目覚めたら幼女でしたが、何か?
「っぐはぁ……! はぁ、はぁ」
何かとんでもない悪夢を見ていた気がする。
目覚めと共に勢いよく上体を起こし、乱れた呼吸を整えるべく、二回、三回と深呼吸を繰り返した。
視界が妙に眩しく、寝起きの目には刺激が強い。思わず目を細めながら、まるで外にいるみたいだ、と思った。
……外? えぇ……!?
訂正しよう。外にいる
それも、恐らくここが日本じゃないなんてことくらいは一目でわかるような森の中だ。周りには草木がうっそうと茂り、さながらジャングルである。
どうしてボクはこんな場所にいるのか。皆目見当がつかない。
状況を確かめるべく立ち上がろうとして……ボクはバランスを崩して転んだ。
寝起きで身体の調子が悪いのか? 否、これは断じてそんな次元の話ではない。何故そう言い切れるのかって? そんなの、明らかに自分の見知った身体の感覚とは異なるからだ。体調とか、そういう解釈で納得するわけにはいかない。
改めて慎重に立ち上がる。うん、明らかに視点が低い。続けて自分の腕に視線を向ける。
……あぁ、ボクはまだ夢の中にいるのだろうか。ボクの視界に映っているのは、毛の一本も見当たらない、きめ細かで柔らかそうな腕だ。
断言しよう。成人男性であったはずのボクの腕が、こんなにぷにぷにしているはずがない。これじゃあまるで、幼い子どものようではないか。
そのとき、唸りをあげて風が吹いた。瞬間、さらりとした感覚が首と肩を撫で、視界には金色の糸が映り込む。いや、これは糸じゃない。髪の毛、だ。
ものすごく嫌な予感がする。だけど、確かめないわけにはいかない。今度は視線を下に向ける。
ボクが纏っていたのは、ローブと呼ぶにはあまりにもみすぼらしい一枚の布だった。恐る恐る、その布をめくる。
……ない! アレがないよぉぉぉぉおお!
二十数年付き添ってきたボクの相棒は、そこに
やばい、いい歳して泣きそう。視界が少し滲んだのは、寝起きであくびが出たせいだと信じたい。
その後しばらく呆けていたものの、いつまで経っても夢から覚める気配はなく、これが夢なんかではない現実なのだと思い知らされる。
ならば、今はあれこれ悩んでいる場合ではない。陽が沈むまでに森を抜けねば、ただの
短くて頼りない脚を奮い立たせ、ボクは森の中を歩き始めた。
◇
うん、やっぱり無理かも。まったくもって森を抜けられる気がしない。
陽も傾き始めたし、このままじゃ夜の森に取り残されて、獣の群れに襲われ餌として今世を終える未来しか見えない。こんなよく分からない状況の中で、無様に死んでいくなんて嫌すぎる。
……そんなことを考えていたら、再び涙腺が緩んできた。ボクってこんなに涙脆かったっけ?
幼女の身体に精神が強く引っ張られている。そんな気がしてならない。うぅ。
堪え切れず、ボクは思わず叫んでしまう。
「誰か~~! 助けて!!」
叫んだ直後、大きな無力感に襲われる。
こんなところに人なんているわけがないじゃないか。何をやったって、全て無駄なのかもしれない。ネガティブな感情はむくむくと膨れ上がっていく。
必死に踏ん張っていた短い脚から力が抜ける。そのまま地面にへたり込み、ボクは顔を上げることすらできなくなる。もう嫌だ。
そのとき、ザッザッと何かが近づいてくる足音が聞こえた。確実にここへ向かってきている。
あぁ、こんな森の中で大声なんてあげたから、その辺にいた獣を呼び寄せてしまったのだろう。馬鹿だなぁ……また涙が出てきた。
せめて苦しまずに済むよう、がぶりとひと噛みで仕留めてほしい。そう覚悟を決めたボクを弄ぶかのように、獣はいつまでも襲ってこない。
「ーーーー? ーー?」
挙句の果てには、獣が話しかけてくる始末である。何を言っているのかは、これっぽっちも理解できないけど。
……ん?
「ぐすっ……んう……?」
獣がいると思った場所に立っていたのは、金髪で耳の長くて……例えるなら、ファンタジー世界では定番のエルフみたいな女性だった。
というか、エルフだよね!? 現実離れした展開が先ほど自分の身にも起きたばかりなので、驚き自体は思いのほか抑え込むことができた。
思わずじっと見つめていたら、エルフの女性は天を仰ぐような素振りを見せた。
あれ? ボクは何か呆れさせるようなことでもしてしまったのだろうか?
不安になって顔を覗き込むと、彼女は何かに気がついたような表情を浮かべ、再びボクに語りかけてきた。
「ーーーーーー?」
「あの、ごめんなさい。なんて言っているのか、分からないです……」
やはり言葉を理解することはできず、通じないとは分かっていながらも謝罪を返す。しかし、この展開はボクにとってだいぶ厳しいのではないだろうか。
ボクの謝罪を聞いたエルフの女性は、激しく顔を歪めた……あれれ?
みるみるうちに彼女の表情が険しくなっていく。何か気に障ってしまったのだろうか?
ボクはこの世界の常識を知らないわけで、いつの間にかとんでもない失礼を犯してしまった可能性がある。それとも、相手は若い女性なんだから、心の中であってもお姉さんと呼ぶべきだったのかも。いや、それはさすがに違うか。
何にせよ言葉が通じない以上、釈明することも叶わない。あ……やばい。いよいよボク、詰んだかも。
ぐわっとボクの方を向いたお姉さんは、鬼のような表情でボクに襲い掛かってきた。
そのまま全身を強く締め付けられる。連行するために拘束されるのだろうか。もしかしたら、このまま殺されてしまうということも……
「ーーーー! ーー、ーーーー」
お姉さんが何かを叫んでいる。ボクの恐怖はいよいよ限界を超えた。幼い身体に引っ張られたボクの精神が、バランスを崩した積み木のように崩壊する。
「あぅうう……ふぇえええんんっ」
恥も外聞も捨て、まるで本物の幼女みたいに号泣してしまう。だけど、それをどうにかできるような大人のボクは……もういない。
恐怖心と締め付けの強さによって、股から力が抜ける。何か温かい感覚が太ももを伝うが、それを気にする余裕もない。
そこにいるのは、恐怖に震えてお漏らししてしまった、ただのか弱い幼女である。
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