とても真っ平でしたが、何か?
まずは改めて、喜びの気持ちを確認しておこう。
ボク、この家に歓迎されているみたいだ。やったぁああああ!
いやまあ、そんな楽天的な性格ではないので、正直油断はしてないけどね。言葉が通じない以上、全ての物事において確信を得ることは難しい。
明日になったらポイって可能性もないとは言い切れない。ボクの命運はお姉さんたちの気分ひとつで、あっさり左右されちゃうわけだ。
……とりあえず媚でも売っておこうかな。いや、のっぺりした幼女の身体でそれは流石に不可能か。せめてもう10歳ほど成長した身体になっていれば、ワンチャンあったかもしれないが。
いや、それでもやっぱり無理だな。そんなことをしたら、ボクは男として精神的に死んでしまう。自ら致命傷を刻み付ける行為にも等しい。
兎にも角にも、家に置いてもらう以上は、何かしら役に立つところを見せるべきだろう。ボクをこの家に置いておくメリットを示さねば。
というか、お姉さんたちにただ養われるだけの生活なんて、大人として耐えられない。恩返しの意味でも、ちゃんと役に立たないとね。
そうと決まれば、今の自分にもできることを見つけねばならない。これからは、意識的に周りを観察することにしよう。
おっ。お姉さん、もしかして夕食の準備を始めるのですか? それならボクも手伝いますよ。こう見えても、料理の腕には割と自信があるんです。
お姉さんが食材を取り出し始めた姿を目にし、意気揚々とお姉さんの側へ駆け寄ろうとした瞬間……ボクの身体は宙に浮かび上がった。えっ?
「ーーーーーーーー、ーーーーーーーーーー」
気がつくと、ボクはダークエルフさんに持ち上げられていた。ちょっ、ボクはお姉さんを手伝いたいんだけど。
ボクのそんな訴えは、ダークエルフさんに届かない。ジタバタと暴れるボクを片手で抱きかかえ、そのまま台所とは反対側へ歩き出した。
向かう先は、玄関の外。お姉さんの片手には、大きなタオルと着替えらしき衣服が。これはもしかして……
デジャヴだろうか。この池、昨日も来たような。どうして、ボクはまた身包みを剥がれているのか。
……いや、分かるよ? 水浴びだよね? 生きている以上、身体を清めることは大切だからね。でもさ、水浴びくらい自分ひとりでできるから。幼い見た目に騙されないで。
それに、毎日身体を洗う習慣なんて、水道やガスの環境が整う時代になってからできたって話を聞いたことがあるような。エルフって割と潔癖な種族なんだろうか。
後ろに立ったダークエルフさんが、ボクの頭をぐしゃぐしゃと揉み洗う。
昨日お姉さんに洗ってもらったときとは違い、けっこう力任せな洗い方だ。ボクの頭は、ダークエルフさんの手の動きに合わせて小刻みに揺れる。
ふいに、幼い頃よく父親と風呂に入り、頭を洗ってもらっていた感覚を思い出した。この力加減を分かっていない不器用な感じ、記憶の中の父親とそっくりだ。なんとも懐かしい。
ダークエルフさんが父親だとすると、もう一方のお姉さんは母親ってところか。パパとママ……いやいや、なんだそれ。その設定だと、ボクが二人の子どもになっちゃうじゃないか。
二人とも、本当はボクより年下のはずなのに、その発想は失礼が過ぎるだろう。ボクは慌てて妄想を掻き消した。
しかし、なんだろうこの安心感。多少乱暴な洗い方ではあるけど、これはこれで結構気持ちがいい。お姉さんのときみたいに撫でるような手つきで洗われるよりも、寧ろ妙な気分に陥らない分、この方が楽かもしれない。
そんなことを考えて気を抜いていたら、いつの間にかダークエルフさんがボクの正面に立っていた。しまった、完全に油断していた。
えっと、その、マズいってばダークエルフさん。それはさすがに目に毒ってやつで……。
いや、そうでもないな。目の前のダークエルフさんを意図せず直視してしまったボクは、途端に冷静さを取り戻した。
敢えて何がとは言わないけど、ダークエルフさんは安心感すら覚えるほどの真っ平具合だ。実は
◇
「フー姐が料理作ってくれている間に、ちゃちゃっと水浴びしてさっぱりしちゃおうか」
当番のフー姐が台所に立ったのを見て、オレはナーニャに声を掛けた。だが、当のナーニャはそれに気がついていない様子だ。
そういえば、こいつには言葉が通じないんだったな。人間どもに言葉を教えてもらえなかったからだとか、はるか遠くの地からやってきたからだとか、いろんな事情を耳にしたが……ぶっちゃけ本当のことはわからない。まあ、今そんなことを考えても仕方がないか。面倒なので、無言でナーニャを持ち上げる。さあ、水浴びに行こうぜ。
ナーニャの服を剥ぎ取り、そのまま水浴び場に引き入れる。
フー姐はナーニャが奴隷だったと言っていたけれど、それにしては綺麗な肌をしている。まるで生まれたてのようだ、と思った。
まずは頭から洗ってやろうと、ナーニャの髪に指を通す。
おぉ、生糸のように滑らかな感触が指に伝わってくる。手入れもせずに、こんな髪質を維持できるものなんだろうか? ちょっとした疑問が頭を過ったが、正直そんなことに頭を使う余裕はない。他人の頭なんて洗ったことがないので、力加減が難しい。
力を入れすぎただろうかと不安になり、そっとナーニャの顔を覗く。どうやら大丈夫らしい、ナーニャは気持ち良さそうに目を瞑っていた。
続いて今度は身体を洗ってやろうと、ナーニャの正面に移動する。
ん? こいつ、もしかしてオレより膨らんでないか? 断じて何がとは言わないが。いや、さすがにそんなわけは……。
これはオレの沽券に関わる問題だ。普段それほど気にしているつもりはないが、だからと言って、いくら何でも幼女以下なんてことは許されない。しっかり注視して確かめておかねば。
ナーニャが恥ずかしそうに視線を泳がせているが、これは重要なことなんだ。悪いが耐えてくれ。
しかし、小ぶりながらもなかなかに整った形をしている。これは将来、フー姐みたいに成長するかもしれないな。
いやでも、オレだって全く膨らみがないというわけではない。うーむ、これはもう実際に触って比較するしかないか。
ぴちゃん。ふと、足元で何か滴る音がした。
雨でも降ってきたのだろうかと思い、水面に視線を向ける。そこには、赤い染み……血が広がり始めていた。
まさか、ナーニャがどこか怪我でもしたのだろうか。それとも、見えないところに奴隷だった頃の古傷があって、それが開いてしまったとか。
慌ててナーニャの方を向くが、ナーニャもまたオレの顔を見つめている。主に鼻の下辺りを。鼻の下……? 違和感を覚え、自分の顔を手で拭う。
拭ったその手は、鮮血で真っ赤に染まっていた。
うわ、ヤベェ……オレは鼻血を垂らしていた。
おいナーニャ、若干引いてないか? ち、違う。これは本当に違うんだ。オレは断じてフー姐なんかと同類ではない。
後生だ。垂れ続けている鼻血、止まってくれぇ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます