言葉を知らないTS幼女、エルフで過保護なお姉さんに拾われる
こびとのまち
幼女を拾いましたが、何か?
いきなりですが、ひとつ重大な報告があります。
あのですね……わたし、天使を拾いました!
「ごめん、フー姐が何言ってるのか分かんない。というか、ぶっちゃけ分かりたくない」
「…………?」
わたしの報告に顔をしかめてじわじわと距離を取っているのは、同居人のダークエルフ、ナナシちゃん。わたしの可愛い可愛い妹です。
ねえねえ、何もイケナイことしてないのにドン引きされちゃうなんて、お姉ちゃん心外ですよ?
そして、わたしの後ろで不安そうにスカートの裾を握っているのが、先ほど拾った天使ちゃん。訝しげに首を傾げる姿も堪りませんね。
思わず表情が緩んでしまいます。
「うげっ……フー姐、マジで重症かもしんない」
「…………?」
ん? 何が重症なのかな? お姉ちゃんは、いたって通常運転です。
それはそうと……あぁんもう! 段々不安が増してきて、瞳をうるうるさせている天使ちゃんもかーわーいーいー! でもでも、本当に泣かせてしまうのは、私の望むところではありません。クールダウン、クールダウン。
「で、その子、何処で攫ってきたんだ?」
「そんなことしないわよ!?」
「…………!?」
……ナナシちゃんはわたしを何だと思っているんでしょうね?
ほら、変なこと言うから天使ちゃんがビクッとしちゃって、今にも泣き出しそうじゃない。
「いや、フー姐が大声出した所為だと思うんだけど……」
「……ぐすっ……ううぅ」
あっ、これはマズいです。いよいよ我慢の限界が来ちゃったみたい。
とっても短い付き合いですが、天使ちゃんの泣き顔を見るのは、これで二度目になります。
――そう、あれはほんの一時間半ほど前の出来事でした。
「ちょっと待って、フー姐。もしかして、このタイミングで回想に入るつもり!?」
いつもと同じように里の周辺を見回っている最中、わたしは天使ちゃんと出会ったのです。
「あーー、マジでこのまま入っちゃうんだ……」
「ふぇえええんんっ」
◇
エルフの里。それは読んで字の如く、エルフたちが暮らす森奥の小さな集落です。
そんなエルフの里で守り人を務めているのが、エルフの少女フウラ。つまり、わたしなのです。
守り人の仕事は、里が他種族や獣から襲撃を受けたとき、先陣を切って皆を守ること。
そして、もうひとつの日常的な仕事は、里の周辺を見て回り、不審な存在を里に寄せ付けないようにすることです。
中でも、他種族を下等生物として見下し、ときに奴隷として使役することもある人間族には警戒しなくてはいけません。
エルフは昔から森の妖精として扱われ神聖視されてきたため、彼らが直接里を襲うことはありません。今のところは、ですが。
しかし、残念ながら信仰というのは徐々に薄れていくものです。ここ数百年で、人間は狩りと称して里からはぐれたエルフを攫いにやってくるようになりました。
だからこそ、守り人の存在は重要です。わたしは、両親から引き継いだこの役目を誇りに思っています。
とはいえ、最近では里からはぐれるようなエルフも少なくなりましたけどね。
エルフは賢い種族です。危険と分かっていながらふらふら彷徨うなんて、そんな不用心な真似はしません。なので、大抵は何の問題もなく見回りを済ませられるのですが……どうやら今日は例外の日だったようです。
「ーーーー!」
少し離れた場所から、風に乗って何かの鳴き声……いや、子どもの叫び声が聞こえてきました。
まさか、里の子どもがうっかり迷子にでもなって彷徨っているのでしょうか?
声の緊迫感から推測するに、かなり危険な状況に陥っている可能性があります。急がねば。
脚に力を入れて、わたしは加速します。伊達に守り人をやっているわけではありません。スピードと筋力には、それなりに自信があります。
ぐっと緊張感が高まる中、声のする辺りまで駆け付けたわたしの視界に映ったのは……地面にへたり込んでいる幼いエルフ、ただひとりでした。
そう、
わたしは、顔を俯かせたままの少女……いや、幼女に対して恐る恐る声を掛けてみます。
「ねえ貴女、怪我はない? 大丈夫?」
「ぐすっ……んう……?」
わたしの存在に気がついたらしい幼女が顔を上げ、わたしの方を見つめてきました。
……そこにいたのは、天使でした。はい、紛うことなき金髪ロリエルフの天使ちゃんです。あぁ、ヤバいです。そんなに見つめられたら、わたしこのまま天に召されちゃいます。
「……っ?」
いけないいけない。不審そうに覗き込む天使ちゃんの動作により、わたしの魂はギリギリ天界からカムバックしてきました。
さて、どうしたものでしょうか。こんな幼女、里にはいなかったはずです。というか、里にいたならわたしが覚えていないはずがありません。
ということは……
「もしかして、捨てられた……の?」
「ーー。ーーー、ーーー……」
ああ、なんということでしょう。最悪です。やり切れません。
わたしは最初、群れずに暮らしているエルフ、もしくは別の里のエルフに捨てられたのではないかと予想しました。だから、思わずそのまま質問をぶつけてしまい、やってしまった、と後悔に襲われたのです。けれど、現実はもっと残酷でした。
泣いて怒りながら反論でもしてくれた方が、どれほどマシだったことでしょうか……可愛い顔をした天使ちゃんは、わたしの言葉を理解していなかったのです。
それがつまり何を意味するのか、想像に難くありません。奴隷。それが天使ちゃんの過去に違いないでしょう。
どうして言葉を理解していないのか、そんなのは簡単なことです。人間が言葉を学習させなかったからです。言葉すら学習できないとなれば、それはよほど酷い環境だったのだと考えられます。想像するだけで、激しく胸を締めつけられます。
こんな場所にひとりでいた理由は、主人である人間に捨てられたのか、もしくは命からがら逃げてきたのか……どちらにしても、過酷な運命だったことに大差ありません。
天使ちゃんの境遇を想像し、わたしは人間への怒りで鬼気迫る表情になったまま、彼女をギュッと抱きしめました。
「もう大丈夫だから……! これからは、わたしと一緒に暮らそうね」
「あぅうう……ふぇえええんんっ」
きっと、わたしの想いが通じたのでしょう。
感極まった天使ちゃんはガクガクと震えたまま、ダムが決壊したように号泣し始めました。
「ん……?」
ふと、足元が濡れていることに気がつきました。
よく見ると、抱き締めた天使ちゃんの足元には大きな水たまりができ、うっすらと湯気が立ち昇っています。
ホッとして脱力してしまった結果に違いありません。わたしはそのことにすら愛おしさを感じ、改めて強く抱きしめたのでした。
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