第31話 犯人の誘導

「え?」


 トラは驚きや変がまじった声を出した。そのほかの人たちも金縛りみたいに動かなかった。現実に何が起きたのかを理解するために思考が時間を取っている。


「あれ? おいら縛られてる?」


 イヌは驚きながらも体を動かそうともがいた。


 僕にはどうなってこういう状態になったのか分かっているけど。ほかの人には一瞬でイヌが縛られたみたいに見えたはず。


「ど、どうなってんだ?」


 トラが助けを求めるように僕たちの方を向いて聞いてきた。


「あっ! ネコ、それ?」


 トラは僕の方に指を向けた。それは僕の摘まんでいる鈴を指していた。


「なんで?」


 そのとき、イヌが大声で泣くように喚いた。


「うわーん、ネコのお兄ちゃんにおいらが犯人だって言わないと、殺すって脅されて、だから仕方なかったんだ、ごめんなさい」


 みんなは僕の方を向いて疑い始めた。僕はみんなを混乱させないように言った。


「騙されてはいけません。皆さん、イヌくんは縛られる前、自白して、それでこの鈴を鳴らそうとしたじゃないですか」


「違うよー騙してるのはネコのお兄ちゃんだよー。みんなー騙されちゃダメだよ。みんなの目を盗んで、おいらに言ってた。お前が犯人だとみんなに言うんだって、言わないと殺すって」


 イヌは大げさなくらいに泣いていた。みんなが僕の方を見ていた、それはとても疑いながら怪しむように。


「お、落ち着いてください皆さん。イヌくんが犯人なんです。言ってたじゃないですか、自分が犯人だって」


 トラが僕に向けて疑問を投げかけてきた。


「じゃあ、何でお前、鈴を持ってんだ? それに何でイヌが縛られてんだ? お前がやったんだろ」


 それに促されてほかのみんなも僕を逃さないように見ていた。


「いや……イヌくんが犯人ですし、この鈴は……」


 一時停止装置を使って時間を止めたなんてこと、言えない。どうすれば……。


「何も言えないのか? なあ?」

「落ち着いてください。これには深いわけが」

「テメーが犯人だなっ!」


 トラは僕に飛び掛かって来た。僕はとっさに鈴を2回振った。


 時間はそこで止まり、トラが僕の首を両手でつかまえようとする体勢で止まっていた。



 ……危なかった。



 何が違っていた? 何でこうなった? どうすればイヌを犯人にできる。


 僕が何か余計なことをしたからいけないのか?


 クソッ! 僕の説得よりも子供の泣き喚いた説得の方が上ってことか。イヌが自白したとしても。


 どうすればいい。


 何かが間違っていたんだ。何かが。それは。


 まず、僕が鈴を持っているということがダメなのかもしれない。トラは僕を見て、僕が鈴を持っていることを確認した。


 そのあと、イヌが泣きながら嘘を言って。僕を犯人呼ばわりしてきた。ここが、この時点が僕が犯人であるという疑いをみんなに掛けてしまっている。


 じゃあ、こうしなければいいわけで。


 僕が鈴を持っているのをトラが見るから、おかしなことになる。となると、鈴を持ってない方がいいかもしれない。


 あと、イヌを縛っているのも僕に疑いが掛かってしまう原因だろう。


 僕が鈴を持っていてイヌが縛られている。それは一瞬かもしれないけど、僕が鈴を使って時間を止め、イヌを縛ったように勘違いするかもしれない。実際にそれは行ったことだけど。


 そこにきて、イヌの説得力のある泣きながら訴える行動。


 これで僕が犯人にされてしまった。


 僕にできることは、イヌを縛らずにそのままにさせて鈴を地面に置く。僕の足もと辺りに……いや、止まっている時間を流したあとに僕の足もとに鈴を落とす。


 そうすればみんなは、イヌが摘まんている鈴が滑って僕の足もとに転がって来たと錯覚するはず。その鈴を僕が拾えば……。


 疑われないかなぁ。


 ……よし、やるぞ。


 僕は時間を戻すために、握りながら鈴を2回連続で振った。


 すると時間が巻き戻り始めた。ビデオが巻き戻るみたいに、僕が僕の巻き戻る行動を見ている。


 イヌを縛ったり、イヌの着ぐるみの頭を取ったりしたように見えたが実際は縛られたまま時間が巻き戻っていった。


 そして、イヌが鈴を鳴らす前まで戻して、そこで再び鈴を鳴らして時間を止めた。


 イヌが縛られたままの状態で立っている。


 僕はイヌを縛っているテーブルクロスをほどいてテーブルに戻した。それからイヌが鈴を鳴らす状態の格好にした。


 完全じゃないけど、リアルな世界をビデオ操作できる代物か。やれやれ。

 僕と僕が重なっているけど、僕が時間を流せば巻き戻しされた僕は消えるのかな?


 まあ、いいや。試すしかない。


 僕は摘まんでいる鈴を2回連続で鳴らして時間を流した。それから鈴を僕の足もとに落とした。その瞬間、巻き戻しされた自分は消えた。


 リンッと地面で鈴が鳴る。


「あれ? 鈴がない」


 イヌは摘まんでいる指を振って辺りを見回していた。

 僕は足もとに転がっている鈴を拾った。


「ここにありますよ」


 そう言いながらイヌに鈴を見せつけた。


「鳴らす瞬間、指が滑って落としちゃったんじゃないですか?」


 僕の摘まんでいる鈴を全員が見ると、イヌ以外の人たちが疑うようにイヌの方に顔を向けた。


 イヌは僕たちを見回して笑った。


「あはははは。あーまさか、指が滑って鈴が落ちるなんてね。そんな確率の低いことで失敗するとは」


 僕が冷静にイヌに聞いた。


「あなたが犯人なんですね」


 イヌはなんの悪びれも見せずに言った。


「うん、そうだよ。おいらだよ。さっき言ったよね。で、どうするの? おいらを」


 自分を捕まえてというように両手を広げておどけている。


「お、おい」


 トラが僕の方を向いて言った。


「何かで縛って置こうぜ。ネコは何か縛れるもん見つけて来てくれ。俺がこいつを押さえとくから」

「ええ」


 僕は縛れるものを探すふりをしたあと、テーブルクロスを取ってトラのところに持って行った。


「トラさん縛れるものと言ったら、テーブルクロスしか見当たりません」

「そうか、じゃあそいつで、こいつを縛ってくれ」


 言われた通り僕はテーブルクロスでイヌの両足を縛り、それから後ろに両手を回して両手と体全体を縛った。


 イヌは諦めたのか素直に従って縛られていた。それから、立っているのに疲れたのかイヌは自分から床に座った。


 僕たちは話し合うためイヌから離れた。イヌがおかしな行動を起こさないように監視できる位置まで。


「これからどうする?」


 トラが僕たちを見回しながら言った。僕は答えた。


「そうですね。このまま迎えが来るまで、イヌを監視しながら待った方がいいと思います」

「そうだな」

「あっそうだ」


 僕はウサギの方を向いて鈴を差し出した。


「ウサギさん鈴です。持っていてください。あなたのでしょ」

「え、ええ」


 ウサギは鈴を受け取った。

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