手伝いたいお年頃ですが、何か?

「ただいま~~」

「たい……まっ!」


 ミーちゃんの店でありったけの衣服を買い上げて、わたしはほくほくしながら帰宅しました。

 わたしの「ただいま」を真似するように、ナーニャちゃんも鈴を転がすような声を発します。今朝も思いましたが、ナーニャちゃんは挨拶の概念が理解できているようですね。

 あともう数日経ったら、おはようやおやすみといった挨拶から言葉を教えていくのも良いかもしれません。この子ならすぐに覚えてくれそうです。


 ナーニャちゃんには今、最初に試着していた純白のワンピースを着てもらっています。何度も繰り返しになりますが……やっぱり天使ですよ、この子!

 当の本人は、少しばかり恥ずかしそうに顔を赤らめています。きっとこれまでは、このような可愛い服は与えてもらえなかったのでしょうね。まったく、こんな可愛い子にオシャレをさせてあげないなんて、人間という種族は愚かすぎます。はっきり言って、怒りを通り越して呆れてしまうほどです。




 おっと、そんな過去のことを考えていても仕方がありませんね。見回りを終えたナナシちゃんがお腹を空かせて帰ってくる前に、夕食を用意しておかねばなりませんから。

 食材を並べて準備していると、ナーニャちゃんがちょこちょこと可愛い足取りで近寄ってきました。


「あら、どうしたの? うふふ、もしかしてお姉ちゃんがすぐ側にいないと寂しいのかな?」

「……? ーーーーーーーー!」


 てっきり寂しくなったのかと思いましたが、どうやらそういう理由ではなかったようです。

 ナーニャちゃんは、食材を指差して何やら一生懸命にアピールをしています。ついでに、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら。

 ……えっ? なにこの可愛い生き物。あっ、わたしの妹ですね。そうでしたそうでした。

 現実があまりにも幸せすぎて、そのうちわたし死ぬんじゃないかと思えてきました。もちろん、可愛い妹ふたりを残して死ぬつもりなんて毛頭ありませんけど。


 いけません、思考が明後日の方向に逸れてしまいましたね。一旦落ち着いて、ナーニャちゃんのアピールを読み解いてあげましょう。

 ふむふむ、なるほどです。どうやらナーニャちゃんは、夕食の準備を自分にも手伝わせてほしいとアピールしているようです。あぁ、なんてよくできた妹なんでしょう。


 しかし、そうは言っても包丁や火を扱わせるわけにはいきませんよね。可愛いナーニャちゃんが万が一にも怪我をしてしまっては大変ですから。言葉が通じないので、複雑な指示を伝えることも難しいでしょうし……。


 よし! それでは、今日の料理に使う食材たちをきれいに洗ってもらうことにしましょう。

 わたしはいくつかの野菜をナーニャちゃんに手渡すと、水の貯まっている桶を指差しました。賢いナーニャちゃんはすぐに意図を察したようで、嬉しそうに桶の前で腰を下ろします。

 そして、先ほどわたしが池から汲んできた水を使い、野菜をひとつずつチャプチャプと水洗いし始めました。小さなおててで一生懸命洗っている姿は、とっても可愛いです。天使の極み。


「んっふふ~~! んんん~~」

「か、可愛いぃい……」


 野菜を洗っているうちに段々楽しくなってきたようで、幼い身体を左右に揺すりながら鼻歌まで歌い始めました。もはや可愛いを通り越して神秘的と感じる域です。思わず見惚れてしまいそうになりますが、わたしも手を動かさないと!




 ナーニャちゃんがひと通り水洗いを終えたので、あとはわたしが美味しく調理するだけです。

 その間、ナーニャちゃんは椅子に座って満足げな表情を浮かべ、こちらをじっと見つめていました。

 ……何だか今日は、ナーニャちゃんがずっと可愛いです。いや、それは森の中で出会ったときからずっとでしたね。


「ふぅ、ただいま。おっ、いい匂いがする!」

「……ーーーー!」

「お疲れ様、ナナシちゃん」


 ナーニャちゃんに手伝ってもらいながら料理を食卓に並べていたところで、ナナシちゃんが見回りから帰ってきました。

 ナナシちゃんの帰宅に、ナーニャちゃんも嬉しそうです。さあ、それでは夕食にしましょう!





 無事に役目を果たしたオレを待っていたのは、可愛いワンピースで着飾っている美少女……もとい美幼女だった。


「オレを迎えるために着飾ってくれるだなんて……おいおいおい、オレの妹は最高だな」

「いや、べつにナナシちゃんの為というわけではないのだけれど……」

「うるさい。フー姐は黙ってて」

「ナナシちゃんがグレた……!?」


 フー姐が目を見開いて固まっているが、とりあえず放っておく。今のは、余計な水を差したフー姐が悪いんだからな。

 さて、オレは改めてナーニャの全身を眺める。すると、目が合ったナーニャが嬉しそうに笑みを浮かべた。……あぁ、これは一日頑張った甲斐があるというものだ。大事な妹の可愛い笑顔を守れるなら、里の見回り程度いくらでもこなしてみせるさ。


「さすがナナシちゃん。なら、明日の見回りもナナシちゃんにお願いできるかしら?」

「だが断る!」


 先ほどまで固まっていたはずのフー姐が懲りずにふざけたことを言ってきたが、オレはバッサリと叩き切る。それとこれとは話が別というやつだ。

 大体、フー姐は今日一日ナーニャと思う存分に楽しんだだろうに。そのことは、大量に積まれている衣服の山を見れば一目で分かる。まったく、羨ましいな……。




 フー姐とナーニャに促され、オレは食卓についた。正直、一日走り回った所為で空腹も限界に近い。玄関に入った瞬間から良い匂いが漂ってきていて、お腹がキュルキュルと鳴りっぱなしだ。


「今日はナーニャちゃんが夕食の準備を手伝ってくれたのよ」

「んししっ、ーーーーー!」


 なんと、今日の夕食はナーニャが手伝ったらしい。そして、その事実をフー姐がオレに伝えたと理解できたのだろう。えっへんと胸を張り、どことなく誇らしげな態度の妹が可愛らしい。

 もしかして、オレの為に料理を手伝ったのだろうか? ……きっとそうに違いない!

 

「それも違うと思うのだけれど……この子、案外思い込みが激しいタイプだったのね」

「フー姐、何か言った?」

「なんでもないわ。気にしないで」


 そうか。なら、気にしないでおこう。

 おっ……ナーニャがオレの方に近づいてきたので、感謝を伝えつつ頭をくしゃくしゃと撫でてあげた。ナーニャも嬉しそうに目を細めている。小鳥みたいなやつだな。


「ほら、冷めちゃう前に食べちゃいましょ」

「そうだな。あっ、そうそう。フー姐も、いつも美味しい料理を作ってくれてありがとう」

「……っ! 妹ふたりがあまりにも良い子でお姉ちゃん幸せすぎるぅうう」


 いや、ほんとフー姐の料理は絶品だからね。ナーニャに感謝を伝えたんだから、同じようにフー姐にも伝えるのは当然だ。そんな大げさな反応をするようなことじゃない。

 さて、それじゃ頂くとしようか。我慢も限界だ。


「「大地の恵みに感謝を込めて」」


 この日の夕食がいつにも増して美味しく感じたことは、もはや言うまでもない。

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