8.佐藤の砂糖入りコーヒー(前編)
ブラックコーヒーに最近はまった。「ハマった」のではない、「
単純に、素直にコーヒーが好きな人、もう言葉そのまま。むしろこの人種と「その他」でもいいかもしれない。
回りくどいことをずらずら並べたが、要するに私が言いたいのは、「コーヒーが好き」には色々諸々含まれている場合が多いのではないかということだ。これは、その人がコーヒーに何を求めているか、何を見ているかによって変わるのではないだろうか。
説明の本題に入ろうとしたところで目的地に着いてしまった。古いことが一目でわかるこぢんまりとした店は、ザ・喫茶店と形容するのが相応しいと思う。茶色ベースでカラーリングされた外装は、壁の下側に少しだけ
待ち合わせ場所に待ち合わせ相手が遅れてやってくるのは珍しいことでも意外なことでもにため、あ、想定内だなで一蹴する。私自身時間に敏感なわけではないので別に構わない。電車やバスの時と同じである。来るのであればそれでいい。アメリカなんて、時間に遅れるどころか平気で「やっぱ着くの止めました」と言う。あれは心底止めてほしいと、疲れきったあの夜は憤ったものだ。
カランカランという定番の鐘音を奏でて入店する。一瞬目線が集まる(気がする)この瞬間が苦手で大手チェーン店には入りづらいというか入れないのだが、こういう店は心持ち気が楽だ。人が少ないときもあるし、常連さんであれば話に夢中だったり、入ってくる客を気にしていなかったりすることが多い。私なんて気にもとめない雰囲気に救われる。もっとも、今日はもう一つ気楽な理由が隣にいるのだが。
「佐藤さん、こんにちは」という言葉が口を突いて出ることはなく、
事の経緯を語ると、彼女の相談に乗ることになった。相談に乗る、なんて面と向かって行うのは初めてと言っても過言ではないので少しそわそわしている。普通は何かしらの雑談の中で流れてくるものなのだが、今回はわざわざ「相談に乗ってくれ」とLINEが飛んできた。飛んできたのは昨日の午前中、多分彼女の部活動が終わったタイミングで送ってくれたものと予想できる。馬術部の朝は早い。毎朝毎朝六時に馬房に集合し、馬の奴隷と化す。馬術部について興味がある日人は多いかもしれないが、話が大幅に逸れるのでまたの機会にしておく。
LINEによると、彼女にとうとう春がやってきたそうだ。馬術部の誰かに話すと一瞬で噂が拡散されるため、今は外部の人間となった私に吐き出したいのだという。理由を受け取ったときになるほど合点がいった。あそこはそういう場だった。特に歩くスピーカーとなっている一個上の先輩は情報拡散の鬼だった。活用次第では楽だが一歩使い方を間違えると地獄と化す。歩くスピーカーは実在するのだと初めて知った。先輩、貴重な人生経験をありがとうございます。幸い、春もなければ後ろめたいこともなかったので被害に遭ったことはないが、目の前で洗礼を受けた先輩や同期は沢山見た。ご愁傷様の一言に尽きる。
とりあえず適当な席に向かい合って座る。こういう店では自分で勝手に席を探して良いのだと、調子が良くて冒険できたあの夏の日に勉強した。あの時期はメンタルが不安定で、良い方向に波が振り切ったタイミングで一人、開拓旅に出たのだった。近所の喫茶店やお菓子屋さんを開拓していこうと決心して家を飛び出し、刺すような日照りの中ずんずん歩いて行った。全然へっちゃらな顔をして、渦巻いて体を震わせてくる不安をマスクの中に隠していたのが懐かしい。結局結構迷ってようやく目当ての喫茶店を見つけた。さっきみたいに鐘を鳴らして入った先で待っていた物語は又の機会に語ることにする。私は、ファミレスのように「案内される外食」が多かったので、店員に放置されるとただ呆然と突っ立ているしかなくなってしまう。そんなときは例外なく情けなくなって泣きたくなる。弱っちいなと思うが、それが紛れもない正直な感情だ。正確には、「案内される店」ばかりではなかったのかもしれない。思い出そうと思えば「案内されない店」も簡単に思い浮かべることができる。それでも不慣れだと感じるのは、両親に任せっきりだったからだろう。いつまでも幼き日のままではいかないことを痛感する。でも、そんな、こんな小さな社会勉強を積み重ねていって、徐々に大人になっていくんだなと思う。
一人だけで客を
彼女より先に決めてしまったメニューをぼうっと見ながら、騒がしい同期会の景色を想起した。
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