馬子にも衣裳なんですが、何か?

 ボクを採寸した後、店員さんはしばらく店内をうろうろと動き回っていた。そして、いくつか衣服を手に取ると、無事に目的を果たしたようでボクの近くに戻ってくる。


 店員さんの手元には、先ほど選んでいた衣服が積み上げられている。ただ、ボクひとりの分にしては少しボリュームがある気もするけど……。

 そんなことを考えていたら、店員さんがお姉さんに向かって数着の衣服を差し出した。サイズ的にもボクが着るものではなさそうだから、それはお姉さん用なのかな?


「ーー、ーーーーーー」

「ーーーー……!」


 しかし、お姉さんは差し出されたそれを突き返した。更に、その流れで店員さんの頭を軽く叩く。そんなことして訴えられたりしない?

 ……まあ、何となく親しい間柄であることは伝わってくるので、その辺りは心配無用かな。


 叩かれた頭を摩りながら、少し涙目になっている店員さん。差し出された服が気に入らなかったにしても、べつに叩く必要はなかったんじゃないだろうか。そんな風にも一瞬思ったが、突き返された衣服の下にやたら露出の激しい服が隠されていたことに気がつき、考えを改めた。

 うわぁ……あれ、もしかしなくてもビキニアーマーってやつだよね。お姉さんになら似合いそうではあるけれど、敢えてそれを差し出す店員さんのセンスには不信感を抱かずにいられない。


 ……なぜボクがビキニアーマーなんて代物を知っているのかって?

 そりゃまあ、ボクはこれでもほんの少し前までは健全な男性だったからね。それはもう過去形になってしまったけど……ううぅ。


 お姉さんに試着させることを諦めたのか、店員さんの視線は再びボクの方へ向く。そして、今度は万歳の体勢になり、両手を上げるよう促し始めた。

 まさか、「手を上げろ。さもなくば発砲するぞ」なんて急展開が始まったわけではないと思うので、ボクは大人しく両手を上げる。次の瞬間、頭上から白い布が降ってきた。ぬおっ?


 視界が真っ白になり軽くパニック状態に陥ったけれど、それは仕方がないことだよね。子どもみたいな反応をしてしまっただなんて、ボクは認めない。

 視界が戻ると、店員さんがボクの正面に鏡を運んできた。ボクは戸惑いつつもその鏡に視線を移す。


 ……えっ? この美少女、誰?


 鏡の中にいる少女と目が合い、思わず赤面してしまった後で、そこに映っているのが自分であることに気がついた。

 そう言えば、水浴び中に水面に映る自分の姿を見たことはあったけど、鏡越しにちゃんと見るのは初めてかもしれない。水面に映る自分の裸になんて興味がなかったので、それほどよく観察していなかったけれど……改めてよく見ると、幼いながらもそれなりに整った顔立ちをしている。目は大きくてくりくりだし、鼻筋もすらっとしている。小さな口元にも愛嬌がある。エルフという種族自体に美形が多いのか、自分がそれほど特別だとは思わないけれど、少なくとも以前の自分より整った顔立ちであることは間違いない。


 でもまあ、一瞬とはいえ鏡を目にして戸惑ってしまうほどの美少女に見えたのは、身に纏っているこの白い布の効果が大きいだろう。

 先ほど頭上から降ってきた白い布、今ボクが纏っているこの衣服は、純白に輝くワンピースだった。

 

 もともと着ていたやつだって、似たようなワンピースではあったのだけど……きちんと採寸して、自分にぴったりなものを選んでもらっただけで、これほどまでに印象が変わるのか。

 先ほどの採寸について、内心では只の変態行為なのではと疑っていたいたことを謝罪したい。さすがはプロフェッショナル、ちゃんと意味があったんだね。たぶん、そうであるはず。うん。


 改めてこのワンピースをよく見ると、全体的にはふんわりとしつつも、要所はしっかり身体にフィットしている。肩の部分が割と露出している点は恥ずかしいけれど、それを含めて似合っていることも理解できるので文句は言えない。まあ、文句を言ったところでこの世界では誰にも通じないんだけどさ。


