14.密やかな趣味の時間

 今日もこの時間がやってきた。いや、定期配信をしているわけではないため「今日も」という言い回しは不適切かもしれない。

 密かな趣味があるといった表現はよく耳にするものかもしれない。私は人に見られて困るような趣味は持ち合わせていないが、一つだけ、これだけは両親に話すつもりがない。それが、男装配信活動だった。

 配信活動自体は昔からやっていた。発端は、「イケボを出したい」だった。

 今流行りのウイルスが蔓延して学校が軒並み休みに入った頃から始めた。丁度高校三年生の春で、受験生として本格的に忙しくなる前にぽっと初めてみたのである。受験生らしい忙しさを見せることもなく。忙しさやしんどさアピールもすることなく、淡々と毎週土曜日に定期配信をしたため、年齢がバレることもなく結果的には「成功」に終わったと言える。受験が終わった後も続けてはいたが、活動成績の振るわなさと、内輪内輪の気持ち悪さに引退を発表し、そこからぱたりと何もやっていない。SNSアカウントの削除も考えたが、苦手な人の他に好きなフォロワーも数名いたため、その縁を切ってしまいたくなくて、また、居心地として楽であったことも事実だったため、残して動かすことにした。

 で、男装である。高校生の頃から、いや、もしかしたらその前から男装には興味があった。一時少し流行ったように思っているのだが、どうだろうか。男装女子のアイドルユニットがメディアに露出していた記憶がハッキリとある。どれだけあの姿に憧れたことか。女子女子キャッキャのキラキラ華やかアイドル世界には入れなくても、この男装の世界なら、変身願望も満たしつつ、怖い男子よりも女子と仲良くできて一石二鳥かもしれないと強く恋い焦がれた。「うちの子」文化同様、自分の中で「ハマった」世界だった。

 しかしそれ以降、周りに男装している子なんて当然のようにいなかったし、メイクと無縁だった中高生の自分にとっては「自分でやれること」の範疇に男装は入っていなかった。だから、本格的に男装をし始めたのは大学生になった最近だ。

 できは、割と良い方だと思う。まだしたことはないが、いつか友達に付き添ってもらって外を歩きたいと思っている。ニット帽なら違和感なく出歩ける気がしている。

 趣味の最初は自己満足から入ることも多いと思う。小説や物語を書くにしても、イラストや漫画を描くにしても、最初は、誰に見てもらうわけでもなく、ただただ欲求の赴くままに自分の世界に引きこもる。その後で他者からの承認欲求が湧き上がって膨らんで、ややこしい感情となって露出し始める。

 私の男装はなぜか出発地点が少し先走っていた。最初の段階で、自撮りの自己満足だけでは収まらなかった。だからずっと、男装の姿で何か活動をしたいと思っていた。そこで行き着いたのが、男装配信だった。声は、決して易しくはないイケボ配信の世界で特訓して得た中性ボイスがある。これも武器にもう一度同じ世界で、ジャンルを変えて戦ってみようと思えた。

 男の子になりたいだとか、性的マイノリティだとか、そういうわけでは全然ない。可愛いもの大好き、プライベートではフリフリやキラキラに囲まれていたい、甘い物は勿論好きだし彼氏だって欲しい。だけど、どういうわけかイケメンにもなってみたいのだ。イケボを出してみたい、格好良くなってみたい。

 その心は、紛れもなく承認欲求なのだろうという自覚はある。多分、女子にキャーキャー言われてみたいのだ。男子は昔から、幼い頃から苦手だった。弟がいるのに何でだろうと常々思ってきたが、その謎は未だに解けない。多分男子関連のトラウマが多すぎた。


 女性ファンを増やすべく、今日も痛々しい配信を始める。後で黒歴史になってもそのときはそのとき。やらない後悔よりもやった後悔だ、と奮起させてカメラのセッティングを始めた。

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