わたしたちは独立した人間よ
男は弱さを謝る。そうだな、俺は弱さを認められなくて、親にも彼女にも隠していた。
隣の麻友子を見た。そうだよ、お前は強いよ。仕事もできるし、賢い。でもわかるよ。お前が強いことが俺の弱さを引き立ててきた。嫌だった。
そしてそれはもしかしたら。
「元旦那に言われたのよ。“麻友子は強くて俺なんか必要ないみたいだ。一緒にいてつらい”って」
一緒にいてつらい、のは麻友子の方だろうが。元旦那の、あの気弱そうな愛想笑いを思い出した。どんな顔でこの言葉を麻友子に浴びせたんだろうか。
「子どものころ、京介ばっかり構われてさ、うらやましかったんだよね。だからわたしは見てもらえるように陰でこそこそっと練習して、結果を出してきたんだよ。まあ、あんまりお母さんにもお父さんにも見てもらえなかったけど。だけどわかったの、勉強も運動もやればやる分だけ伸びたし。でも恋愛はさ…今までみたいに頑張ったら結果が出るようなもんじゃなかったんだよね。見た目良くして、人当たりも良くして、前向きで、仕事もして子育てしてって頑張ってきて…その結果“強いから”って言われて別れたのは
麻友子がはじめて俺の前で今まで何を思っていたかしゃべっている。
バカだな俺は、なんで何にも気が付いてなかったんだろう。自分の弱さにばかり眼を向けて。だからおれは弱いんだろう。
「ねえ、わたしは頑張ってるのになんでそんなに誰にも受け入れられないんだろう?」
麻友子が真剣な顔で俺を見つめた。
「いいじゃん、強くたって。もうそのままの麻友子が良いと思う。気が付かない人ならほっとけ。俺もこのまま弱いままで生きていこうって決めてるから」
「…京介は弱くなんかないよ。今だって戦ってるじゃん」
「いや、弁護士が戦っているのであって、俺じゃないのさ。俺は何にも変わってないよ。むしろ麻友子、お前が強くて賢いから今俺はこうしてまだ生きてるんだよ、だから…」
と言うと、突然黄色い笑い声がした。それはドア付近に座る二人組の女性客だった。足の長い小さなテーブルに細長い足を落として座っている。こちらを見て何やらこちらを見てにやにやしている。
「何? あれ」
「あー、さっきから私と京介の関係性を当てるゲームしてたんだわ。恋人か、それ以外か」
「何それ」
「暇だと私もよくやってたけど? 不倫カップルを当てたりするの楽しかったなあ」
「趣味悪。で、それで京介く~ん♡とか呼んでたわけ?」
「のほうが楽しいじゃんか。でもま、あのテンション駄々下がった感じからすると、兄弟っていうのがバレたかな? たしかにこのゲーム、兄弟だったら全く面白くないよ」
「…あっそ。じゃあまあいいわ」
と言うと、麻友子の背中に手を回して、抱き寄せた。麻友子は一瞬体をこわばらせたが、その後俺の首に手を回した。
「何? 京介くんご乱心?」
顔は見えないけど、麻友子はたぶんニヤニヤ笑ってる。
「真剣に話してるのに邪魔されたのはムカついた。それにこのほうが楽しいんでしょ?」
「そうだね〜」
「なあ、麻友子、そのままでいいじゃん、そのままかっこつけてけばいい。強くったって弱くったってどうせ変われやしないんだから」
「うん。そうだと思う。どうせ変われないのならせめて堂々と生きてけばいいんだよね。けどね、京介はやっぱり弱くなんかないよ。
「ああ、美歌のことわざ絵本の」
ニートの俺は毎夜美歌に読み聞かせをしているが、最近仲間入りした本にことわざ絵本がある。その中の一つが三十六計逃げるに如かずだった。計略にはたくさん方法があるが、困った時には逃げるのが最善策だという意味のことわざだ。
「逃げてもいいのさ。あ、でもあいつがあの女のところに逃げたのは許せないけどね」
「それと一緒にしないでほしい」
麻友子は笑いながら俺の背中をぽんぽんと叩いた。優しくそのリズムが体の中に響いた。俺たちは抱き合いながら自然と前後に揺れる。幼い頃一緒に乗ったシーソーを思い出す。なんだか子どものころに戻ったみたいだ。
「俺たちは双子でよく言われてたじゃん、二人で一つだって。これからそうやってしてけばいいよ」
3秒ぐらい沈黙のあった後、麻友子が言った。
「わたしたちのこと、双子だからって
「うん」
そうだよ、双子だからって違う人間だっていう気の強さ。それこそ麻友子なんだよ。
「あ、そうだ、さっき言ってた本だけど、題名も忘れちゃったし、もう見つからないかもと思ってたけど、厭世家は英語でペシミストで、『ペシミスト 名言集』で検索したらすぐにアマゾンで発見して捕獲したよ。たぶん京介は今からっぽになっちゃったから、何も今やりたいことがわからなくて毎日だらだら時間使ってるんだろうけど、見つかるよきっと。思ったよりもすごく簡単に」
そういうと麻友子は首に巻き付いた腕の力をゆるめた。俺も自然と麻友子を離した。麻友子が言う。
「美歌を迎えに行こうか」
《完》
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