3.傘を持って歩く曇り空の下

  一番嫌いな天気が来やがった。傘を持つべきか否か迷うこの曇り空。今の季節、住んでいる雪国では高確率で天気が崩れるため、こういう時は持っていた方が確実であると学んだ。自然と溜息がこぼれる。

 私が住んでいるのは一家角部屋(気に入ってはいる)で、玄関から一番遠い場所である。風の音や雨音、カーテンさえ開けていれば窓から差し込む光加減でおおよその天気は想像できるのだが、やはり実際目にすると思いの外空の機嫌が悪そうだったりする。一度鍵を掛けずに玄関を出て空を仰ぎ、「げっ」と言ってUターンすることもままあった。今日もそんな雲模様だ。つっかけたクロックスできびすを返し、解錠状態の自室にいそいそ入る。やれ腕時計を忘れただの、やれマスクをしていなかっただの、酷いときは鞄を持っていなかったこともあったか、とにかく出かける直前・直後に一悶着あった日に限って曇っていたりするからヒヤヒヤだ。電車に遅れたらどうしてくれるんだ。いや自己責任なのだがね。ちなみに今日は静電気防止ブレスレットをはめていなかったことに気付いた。割と重要なアイテムだ。

 洗濯機横のラックから忙しなく傘をもぎ取ってブーツに脚を通す。慌てすぎるとかかとが何故か上手く入っていかないので急いでいるときこそ慌てず冷静に、である。大人気不朽の名作のバスケ(新しい方の)でも、光の主人公の幼馴染みが言っていた、「体は熱く頭は冷静に」と。あれ、「心は熱く」だったかもしれない。原作を熟読していたわけではないので許してほしい。バスケをやっていたのは私ではなく弟の方だ。

「いって、き、まっすっ」

 使い古しのブーツを結局上手く履ききれなかったのでケンケンしながら挨拶はする。いただきますもごちそうさまもただいまも疲れたもお疲れも常日頃から言う。流石におはようとおやすみは言わないが。あ、いや昨夜はおやすみと発した気がする。独り言は昔から多かっただろうか。まあテレビの情報番組でも食事の挨拶をする人は痩せやすいって言っていたので別に損はないし、大事なことだから習慣付けたいっていう単純な美意識の問題なのだ。返事のない自室を後にして、今日も気張って外に出る。

 天気を窺うために出た一回目はノーカンなので、正式な外出一発目は傘を持っている今現在だ。一発目はいつも目がやられる。雪の照り返しはもちろん、シンプルに眩しい。「目がぁあ!」という名言中の名言を残したおじさんはこんな気持ちだったのかなと毎回思う。ついでに言うと、この名言を私は日常で多用する。汎用性が高く優秀なLINEスタンプみたいな感覚で使う。ぽぽぽんっとつい押してしま……言ってしまうのだ。相手方の迷惑には目をつむるのが頻発するコツだ。「またかよ、もういいって」をキャッチするセンサー及びアンテナは事前にへし折っておくことをおすすめする。これ、生きてく中で大事だったりもするから、テストにも出ます。鈍感センサーぶっ刺しとくくらいが案外ちょうど良かったりするのだ。特に私みたいな気にしいは。

 いつもの大通りをずんずん歩いて行くが、まだ雨は降ってこない。恐らくこれはしばらくつパターンだ。これは私の中で四段階中第二段階なので少々ラッキーだ。

 昨日の昼散歩の天候は最悪だった。昨日は降ったり止んだりを繰り返すだけでなく、降ってくる代物まで変わるというランダムの極みだったのだ。第四段階であることは言わずもがなだろう。雨だったり雪だったりひょうまで来るのだからやはり雪国を舐めてはいけない。雪国出身だからといって冬が完全に平気と思わないでほしい。私たちだって春と夏と秋を挟んで冬に向かうのだ。何度も経験してるとはいえ、九ヶ月のブランクは冬仕様を解除するに決まっているだろうが。まあ、雪国マウントはしっかりがっちりとっていくんですけどね。「今日はまだ全然暖かいですよね」なんて言って。うわー超嫌な奴。確実に取れるマウントあんまりないのでこれも許してほしい。補足すると、第一段階は一番楽な「ずっと雨」である。傘を持っていけばいいか否か悩む必要がないので脳みそにも優しいし、ずっと「傘を差す」を選択していればいいので心にも優しいというイージーモードだ。身が隠れるというちょっとほっとするおまけ付きである。

 で、第二段階の今日。悩みの種は冒頭の持つか否か問題にとどまらないから厄介なのだ。まず荷物が一個増える。ふらっとどこかに立ち寄ったときの傘の邪魔さは誰しも経験済みなのではないだろうか。尖端と柄の部分両方に気を配らないと行けないあの神経削る攻撃ったら。HPごりごりに削ってくるじゃねえか。しかも第二段階の嫌なところは、「差す?差さない?あなたはどっち??」問題が浮上するところにある。私からすればこれが一番厄介だ。このくらいの雨で差すんだ、ふーーん、という声が脳内で葛藤を引き起こすのが面倒なのだ。無論、誰もそんなことは言ってないし、きっとすれ違う人々は何も考えていない。すれ違った瞬間に私の髪型や服の色さえも忘れているんだろう。晴れてる日に傘を差しているのであればまだしも、物理的に雲行きが怪しいときに傘を差していたって別段どうでもいい話である。しかしかっこつけ改めかっこ悪くなりたくない私は勝手に葛藤を始める。この一連の作業が面倒くさい。傘を差している人がいれば許可が下った気持ちで安心して私も差すことができるがその後しばらく歩いて傘を差していない若者(老人と若者は傘を差してないことが多いというのが自社調べの印象である)を前方に捉えると割と動揺して時には傘を畳む。何度も差したり畳んだりを繰り返すと普通に疲れる。動作数は少ないに越したことはないのだ。特に出先では。目立ちたいが悪目立ちしたくないこの潔癖が治る日は何処いずこか。


 誤解のないように付け足しておくと、私は断じて雨が嫌いなのではない。むしろ雨は好きで音楽ストリーミングサービスでわざわざ雨音を聴くくらいだ。安眠効果もあっておすすめ、なのだが人によっては私の母親のように尿意を催される方もいるかもしれないので一概におすすめはしないでおこう。

 雨によって発生する様々な選択が煩わしいと、私は言いたい。

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