7.外出一時間前
さて何をするべきだろうか。もうすぐ出発一時間前である。こういうとき、多趣味は困る。一つのことに熱中している人であれば、やることはそれこそ一つかもしれないが、私の場合、何をやろうか選択するところから始まる。時には「何をしよう」だけでもう出る時間だ。優先順位は決めかねる。全て同じ「趣味」である。
パソコンを起動させて板タブ(絵を描くための板状のタブレット。液晶画面が付いている「液タブ」とは異なる)を繋いでお絵かきソフトを起動して熟考しながら原稿作業をするには一時間はやや短い。「外出一時間前」とは、テレビを消して、携帯を充電器から外して、腕時計をはめて(出かけるまでは邪魔くさいので外しておく。机やら板タブやらPC本体やらにカチャカチャ当たって鬱陶しい)、エアコンを消して、部屋の電気を消して、コートを着て、バッグを持って、全身鏡の審査を突破して、家鍵を持って、靴を履いて、玄関のドアを開いて体を外に出してドアを閉めて鍵を掛けて心の中で「行ってきますか!」って言うところ込みの「一時間前」である。そのため、純粋に一時間を利用できるわけではなく、その後控える一連のルーティンを考慮した上で何かに取りかからなければいけない。取りかかり始めるタイミングをミスるとどうなるか、答えは簡単電車にお乗り遅れる。少しでも日頃のヒヤヒヤを回避するためにも、あらゆることを考慮しなければ落ち着くことができないのは良い習慣なのか悪い癖なのか。トントンと言ったところか。
こういうとき、決められないときは大抵テレビの録画に助けを求める。あれは非常にいい。既に見てしまっているものは食い入る心配もないし続きが気になって外での活動に支障を来す心配もない。加えて時間調整が自在だ。CMも飛ばせる。こんなに良いツールは他にそうない。近年急増してきているビデオサービスの品々の欠点は、いちいち操作がもたつくところと、ロードに少々時間を食うところだ。テレビの録画ほど機敏な動きをしてくれないと、一時間弱はあっという間に消費されてしまうのだ。本当にハードディスク様は優秀だと常日頃感謝が尽きない。録画を可能な状態にしてくれた、つまりハードディスクを買ってくれた両親にも感謝である。
昔からテレビっ子だった私は、SNSにて動画配信サイトが普及しきった現代でもテレビの力を大いに借り、その効果を享受している。若者のテレビ離れやテレビの荒廃を耳にする機会は増えたが、どうか私が生きている間は絶滅しないでほしいと切に願う。絶滅したら、二次災害で私も絶滅危機に分類されてしまう。そんな不名誉な昇格・リスト入りは嫌だ。
かなり大それたことを口走ったが、それくらい好きだ。なんなら歴代の想い人の数倍好きだ。
外出前の苦悩を語ろうと思ったのにテレビを語ってしまうくらいには好きだ。
こうしてテレビをぼんやり、、時には手を叩いて声を出して見ながら時間を潰すのだ。正直勿体ないとは思う。一時間を有効活用できたら、年間どれくらいの量の作品増加に繋げることができるだろうか。いつも考えるが、やはり外出前のこの緊張感に打ち勝つことはできないのだ。みんなどんな心境なのだろうか。本当に教えてほしい。私は出なければいけない時間が近づくと酷く緊張するのが自分でもわかる。特に公共交通機関が絡む移動は心臓が痛い。難儀な性格だといつも思うが、不可抗力なのでどうしようもない。こればっかりは、単なる不安なので、考え方を変えたところでどうともならない気がしている。しかし最近になってやっと成長したと思うのは、時間ギリギリまでは家にとどまることができるようになったことだ。どういうことかわからない羨ましい方に向けて説明することとする。
私はバスや電車を使う移動は酷く緊張するし、歩いての移動に思いの外時間がかかって乗り遅れたり乗り損ねたりしたらどうしようと酷く苦慮する。そんな思いをしたくない、もしくはぎりぎりで乗るような少し恥ずかしい思いをしたくない一心から、なんなら一時間前から寒空の下バス停や駅のホームにいたって構わない、という人間なのだ。だから、到着十五分前にバス停や駅に着くような計算で家を出られるようになったのは大きな進歩なのだ。と説明して理解を得られる割合は低いことはわかっている、これまでの経験上だが。
今日はテレビに加えてこの語りをしたお陰で心持ち楽な「一時間前」を過ごすことができた。妄想上のエアオーディエンスに感謝である。
それでは佐藤の砂糖入りコーヒーを飲みに出かけるとするか。
「いってきます」
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