楽しみで胸躍りますが、何か?
「ナーニャちゃんっ、ナーニャちゃ~~んっ」
「フー姐、さっきからずっとそのテンションだな……」
「んふふ~~」
里長の屋敷を出たわたしたちは、天使ちゃん改めナーニャちゃんと手を繋ぎ、仲良く帰り道を歩いています。ナーニャちゃんのお手々は、ちっちゃくてぷにぷにで、とっても可愛らしいです。いつまでも繋いでいたいくらいですね。
ナナシちゃんも、口では一線引いている風を装ってますが……お姉ちゃんの目を欺くことはできませんよ。わたしとは反対側で、ちゃっかりナーニャちゃんの手を掴んでいるじゃないですか。声だって、普段よりワントーンほど高いです。
「ーー? ……ーー!?」
両手を繋がれているナーニャちゃんは、里の景色が珍しいのか、忙しなく首を動かして周囲を眺めています。手を繋いでいるから大丈夫だとは思いますが、あまり落ち着きがないとバランス崩して転んじゃいますよ?
さて、ナーニャちゃんの注意が景色に向いているうちに、今後の方針についてナナシちゃんと話し合っておきましょう。
これからナーニャちゃんがうちで暮らすわけですが……わたしたち姉妹の役目は、この里の守り人です。そして、守り人の仕事は里の周辺を見て回ること。今日は休息日に充てちゃいましたが、これから毎日休むなんてわけにはもちろんいきません。
かといって、ナーニャちゃんを連れていくには、見回りの仕事は過酷すぎます。不審な存在に遭遇したとき、ナーニャちゃんの身が危ないというのは当然ですが、それ以前に、ナーニャちゃんの体力で毎日森の中を歩き回るということ自体、現実的ではありませんから。
「なら、見回りは日替わりで務めるしかないよな」
「えぇまあ、やっぱりそうなるわよね」
ナナシちゃんが提案してきたように、日替わりで交互に見回りを担当するというのが妥当な着地点でしょう。そして、残ったもう一方がナーニャちゃんの面倒を見るわけです。この方法なら、きちんと守り人の役目を果たしつつ、ナーニャちゃんを一人ぼっちにすることも回避できます。
その場合、これまで二人で分担していた見回り範囲を一人で見て回ることになるのですが……背に腹は代えられません。
それに、家に帰れば可愛い妹たちが出迎えてくれるのですから、頑張るしかありませんよねっ。
「とりあえず、明日はオレが見回りに出るよ」
「ナナシちゃん、ありがとね。ナーニャちゃんのお世話は、わたしに任せて」
「分かっているとは思うけどさ……ナーニャに変なことするなよ?」
「し、しないわよ。変なことなんて……」
「す、る、な、よ?」
ナーニャちゃんを拾ってから日が浅いですから、まずは拾った張本人であるわたしが家に残る方が、ナーニャちゃんも安心できるでしょう。そんな配慮からナナシちゃんが明日の見回りを引き受けてくれました。やっぱり優しい子ですね、ナナシちゃん。
それはそうと、わたしに対する信用が低すぎませんか? ……ねえねえ、どうして!?
「それは、胸に手を当てて考えてみるんだな」
「胸って、もしかしてナナシちゃんの?」
「いやいやいやいや」
「そうよね、手を当てるほどの胸もないものね」
「あぁん?」
そんなやり取りをしているうちに、我が家へ辿り着きました。
里長への挨拶も済んで、正式にこの里で暮らせることになりましたから……今一度、ナーニャちゃんに歓迎の言葉を送るとしましょう。
「こほんっ……じゃあ改めて。ナーニャちゃん、我が家へようこそ!」
「これからよろしくな、ナーニャ」
「えへへ、ーーーー……んっ!」
一瞬考え込むような表情を浮かべたナーニャちゃんでしたが、雰囲気で歓迎されていることを察したのでしょう。すぐさま明るい表情に切り替わり、お日様のような笑顔で返事してくれました。か、かあわぃいいいいいい……!!
「なぁ。やっぱり明日、オレが残ってナーニャの面倒を見ていいか?」
「だぁめっ」
明日一日、ナーニャちゃんとどう過ごしましょうかね。今から胸が躍ります。ぶるんぶるん。
「物理的に踊っているぞ……でけぇ胸が」
「んふふふふふ」
「ーーー……んん~~~~っ」
ナナシちゃん、発言の内容にもう少し慎みというものをですね……えっ、わたしにだけは言われたくない? むむむ、解せません。
ところで、どうしてナーニャちゃんは前のめりな姿勢になっているのでしょう? もしかして、お腹でも空いたのでしょうか? たしかに、もう良い時間ですからね。
それではさっそく、夕食の支度を始めましょう。
◇
先ほどまでボクたちがいた場所は、どうやら託児所ではなかったらしい。あの時間、特に何かが起こるわけでもなく、ただお姉さんたちと幼女が会話していただけだった。
結局のところ、あそこは一体どのような場所で、何の目的があってボクを連れて行ったんだろう。あの幼女が何者なのかも気になる。
そういえば、さっきからお姉さんたちが、しつこいくらいに「なぁに?」と話しかけてくる。
いつまでボクの発言を引っ張るつもりなんだろうか……と心折れかけていたけれど、繰り返し何度も聞いているうちに、もしかして馬鹿にされているわけではないんじゃないかと思い始めた。そもそも、お姉さんたちはボクを無意味にからかうような、意地悪なエルフではないように思う。だって、こんな怪しい幼女を拾って、一晩も面倒を見てくれたんだよ?
それじゃあ、一体何のつもりで同じ言葉をボクに浴びせかけているんだろう。
日常的に何度も使う言葉なんて、精々挨拶か返事、それに名前くらいじゃないだろうか。だけど、さすがにこの頻度で挨拶を連呼するとは考えづらい。返事だとすれば、あまりにも一方的過ぎる。
それに、最初お姉さんはボクを指差しながら問いかけていた。
あっ、それってつまり……ボクの名前を聞き出そうとしていたんじゃないだろうか。
改めてお姉さんの目を見つめると、お姉さんは嬉しそうに口を開いた。
「ナーニャちゃんっ、ナーニャちゃ~~んっ」
今度はちゃんと聞き取れた。間違いない。お姉さんたちは、ボクを「ナーニャ」と呼んでいる。
まあ、ボクの名前はナーニャじゃないけどね……いや、この身体で男だった頃の名前を名乗るのも違和感あるな。うん、今のボクはナーニャ。それでいいや。それがいい。
待てよ? ということは、さっきボクは名前を呼ばれて泣き出してしまったのか……それ、いよいよ本格的にヤバい奴じゃないか。昨日今日と黒歴史のバーゲンセールだね、ううう。
やっぱり捨てられてもおかしくないな、と自嘲しつつも一方で、元の世界では見たことがないファンタジーな景色に心奪われていたら、いつの間にやらお姉さんたちの家に戻ってきたようだ。
まさか、ここでお別れなんて言わないよね……?
「ーーー。ナーニャちゃん、ーーーーー!」
「ーーーーーーーー、ナーニャ」
お姉さんは玄関の扉を開くと、ボクを引き入れるように腕を引っ張り、笑顔で話しかけてきた。ダークエルフさんも、それに続く。
さすがのボクも、お姉さんたちが何を意図して話しかけてきたのか理解できた。これはたぶん、歓迎を意味する言葉だ。少なくとも、別れを告げるようなトーンではない。
あぁ、嬉しい。嬉しい、嬉しい、嬉しい!
「えへへ、ありがと……んっ!」
ボクは喜びを抑え切れず、満面の笑みを浮かべて返事した。
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