類は友を呼ぶそうですが、何か?

 店の扉を開くと、カランカランと扉に付いているベルが揺れました。そして、奥から見慣れた店員がやってきます。


「いらっしゃいませぇ。フーちゃん、久しぶりぃ」

「そうね。久しぶり、ミーちゃん」


 相変わらずの甘ったるい語尾で話す彼女は、この店を営んでいるオーナーであり、わたしの幼馴染でもあるミーちゃんです。

 基本的におっとりとした雰囲気なので、彼女に惚れ込んでいる里のエルフも多いですが……幼馴染のわたしとしては、彼女の本性を知らないまま夢中になっている者たちに同情を禁じ得ません。


 そんなことを考えているうちに急接近していたミーちゃんが、わたしの胸元を遠慮なくまさぐってきました。ほら、油断するとすぐにこれです。


「やめなさいよ、ミーちゃん……」

「フーちゃん、もしかしてまた膨らんだのぉ? 少し窮屈そうだから、新しい服を仕立ててあげるねぇ」


 あくまで確認のために触っただけなんて口ぶりですが、昔から散々過度なスキンシップを受けてますからね。下心ありありなのはお見通しです。


「そもそも、今日はわたしの服を仕立てて貰いに来たわけじゃなくてね……」

「……あら、あらあらあらぁ? フーちゃんに娘がいたなんて、わたしは聞いてないよぉ」


 ようやく、わたしの後ろに隠れているナーニャちゃんの存在に気づいたようです。何故だか急に、ミーちゃんの周囲が冷え込んだ気もしますが……

 さきほどまで顔を赤らめていたナーニャちゃんも何か感じたらしく、怯えた表情でわたしのスカートを掴んでいます。


「ナーニャちゃんが怯えているじゃないの。それに、この子は娘じゃなくて妹よ」

「ごめんねぇ、わたしったら勘違いしちゃったぁ。フーちゃんにもうひとり妹がいたことも知らなかったけどぉ……よく見るとフーちゃんによく似ていて、とっても可愛いのねぇ」


 わたしとナーニャちゃんに血の繋がりはありませんけどね。ですが、似ていると言われて嫌な気はしません。ちょっぴりにやついてしまいます。

 それはそうと、先に釘を刺しておいた方が良さそうです。


「ミーちゃん、うちの妹はいじめちゃダメよ」

「もう、いじめるなんて人聞きが悪いよぉ。わたしは可愛いが好きなだけなんだからぁ」


 可愛いが好きなだけなら、わたしだって何も言いませんが……彼女の餌食になった娘をわたしは何人も知っていますからね。この店が繁盛しているのは常連と化す娘が多いからですが、その理由は品揃えや仕立ての技術だけではないように思います。

 まあ、深くは踏み込まない方が無難でしょう。


「今回の用事はナーニャちゃんの服選びよ。というわけで、この子に似合う最高の服を見立ててもらえるかしら」

「えぇ、もちろんだよぉ。久しぶりに興ふ……じゃなくて、腕がなるなぁ」


 やはりこの店に来たのは間違いだったかもしれません。ナーニャちゃんも不安そうですし、今からでも遅くないので帰りましょうかね。


「冗談、冗談だよぉ……っ」

「次そんな冗談言ったら、本当に帰るからね」

「分かったよぅ。でもでも、わたしたち似た者同士の幼馴染だから、いろいろ分かり合えると思うんだけどなぁ」


 一緒にしないでほしいです。わたしはただ妹たちを大切に思っているだけの、一般的なお姉ちゃんなのですから。


 さて、まずは採寸から開始といったところでしょうか。ミーちゃんの採寸方法は案の定なんですが、その結果は驚くほど正確なんですよね……。





 お姉さんに連れられてボクがやって来たのは、服飾屋と思しきお店だった。


 入店してすぐに、ボクは圧倒されて後ずさってしまう。幼女視点だと、ただ服が並んでいるというだけでも相当に圧を感じるのだ。

 それに、ボクの気のせいでなければ、女性向けの洒落た服しか並んでいないような……店内の匂いも、どことなく甘さを感じる。普段ユニ●ロでしか服を買わないボクがこのような店に入るなんて、それはもはや異世界に飛び込むも同義じゃないだろうか。いやまあ、もう既にここが異世界そのものなんだけれども。


 すぐに奥からエルフの女性がやって来た。状況から判断するに、この女性は店員さんと見て間違いないだろう。


 なんというか、店員さんから妙に色気を感じてしまう。正確に言えば、ピンクなオーラを纏っているというか、大量のハートマークが飛び交っているというか、そんな感じのやつ……。

 そして、やたらとお姉さんとの距離感が近いような。心理的にも肉体的にも。この世界の店員さんは、こんな風にグイグイと来るものなんだろうか。まあ、元の世界でも服飾屋の接客には少しばかり苦手意識があったけどね。


「……ーー、ーーーー?  ーーーーーーーー、ーーーーーーーー」


 突然、店員さんから冷気が発せられる。何事?

 それは一瞬で治まったものの……この世界の店員さんは何だか怖いなぁと、ボクはすっかり委縮してしまった。


 お姉さんと話し終えたらしい店員さんが、すっとボクの方へ視線を向ける。なんとなく、接客のターゲットがこちらに移った感があるぞ。

 まるで蛇に睨まれた蛙のように、ボクは硬直して動けない。ひぇえ……。


「ーーーーー!」 


 店員さんは、何か一言発した後にボクの服を脱がせ始めた。ちょっと待って、ちょっと待って!

 抵抗しようにも、委縮しきった身体ではどうにもならない。服飾屋なんだから、服を脱いだり着たりすることは変じゃないと思うよ。でもさ、普通は試着室とかでするもんじゃない? この世界に試着室という概念はないのだろうか……。

 せめてもの救いは、店内に他の客がいないこと。だけど、そういう問題ではないと思うんだ。


 下着を除いて一式見事に剥がれたボクは、試着前だというのに既にぐったりした状態である。

 そんなボクの様子にも構わず、店員さんが今度はボクの身体を弄り始めた。


「うぴゃ、ふぁ……にゃははひひひっ」


 く、くすぐったいぃいい!

 これ、あかんヤツや。急に関西弁が飛び出すくらいには脳が混乱している。


「……んんうっ」


 思わず漏れたボクの声を聞いて、店員さんの手が一瞬静止する。

 その状態のまま、店員さんは自分に何か言い聞かせるかのようにぶつぶつと呟いている。怖いよぉ。

 店員さんの目が一瞬光ったように見えた直後、再び腰回りやら胸元やらを弄繰り回される。

 こ、これってたぶん採寸しているんだよね? 女の子の採寸方法なんて知らないんだけど、これは何だか違う気がするんだ。あひゃあっ……。




 採寸と思われる行為がひと通り済んだときには、ボクはすっかり満身創痍になっていた。

 一方の店員さんはといえば、肌が妙につやつやとしている。ぐぬぬぬ……。

 そして、後ろで見守っていたはずのお姉さんも、何だか息が荒くなっているような。何故に?


「ーーーーーー、ーーーー」

「ーー、ーーーーーーーーーー」


 ……あれれれれ?

 今、お姉さんと店員さんが熱い握手を交わしていたような……見間違いだよね、きっと。うん。

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