第27話 犯人の罠

「どうやら犯人はこの中にいるみたいね」


 ネズミが唐突に話し出した。


「しかも、時間を操作して殺人を行っている」


 そう言って周囲を見渡した。


「ねえ、ウサギさん。鈴を鳴らしたときって音は聞こえるの?」


 ウサギはうなだれたように頭を下げていた。それから重そうに頭を上げると力なく言った。


「……いいえ、聞こえないわ。鳴らした瞬間に時間が操作されるわけだから聞こえないの。音の振動よりも早く止まるか巻き戻しさせられるから、わたしたちに音の振動が耳に到達する前に時間の操作が来る仕組みなの、犯人は聞こえるけど」


「やっぱりね。ウサギさんもう一度その鈴について詳しく聞かせてくれない。時間を止める仕組みとか」


「は、はい、その鈴はポレミラーヌと言ってその言葉自体に意味はないんですが。まず、鈴を1回鳴らすと相手は30分の時間を短縮させられて、鳴らした方は2時間長くなるの。そこから再び鳴らすと、さらに相手は短縮させられて15分になるわ。1時間が15分しか感じなくなるの。反対に鳴らした方は4時間に長くなる」


「ふーん、なるほど。1回鳴らすと相手は1時間が30分しか使えない。反対に鳴らした方は1時間を2時間使えるってことね」


「ええ」


 それを聞いていたトラが前のめりになってネズミに聞いた。


「おい、どういうことだ? 時間を止めるとかだけじゃねーのか?」


 ネズミはトラを見ながら答えた。


「そうね。そのほかにも機能があったみたいね。鈴を1回鳴らすと鳴らした相手の時間を短縮させるってことは、さっき7時だったのに、もう8時になっているって感じる。鳴らした方は7時でもそれは1分が2分に感じて、とてもゆっくりに時間が流れていると感じる」


「ん? それがどういった意味があるんだ。お互いの時間は共通だろう」


 そう言いながら、トラは自分の正面の壁に掛けてある時計を見た。

 掛け時計の針は17:09を差していた。


 ネズミがトラの疑問に答えた。


「いいえ、人によって時間の感じ方は異なるわ。同じ1時間でも30分くらいに感じたり2時間くらいに感じたりする。トラさんは1日があっという間に過ぎたりとても長く感じたりしたことない」

「……あ、ああ、そう言われればあるが……」

「そう、それが手動で起こせるってこと、そうよね」


 ネズミはウサギの方を向いて確認を取った。


「はい、ネズミさんの言う通りです」

「それで、ほかにも機能があるのよね」

「はい、時間を止めることと時間を巻き戻しすることです」


 そこで、全員が時が止まったかのように沈黙した。


「時間を止めるには鈴を連続で2回鳴らすと止まります。巻き戻しは鈴を握って2回振れば戻るように作られています」


 ネズミは尋問するようにウサギに問いかけた。


「鈴を鳴らして時間を止める。誰かの財布からお金を抜き取る。そのあと巻き戻しをして時間を流すと、盗んだお金は自分が持っていて、盗まれた方はそれに気づかない。いいえ、起きていないことになる。それで、その人が財布の中身を確認するとお金がないことに気づく。そんな感じ、ウサギさん」


「ええ、そうよ」


 それを聞いたトラが深いため息をしたあとウサギに聞いた。


「あんた、何でそんなもん開発したんだ」


 ウサギは下を向いて何かを考えていた。


(はぁ、どうしよう。何で開発したか。それは時間を止めて老化を防ぐために開発したの。時間を止められている本人は老化しない、でも実際の時間は過ぎている。長く生きていくには自分の時間を止めること、そのために開発したの)


