おんぶにだっこですが、何か?

 あぁああああ……穴があったら入りたい。

 もっとも、入れるイチモツすら失ってしまったけどね。ハハハ。

 などとくだらない自虐が思い浮かぶ程度には、ボクは正気を取り戻していた。しかし、落ち着いたからと言って過去の失態が消えるわけではない。


 うぅ、なんであんなに取り乱してしまったんだろう。いくら知らない世界で未知の存在に締め付けられたからといって、いい歳してお漏らしはないんじゃないかな。

 そもそも冷静に考えて、あれは締め付けられたというより抱き着かれたという方が正確なはずだ。

 お姉さん……というか、実年齢で言えば年下の女の子に抱き着かれて号泣するとか、さすがに情けなさすぎて涙が出てくる。


「ーー、ーーーー?」


 そんなボクを見て、お姉さんが何やら心配そうに話し掛けてくる。相変わらず、何を言っているのかちっとも理解できないけど。ただ、落ち着いてお姉さんの表情を見てみれば、心配してくれていることくらいはなんとなく伝わってくる。

 いや違うんです。自分の情けなさに悲しくなって泣いてるだけなんです。だから、そんな顔しないでください。余計に情けなくなってくるので。

 そう説明したいけど、通じないことは分かっている。仕方がないので、ボクは静かに俯いて表情を隠した。

 ……俯いたら俯いたで、これも何だか逆効果な気がしなくもないけど。


 お姉さんはしばらくオロオロとしていたけど、いよいよ周りが暗くなってきたことに気がついたらしい。何やら一言ボクに向けて呟いたあと、この小さな手を掴んできた。

 掴まれた瞬間ビクッとしてしまったのは、まだ少しさっきの恐怖が残っていたからか。またやってしまった、と思わず恥ずかしさで顔が赤くなる。

 おわっ……なんでこのタイミングで頭を撫でるんです? お姉さん。


 再び優しく手を掴まれ、そのままお姉さんが歩き出す。これは、自分について来いということだろうか。何にせよ、逆らう術はないけど。

 少なくとも、このままこんな場所に放置されるよりはましだ。もしかしたら人里まで連れて行ってくれるのかもしれないし。

 ボクはお姉さんに引っ張られ、このまま大人しくついていくことにした。




 目的地は思いのほか遠いらしい。しばらく歩いているものの、どこにも辿り着く気配がない。いや、距離の問題以前に、ボクの小さな歩幅に合わせてくれているからだね。申し訳ない。


 幼女の身体で目が覚めてから散々歩き倒し、更には号泣までしてしまった所為か、歩きながらも溜まった疲労で瞼が重みを増してくる。足元がふらふらしてきて、どうにも心許ない。


 見かねたのか、お姉さんが立ち止まってボクから手を放した。ちょっと待って、もしかしたらお姉さんを呆れさせてしまったかも。今のボクは間違いなく足手まといな存在だ。やっぱりここで捨てようという判断をされてもおかしくはない。


 猛烈な眠気で判断力が鈍っている中、不安がまた一気に膨らみ出す。感情に身を任せて思わずしがみつこうとした瞬間、お姉さんが背中を向けてしゃがみ込んだ。そして、ボクの方をちらちらと見ながら、自分の背中を叩いている。

 なるほど……おんぶしてやるから背中に乗れってことだね。とはいえ、それはさすがに立派な大人として恥ずかしいと言いましょうか、なんと言いましょうか……

 お姉さんは、それでもしつこく背中を叩いて促してくる。まあ、お姉さんからすれば、散々お漏らしやら号泣やら見せておいて、何を今更恥ずかしがってんだよ馬鹿野郎って感じだよね。


 ええいっ、分かりましたよ! こうなったら、煮るなり焼くなり好きにしな!

 ……いや、ごめんなさい。やっぱり食べるのは勘弁してください。


 人肌の温みを感じながら、お姉さんの背中で心地よく揺さぶられ、ボクの意識は遠のいていく。お姉さんが一生懸命に背負ってくれているのに申し訳ないけど、限界だ。おやすみなさい……





 わたしの背中から、小さな寝息がすぅすぅと聞こえてきました。何とも可愛い寝息ですね。

 出会った直後、少し強く抱き締めすぎたことに気づいたときは嫌な汗を掻いちゃいましたけど、何だかんだで天使ちゃんを保護することに成功しました。いぇい!


 同族に出会うのは初めてなのか、もの珍しそうにわたしの耳……エルフ特有の尖った耳を見つめていた天使ちゃんには、思わずキュンとしちゃいました。そんなに気になるようであれば、いつでも触らせてあげますよ。

 ただ、人間に囲まれて生きてきた彼女の境遇を想像すると、胸が苦しくもなって……この子はうちに連れて帰って幸せにしてあげたい、そう強く思ったのです。

 だから、警戒しながらもわたしについてきてくれたことが、本当に嬉しくて堪りませんでした。もう絶対に人間なんかには渡しません。このお姉ちゃんが、エルフの娘として立派に育て上げてみせます。


 そんなことを考えながら走り続けること十数分、ようやく我が家に到着しました。

 同居人のナナシちゃんは、どうやらまだ帰ってきていないようです。里長から呼び出しでも受けたんでしょうかね?


 さて、うちに帰ってきてまず最初にすべきことといえば、やはり水浴びでしょう。可愛い天使ちゃんに対して、こんなこと言いたくはないのですが……正直、だいぶ汚れちゃってます。

 ずっと森を彷徨っていたから全身が泥まみれですし、何と言ってもお漏らししたままの恰好ですからね。気持ち良さそうに眠っているところを起こしちゃうのは忍びないものの、幼くたって彼女も立派な乙女です。このままの状態で放置する方が、ずっと可哀想でしょう。

 それに、そんな天使ちゃんを抱き締めたり背負ったりしていたわたしの身体も、だいぶ臭っているので……一緒に水浴びしてすっきりしたいです。


「ねぇ、天使ちゃん。ごめんね、ちょっとだけ起きられる?」

「……んぅ?」


 言葉は通じていないと思いますが、呼びかけにはちゃんと反応してくれました。賢い子です。

 まだ寝ぼけているのでしょう。ぼんやりと夢見心地な天使ちゃんに立ってもらい、ローブらしき布を脱がせてあげました。それにしても、こんな汚い布切れ一枚しか与えないなんて……なんて酷い扱いでしょう。これからは、可愛い服をたくさん着させてあげたいですね。はしゃいで喜ぶ姿が目に浮かびます。

 自分自身も服を脱いだ後、一糸まとわぬ姿で呆けている天使ちゃんを抱き上げます。さあ、このまま裏の水浴び場まで連れていきましょう。


「……ーーーー!?」


 目が覚めたらしい天使ちゃんが、突然ジタバタと暴れ始めました。もしかしたら、何か奴隷だったときのトラウマを刺激してしまったのかもしれません。しかし、万が一にも彼女を落としてしまっては大惨事です。申し訳ないですが、水浴び場まではこのまま我慢してもらわねばなりません。


 それはそうと、天使ちゃんとの水浴び……とても心が躍りますね。暴れる天使ちゃんを抱きながらも、自然とスキップが止まりません。るんるん。

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