10.ゲームに逃げる、午前二時

 また始まる。ここから先の展開はわかりきっている。それでも抗うことのできない衝動、それが現実逃避癖というものなのだ。簡単に脱却できるのなら苦労はしていない。

 岡山桃科、花の(?)女子大学生、夜九時又は二十一時、PS4を起動し、リズムゲームを開始します。

 これは例外なく深夜二時までかかるコースだ。

 白ではなく青いイアホンを耳に当て少しニヤッとして開始する。染み込んだこの温度が心のドアをノックした瞬間に確かにアドレナリンが溢れそうになる。数秒前躊躇した脳裏から「今だ、自分の趣味の時間を取り戻せ」とコードが鳴り出しそうである。

 この発作が沸き起こってしまう原因は未来にある。明日以降、面倒くさかったり怖かったり嫌だったりするイベントが控えているのだろう。なぜ推量形かというと、人間はわりかし自分でも自分のことがわかっていないものだからである。

 今回の場合、明日外出しなければいけない予定が入っている。しかも会食付きで。私が大好きな、一日中家から出ず、趣味や生活の質向上に没頭できる一日ではない。好きと同時に、楽というだけかもしれないが。

 勿論、嫌な側面ばかりではない。ずっとzoomとLINEでしか話したことのない女性スタッフと初めて会うことができるし、少し気になる男子とも会える。それでも、やはり何も予定の入ってない日に比べると、前夜は億劫になる。「明日は何もしなくてもよくて、自分のためだけに時間を二十四時間自由に使えるんだ」と思える前夜とは全然違う。

 そういうときに、今のようなことになる。専ら緑や黄色や青の髪色をした機械ボイスの歌姫たちのリズムゲーム、音ゲーに走ってしまうのだ。音ゲーをやっている最中というのは、何かしらの脳内物質が出ていると思う。もし科学的根拠がなかったとしても、絶対何かしら出ていると思う。興奮作用のある何かが。漫研まんけん(漫画研究部)の先輩もそう言っていたから間違いない。

 ゲームを起動した後のコースはある程度決まっている。まずはウォーミングアップに、未プレイで簡単めな楽曲をプレイする。「簡単め」とは言っても、難易度は「HARD」の上の「EXPERT」だと自慢させてほしい。周りにこの手のゲームをしている友人がいないため、すごさも苦労もわかってもらえない、自慢させてもらえないのが何年も前からずっと悲しい。難易度は「EASY」から「EX EXPERT」までの五段階あり、既に「EX~」の段階まで足を踏み入れている。「リズムゲームはHARDからだよな」というあるある(だと思っている)をドヤ顔で言い放つ機会がないというのはあまりにも残念なのである。

 数曲プレイして視覚的感覚と脳内を音ゲー仕様にしたところで悠長にプレイしていることに我慢ならなくなってくるので、そのタイミングで「挑戦モード」にシフトする。これは自己ベストやパーフェクトを狙って挑むモードで、大体平均して三から五曲ほど流しでプレイすると突入してくる、一種の状態異常である。このモードに入ると、簡単に感じる楽曲にかけている時間が無駄に思えてきて、どんどんまきでクリアしていきたくなる。内心「飛ばせ飛ばせぇっ!」と叫び続けているようなイメージである。

 ゾーンが切れるように「挑戦モード」の気力が失われてきたら、今度は「自称練習モード」に切り替わっていく。ここでは、一応自己ベストやパーフェクトを狙いにいくのだが、あくまで「できたらラッキー」精神であり、「俺、別にガチになって必至じゃないっスよ」と自分に嘘を付きながらプレイしている。心底自己ベストを欲している。このときプレイする楽曲は自分が持て余している鬼たちで、相当の練習を強いるものなのである。そのため、ガチンコ勝負を真っ向から挑むような姿勢では心がボッキリ持っていかれる。「ガチジャナイ」仮面は、それを防ぐためのある意味での正装なのである。

 全ての段階を通過していよいよ脳みそが働かなくなってきた自覚が出た頃が止めどきだ。苦手な差し込み式のイアホンは密閉されているせいか現実世界の遮断力がえげつないほどだ。これも止めづらくしている一因であるとわかってはいるが、これしかないのだから仕方ない。

 今日は指の調子がよかったなとホクホクしながらキュオポっとイアホンを引き抜く。「電源を切る」を選択して、勝手に左に進んでいく純正コントローラーを定位置に仕舞う。現実世界に帰還する。時計を見ると午前二時になるかけているが驚くことは決してない。なぜならゲームをしながら頻繁に時計は見ているからだ。日付が変わって一周回って「早い時間」と言えるほど遅い時間になっているとわかっていながら、「ラスト」「ラスト」、「マジのラスト」と自分に言い聞かせて一曲また一曲と延びいていくのが常である。

 大きな欠伸が出て安堵する。ちゃんと疲れてくれたようだ。音ゲーは覚醒状態に持っていかれるため、脳や目が冴えてしまうのではないかと心配してしまう。特に寝る前はやるべきではないとわかっていながらもセルフハンディキャップに走ってしまう弱さはもうとっくに受け入れた。


 いつもありがとうと心の中でお礼を言い、次遊ぶときの目標をざっくり思い描いて歯をシャワーを浴びる用意を始める。

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