 というウサギの思考が僕の目に映し出される。

 ウサギは顔をあげてため息をひとつ吐いて言った。


「人の老化を防ぐためよ。時間を止めれば老化は止まる。そうすれば長い時代を生きられる」


 その場にいた者は驚いたようにお互いの顔を見合わせた。


「そんなことしたら、犯罪に使う奴が出てくるだろうが。さっきネズミが言ったみたいに。そこを考えなかったのかよ」


 トラがウサギに咬みつくような感じに問い詰めた。


「もちろん犯罪に使われたらってことも考えていたわ。犯罪を行った瞬間に鈴が割れるようになっていて。その場で時間が巻き戻しされて犯罪を行う1時間くらいまで戻るように設定し始めたころ、盗まれたの。だから」


 ウサギがそこまで話すと手助けするようにネズミが続けた。


「鈴に犯罪防止装置みたいなものを取り付ける前に盗まれた。だから、時間操作を使って犯罪はし放題ってことね」


 ウサギは声に出さずただ頷いた。


 カチカチと掛け時計の音が律義に時を奏でていた。みんな押し黙った様に静かだった。この中に犯人がいるかもしれない、あるいはいる、と思っているのだろう。疑心暗鬼がその場の空気を重くしていった。


「あのう……」


 リスが恐る恐る手を上げた。みんながリスに注目する。


「喉が渇いたんですが。何か飲み物を取りに行きたいんですが」

「おいらもー」


 イヌもそれに続いた。みんなもそれを思い出したようにそわそわとし始めた。


「では、向かいましょうか、ほかの皆さんも一緒にいた方がいいと思いますので、皆さんで行きましょう」


 僕が言うと。みんなが椅子から立ち上がった。座っているのに疲れたのか、伸びをする人や少し運動する者もいた。


 僕も席を立ってみんなを先導した。


「では、皆さん向かいましょう」

「ちょっと待ってくれ」


 トラがそう言うとビリヤード台に置いてあるキューを2本持ってきた。


「時間操作を使うとはいえ、何か武器になる物を持っといた方がいいだろう」


 2本あるうちのもう一方を僕に渡してきた。


「あ、ええ」


 僕は遊戯室を出てトイレがあった方を見てみた。壁が崩れていて廊下が塞がれていた。パーティー部屋に行くドアも塞がっている。瓦礫の手前でライオンが仰向けになっているのが見える。


 みんなもその光景に圧倒されて声が出なかったのだろう。誰もがただ見て、僕のあとに続いた。


 僕たちは厨房へと向かった。

 

 僕は後方を注意しながら歩いた。誰かが変な動きをしないか、ときどき後ろを振り向いたりした。


 厨房のドアの前に来るとウサギがみんなに聞こえるように話しかけてきた。


「あのその前に、わたしちょっとトイレに行きたいんだけど……」


 僕は振り向いて答えた。


「トイレですか」

「はい」

「分かりました。では、共用トイレは爆破されて使えないので、僕たちの誰かの部屋のトイレを使うことにしましょう。誰の部屋のトイレがいいですか」


 僕の質問にトラが答えた。


「どこでもいいぜ」

「あたしは男女別でお願いしたいわ」


 とネズミが抑揚なく言った。

 そのほかの人たちも同じような意見になった。


「では、男性は僕の部屋のトイレを、女性はウサギさんの部屋のトイレを使うということで」


 みんなが僕の言葉に頷く。僕は続けた。


「じゃあ、このまま2階のフロアまで行って、トイレに入るときにトイレの中を調べて、お互いの身体検査をしてから入って下さい」

 

 僕が念を押して言うと再びみんなが頷く。僕たちは厨房を通り過ぎて2階の階段を上がろうとしたとき、リスが声を上げた。


「あっ!?」


 僕は振り返ってリスに尋ねた。


「どうしました?」


 リスは玄関の方に人差し指を向けた。僕たちはその方向に目をやった。


「ああっ! げ、玄関が!?」


 トラが声を出して驚いた。


 玄関は爆破で崩されていた。人が通れそうにないほどに玄関は瓦礫で塞がっていた。

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