正直じゃないんだから。まあ、そんなところも可愛いんだけど」

「……ふんっ」


 ナーニャが眠ってしまったので、オレは不本意ながらもこの状況を受け入れることにした。念のため繰り返しておくが、これはあくまでも不本意ながら受け入れたに過ぎないのだ。オレには、フー姐みたいな下心は微塵もないのだから。


「…………んにゅう……むにゃむにゃ」

「寝言まで可愛いな、おい」

「ナナシちゃんだって、ときどき可愛い寝言を呟いてるけどね」


 えっ、そうなのか!?

 ……いや、そもそもなんでオレの寝言を知っているんだ? 違和感に気づき突っ込むと、途端にフー姐は寝たふりを始めた。

 このまま追及を続けたいところではあるが、あまり大きな声を出すとナーニャを起こしてしまうかもしれない。仕方がないので、オレも目を瞑って眠ることにした。




 目を瞑ることで、五感が自然と研ぎ澄まされる。

 まずは聴覚。寝静まった夜の寝室に、ナーニャの可愛い寝息が小さく響いている。そして、その寝息が耳から流れ込み、頭の芯まで浸透していくのを感じる。あぁ、素晴らしい。癒しの効果は抜群だ。

 さらに触覚。狭いベッドなので、当然のようにナーニャの腕や手が触れている。きっと体温が高いのだろう……ぷにぷにした肉感と共に、温もりがじんわりと伝わってくる。

 うん、良い感じで眠気が襲ってきたぞ。


「うふふふ。ナーニャちゃんのほっぺた柔らかい」


 ナーニャの向こう側でフー姐が独り言を漏らしているが、一切聞かなかったことにしよう。

 ……いや、でもまあちょっとくらいなら、フー姐の真似をしたって許されるかな。オレだって、気になるものは気になるんだ。


 ぷにっ……。


 うわぁああ、ナニコレめちゃくちゃ柔らかい!

 もっちもちで癖になりそう!




 そんな具合で、起こさない程度にナーニャのほっぺたを堪能した後、オレは再び目を瞑る。

 さて、明日はいよいよオレとナーニャの二人きりで過ごす日だ。何をしてナーニャを喜ばせてあげようか。いろいろと想像が膨らむ。


 ……困ったな。身体は疲れているはずなのに、明日が楽しみすぎて眠れなくなってきた。

 




「んにゃ? ……もう朝かぁ」


 差し込む朝日に目蓋を優しく刺激され、ボクは今日も目を覚ます。


 この世界にやってきて、今日で四日目になるんだったかな……たしか。体感的には既に数週間くらい経ったような感覚なので、イマイチぴんとこない。

 年齢によって体感時間が異なるって話は聞いたことがあったけど、ボクは今、身をもってそれを実感しているわけだ。


「……あれれ?」


 身体を起き上がらせようとして、ほとんど身動きが取れないことに気づく。不思議に思って左右を確認してみれば、ボクはお姉さんとダークエルフさんにがっちり挟まれていた。

 寝ぼけた頭ではこの状況を呑み込めず、一体何事なのかと戸惑いの感情が溢れる。


「うぁ、うぁああ……!?」


 落ち着け、ひとまず落ち着くんだ、ボク。

 ひとつ大きく深呼吸し、昨晩の出来事を思い出そうとする。


 えっと……そうだ。たしか昨晩は、またお姉さんに捕まってしまう前に、自分の寝床を見つけようとしたんだ。まあ、結局はお姉さんに抱き上げられてしまったんだけど。


 しかも、今度はダークエルフさんが寝ているベッドへ連れて行かれるというね。

 ベッドに着くとお姉さんはまず、ボクをダークエルフさんの隣に寝かせた。さらに、ボクの隣へお姉さん本人も寝転がる。所謂、川の字になって寝るってやつだ。そうなると、必然的に両隣からお姉さんたちの甘い香りが漂ってくる。


 もはや、自分自身ですらも説得力を感じられない主張ではあるけれど、これでもボクは数日前まで普通の男性だったのだ。だから、さすがに今夜こそは緊張して眠れないはず……。なんてことを考えていたところまでは記憶がある。

 ついでに、「ボクみたいな狼と一緒に寝るべきじゃないよ」「わおぉ〜〜ん」と、必死に声を上げて主張していたことも。


 しかし悲しいかな、そこから先については全く記憶がない。状況から察するに、ボクはまたあっさりと熟睡してしまったのだろうけど。

 これじゃ、まるで本物の子どもみたいだ。


 認めたくない事実から目を背けるように、ボクは現状へと意識を戻す。


 もしかすると、昨晩は遅い時間だったから、うっかり眠気に負けてしまっただけじゃなかろうか。

 であれば、しっかりと睡眠を取った今こそ、内なる男が目覚めるはず……なのに、なんてことだ。

 ボクは、こんな状況にも関わらず、お姉さんたちの温もりに対し安心感を覚えてしまっていた。劣情を抱くなんてとんでもないと言わんばかりに、ひたすら心が落ち着いていく。


 ぐぬぬぬぬ。今のボクは只の幼女であることを、改めて自覚させられる。そして、その変化は身体だけに留まっていないということも。

 せめて、この状況から抜け出したいと僅かばかりの抵抗を試みるが、まあ無理だよね……うん。


「あっ、蝶々だ〜〜!」


 ほんの数分後には、夢の世界で無邪気に蝶々を追いかけているボクがいた。とほほ。

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