 そういえば、お姉さんはこの格好を見て、どんな反応をしているのだろうか。なんとなく気になったので、お姉さんの方に顔を向けてみる。

 お姉さんは、口元を手で押さえながら、何か声にならない声を上げていた。


「お姉さん、その……大丈夫?」

「……ナーニャちゃん、ーーーーーーーーー!」


 お姉さんの様子を見て心配になったので、首を傾けながら声を掛けてみる。その途端、飛び上がるようにしてお姉さんがこちらに駆け寄ってきた。

 勢いそのままに、お姉さんがボクを抱きしめる。そんなことしたら商品に皺がついちゃうからぁああ……そんな訴えを伝えることもできず、為す術がないまま棒立ちになるボク。

 ハイテンションなお姉さんが、何やら頻りに声を上げている。言葉は理解できずとも、ボクを見て喜んでいることは伝わってきた。

 たしかに似合っているとは思うけど、さすがにそこまでの反応になるほどかなぁ。お姉さんも女の子だから、可愛い服を見るとテンションが上がるのだろうか。ボクには分からないや。


 ちょんちょんと、背後から店員さんがお姉さんの肩を叩いた。お姉さんが振り向き、拘束が緩んでホッとしたボクも店員さんに視線を向ける。

 店員さんの手元には、先ほどよりも数倍ボリュームが増した衣服の山が。サイズ的に、どれも子供向けっぽいんだけど……。


 この後の展開を察した賢いボクは、そのまま思考することをやめた。

 もういいや。着せ替え人形だろうと何だろうと、店員さんの好きにしてくださいな。ぐすん。

 こういう場面ですぐに号泣しなくなった点は、成長したと褒めてほしいところだ。諦めを覚えただけとも言えるけど。





 ミーちゃんが見立てたワンピースを着たナーニャちゃんは、まさに天使でした。やはり、初めて出会ったときにナーニャちゃんのことを天使だと感じたのは、間違いじゃなかったようです。

 あまりの可愛らしさに声を上げそうになりましたが、ここは店内です。自重しなければなりません。そう思い、口元を押さえて必死に我慢していたのですが、ナーニャちゃんは容赦なくわたしにとどめを刺してきます。


「ーーーー。ーー……ーーー?」

「……ナーニャちゃん、可愛すぎるってもう!」


 そんな風に可愛く小首を傾げながら声を掛けられては、自重なんてできるはずがありません。ナーニャちゃんは天使なのか小悪魔なのか、果たしてどっちなんでしょうね。


 しばらくナーニャちゃんを抱きしめて堪能していると、後ろからミーちゃんに肩を叩かれました。

 おっと。たしかに、せっかくのワンピースに皺がついてしまいますもんね。そう思い振り返ると、ミーちゃんの手元にはナーニャちゃんの魅力を引き出しそうな可愛い服が山ほど用意されています。こんなの、どれも絶対似合うに決まっているじゃないですか。さすが服飾屋の一人娘ミラ。伊達に若くしてこの店を継いだわけではありませんね。


「ねぇねぇ、フーちゃん。この可愛い子、もらってもいいかなぁ?」

「ダメに決まってるじゃない。うちの妹に手を出したら、ミーちゃんの悪癖を里中に言い広めるから」

「あわわわわ……そんなことしたら、新しい女の子が店に来なくなっちゃうからぁ!」

「なら、二度とふざけたことを口にしないことね」

「……フーちゃんがいつにも増して怖いよぉ」


 内心で褒めた途端にこれです。まったくもう。

 それと、言い広められて客が減るような悪癖を持っているミーちゃんの方が、わたしなんかより数倍怖いと思いますけど……。


 あっ、このあとナーニャちゃんが試着した商品は、一着残らず全て買い上げました。お姉ちゃんとして、当たり前のことですよね?

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