抱き枕にされましたが、何か?
お腹を空かせた妹たちのため、腕によりをかけて料理を作ろうと意気込んでいるうちに、二人は水浴びへ行ってしまいました。
まあ、どちらにしてもナナシちゃんにお願いするつもりでしたが、やっぱり羨ましいですね。わたしもたくさんナーニャちゃんのお世話をしたいです。
それにしても、水浴びに行ったきり、なかなか戻ってきませんね……まさかとは思いますが、やましいことなんてしてませんよね、ナナシちゃん?
食材を鍋に放り込むこと数十分、ようやく玄関の扉が開きました。
おかえりなさいと声を掛けようとしましたが、戻ってきた二人はやたらぐったりとしています。その割に、妙に顔が赤いですが……。
ちょ、ちょっと待ってください二人とも。一体
「いや、何もしてないよ……」
「ーーーー! ん、ん~~っ」
ナナシちゃんは否定の言葉を口にしましたが、その割に目が泳いでいます。むぅ、怪しい。ナーニャちゃんも、言葉通じてないはずですよね……なんでそんなに狼狽えてるんですか?
もう、なんですか、なんなんですか。羨まけしからんのですよ、まったく。
「フー姐が想像しているようなことなんて、ひとつも起きてないからな」
「んっ、んっ」
……なんでしょうか、この二人の連帯感。妹同士、何か通じ合うものでもあったのかもしれませんね。えぇ、そういうことにしておきましょう。
それはそうと、鍋の中の煮込み具合がちょうど良い感じになってきました。というわけで、妹たちには席に座ってもらいましょう。
器に盛りつけてテーブルまで運ぶと、ナーニャちゃんが目をきらきらと輝かせました。口元からは一筋よだれも垂れています。嬉しい反応ですね。
「おいナーニャ、よだれが垂れてるぞ。まったく、お前ってやつは……」
「んへへ」
やれやれといった様子で、ナナシちゃんがナーニャちゃんの口元を拭き取りました。ナーニャちゃんも、素直に拭かれて照れたように笑っています。
可愛い……可愛いですが、さっきから距離が縮みすぎじゃありません? 妹たちの成長速度に、お姉ちゃんは驚くばかりですよ。
あまり時間がなかったので、簡単な料理になってしまいました。しかし、その分たっぷりと野菜を放り込んでいます。ナーニャちゃんには、しっかり栄養を取ってもらわなくちゃいけませんからね。いっぱい食べて、元気に育つのですよ。さあ、それでは頂くとしましょう。
「「大地の恵みに感謝を込めて」」
もぐもぐ、もぐもぐ。そんな音が聴こえてきそうなほど忙しなく、そして美味しそうにナーニャちゃんの口が動いています。
とても微笑ましい気持ちになり、わたしの手は止まってしまっていましたが、それも仕方がないですよね。美味しいもの、これからいっぱい食べさせてあげたいです。
「オレも料理の勉強、ちゃんとしてみようかな」
「ふふっ、ナナシちゃんの口からそんな言葉が聞けるだなんて」
「な、なんだよ……悪いかよぉ」
いえいえ、悪いだなんてとんでもないです。お姉ちゃんは、寧ろナナシちゃんの成長を喜んでいるのですよ。
それに、ナーニャちゃんの食べっぷりを見ていたら、そんな風に思うのも当然だと思うのです。餌付け意欲を煽られるとでも言いましょうか……いえ、わたしは餌付けなんてそんなつもり、ひとかけらもありませんでしたけどね。本当ですよ?
「なるほど、フー姐はそんなこと考えていたのか」
だから、そんなつもりないんですってば……!
◇
「けぷっ……」
ふう、満腹まんぷく。大変美味でございました。ごちそうさまです。
異世界グルメ、いったいどんなものが出てくるのだろうかと若干怯えていたものの、そんな心配は無用だった。お姉さんが作ってくれたのは肉なしポトフのような一品で、入っている食材も見知った野菜ばかり。実際、ボクの知っている野菜と同じなのかは不明だが、少なくとも見た目と味に違和感はない。
どちらかと言えば懐かしさを感じる味わいだったので、思わず夢中になって貪ってしまった。行儀がなっていない奴だと思われていたら嫌だな……。
まあ、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。そんなことより、美味しい料理を作ってくれたお姉さんに感謝を伝えておくべきだろう。
お姉さんが食器を洗い終えたのを見て、ボクはお姉さんの側に駆け寄った。そのままお姉さんのスカートを掴み、くいくいと引っ張る。お姉さんがこちらへ振り向いたので、頭を下げてお礼を述べた。
「あ、ありがと。美味しかった」
「ふふっ、ーーーーーー」
こちらの世界で頭を下げる習慣があるのかどうかは知らないが、お姉さんの表情を見る限り、ボクが感謝していることは伝わったらしい。なら、今はそれで十分だ。
「ナーニャちゃん、ーーーーーーーーー」
満足して立ち去ろうとしたボクの身体が、ふわりと宙に浮かぶ。ありゃ、デジャヴかな……?
水浴びはさっき済ましましたよ? そんな何度も水浴びしたらふやけちゃうって。そう訴えるべく、ボクを抱き上げているお姉さんに視線を送る。
だが、お姉さんは意に介していない様子でボクをどこかへ運んでいく。えっと、そっちは玄関じゃなかったような。
奥の部屋まで連れていかれると、そのままベッドに下ろされる。なるほど、子どもはねんねの時間ですよってことだろう。たしかに、この身体になってからすぐに眠気に襲われる。
それにしても、美味しいご飯を食べさせてもらって、その上ベッドへ運んでもらえるだなんて……まさに至れり尽くせりだ。いつかちゃんと恩返ししないとね。
それじゃお休みなさい、また明日。そんなつもりでお姉さんの方を向くと、お姉さんはボクの隣に潜り込んでいた。
……んえ!?
冷静に考えてみれば、突然転がり込んできたボクの為のベッドなんて存在するわけがない。だから、こうなるのも当たり前っちゃ当たり前なんだけど……いや、やっぱりマズいでしょ。
ボクは床で寝ますよ、と主張しながらベッドから抜け出そうとするが、その背中をお姉さんにぎゅっと抱き締められる。あぁやばい、いろんな意味で身動きが取れなくなった。
うぅう、背後から良い匂いが漂ってくる。そういえばお姉さんの服装、いつの間にか寝間着に変わっていたな。ボクが思考の海に潜っている間に、ちゃちゃっと水浴びを澄ませていたのだろう。つまりは就寝の準備万端だったわけだ。そんなところに駆け寄っていったボクは、まさに飛んで火にいる夏の虫ってやつで。
だからって、べつにボクを抱き枕にしなくたっていいじゃないか。激しく脈打つ心臓の鼓動が騒々しい。こんな状況じゃ眠れるわけないよぉ……。
前言撤回。幼女の身体には抗えなかったよ。数分後には、睡魔に負けてスヤスヤと爆睡しているボクがいた。
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