第20話 鈴への疑問

 一通り探し終えて、僕たちは遊戯室の中央に集まった。


 僕は言った。


「見つかりませんでしたね。次はクマさんとシカさんの着ぐるみの中を見てみましょうか」

「その前に、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 ネズミがそう言ってライオンの方を向いた。


「ライオンさん、本当に優勝賞品をヒツジに渡したの?」

「ええ、渡しましたわ」

「ふーん、たしかその鈴は特殊なもので、時間を操ることができるって言っていたわね」

「ええ、そうですわ」

「もし犯人がその鈴を使って時間を操っていたとしたら……いいえ、もしかしたら今も操っているのかも」


 動揺を誘うようなネズミの意見に一同が辺りを見回したり、お互いの顔を見合わせたりしている。

 僕はその沈黙を消すようにネズミに聞いた。


「今も操っているって、どういうことですか?」


 ネズミは誰からも顔をそらして答えた。


「時間を操る。どういう仕組みでどのように操るのか分からないけど。鈴は誰かが持っていて、あたしたちが知らないあいだにそれを使っているかもしれないわ」


「あー、なるほど、それでどういった現象が起こると思うんですか?」


「……そうね……どういう鈴か分からないから、想像だけど。鈴を鳴らすと時間を操ることができるという言葉だけをくみ取ると、まず、鈴を誰かが鳴らす、すると鳴らした本人以外の時間は止まり、そのあいだに鈴をどこかに隠しに行って……」


 ネズミは言葉を止めて顎に手を当てて少し下を向いた。


「いや、違うわ。実際本人がずっと身に着けていて、自分の番が来たとき鈴を使うの。あたしたちはその人の着ぐるみを調べるため、その人のポケットなどを調べている。その最中に鳴らす。そうすることで、時間の早送りをして、もうその人の体を調べたと錯覚させる。だから鈴は見つからない」


 ネズミは何かを納得したように顔を上げて言った。


「もし時間を操ることができるという話が本当なら、そういった可能性もあるわ」


 僕はネズミに言った。


「でも、早送りをやったとしても時間は流れているわけですから、僕たちは身体検査をしているとき、ちゃんと順番に調べているんじゃないですか?」


 伝わったのか伝わっていないのか、僕の方にみんなが顔を向けた。そんな僕にネズミが反応した。


「あなたが言いたいのはこういうこと? 時間は現在から未来へ流れているからそのあいだは確実に通っている、だから飛ばさずに探しているはずだと」


「は、はい、そうだと思うんですが」


「まあ、確かにそういった考えもあるけど、でも、早送りは早く送るだけじゃないわ。飛ばすこともできるのよ。あなたやったことはない、音楽を聴いていて途中から次の曲に飛ばしたこと」

「……ああ、あります」

「そう、そうやって、あたしたちの時間を飛ばしたの……」


 ネズミは左右に首を振って、ため息をこぼした。


「あまり本気にしないでね。だってこれはあたしの思い込みだから」


 僕はライオンに聞いた。


「ライオンさん、鈴ってどんな形をしている物なんですか?」


 ライオンは僕の方を向いてから顔をそらした。


「鈴の形ですか? そうですわね。ごく普通の形ですわ。ネコの首輪とかに着けるような感じの物でしたわ」

「そうなると鈴を使った場合、音が鳴りますよね。僕たちは今までその鈴らしき音を聞いていません、ということは使われてないと思うんですが」


 僕がそう言うとネズミが反論してきた。


「そうとも言い切れないわ。あたしたちは鈴を鳴らされたことを覚えていないだけかも」

「え? 覚えていない?」

「さっき言った、音を鳴らした瞬間に時間が飛んでいるのだとしたら、鳴らしたところから飛んでいるということになるわ。だから聞こえない」

「じゃあ、こういうことですか。僕たちは普通に過ごしているけど、実際は犯人から見たら、僕たちの時間は飛んで見えている、と」

「かもね」


 それからネズミはため息をこぼして言った。


「確信はないけど」


 再びその場に沈黙が訪れた。それを破るように今度はリスが話し出した。


「も、もし、ネズミさんの言っていることが本当だとしたら、私たちはその時間操作によって、犯人に殺されるかもしれないってことなの?」


 ブルブルとリスの体が震えている。ネズミはリスの背中をそっと触って落ち着かせた。


「へーきよ。あたしたちはそんなものに負けなわ」


 ウサギを見ると俯いているように頭を下げていた。自分の研究所で開発された物が殺人の道具に使われていたらと思っているのだろう。


 あ! もしかしたら、今までの殺人は全部鈴を使って行っていたのかもしれない。鈴を鳴らして時間を飛ばしたりしているのだとしたら、ほかの方法も可能なわけで。


 犯人は口実を作りライオンの部屋に入る、そこで鈴を見つけて鳴らす。どういう原理か分からないが、巻き戻しをする。そうすることで犯人は鈴を持ったまま、ライオンの部屋に入る前の時間に戻る。


 巻き戻しをしている最中、犯人にとっては自由に動けるため。犯人がライオンの部屋に入る前に戻れる。当然ライオンは犯人が部屋のドアを叩く前に戻っているため、ドアの外に犯人がいるとも思わない。


 鈴を手に入れた犯人はまずクマを襲う。クマの部屋に行きドアを叩く、クマがドアを開けて出てくる。その瞬間時間を止めてクマを殺す。それでフロアに寝かせて時間を進める。


 そのあとリスがクマを発見して僕たちが騒ぐ。

 その過程がほかの被害者でも同じように行われて……。

 殺人を終えたら鈴をライオンの部屋に戻す。


 どうやって? 鈴を持ったままライオンの部屋のドアを叩く、ライオンがドアを開けた瞬間、時間を巻き戻しにする。


 どこまで? ライオンがベッドで寝るときまで、そのあいだに鈴をその部屋のもとあった場所に戻す。


 それを1回の殺人ごとに繰り返す。ライオンは巻き戻されたりしても、その感覚はなく普通に時間が過ぎているとしか捉えない。


 犯人によって、1日のうちに時間が行ったり来たりしているライオンでも時間の進みは1時間から2時間へ1秒1秒と移るだけ。本当の時間を知っているのは犯人だけということになる。


 僕たちの時間の流れはまっすぐだけど、犯人にとっては進ませたり巻き戻せたり、飛ばしたり止めたりできる。


 それに気づかないで僕たちは普通に過ごしている。


 でもウサギが言っていた、1回鳴らせば相手は30分早く過ぎるとか鳴らした側は1時間伸びるとかそんなことを言っていた。開発者が言うんだからそういう設定にしてあるんだろうけど。


 よく考えていみれば、それも時間操作なわけで。もしかして、さっきネズミが言っていたように、時間の早送りだったり巻き戻しが可能なのかもしれない。


 もし、これからクマとシカの着ぐるみの中を調べても鈴が見つからなかったら、そういった可能性も視野に入れておくべきだろう。


 僕は言った。


「あの、皆さんとりあえず、クマさんとシカさんの着ぐるみを調べに行きませんか、それから考えてもいいのでは」


 それぞれの口からため息や疲れといったような感情が現れる。


「そうですわね。皆さま、まずはクマさんとシカさんの着ぐるみの中を確認してみましょう」


 ライオンがそう言って遊戯室を出ていく。ほかの者たちもそれに続くように遊戯室をあとした。


 するとウサギが残り僕に小さな声で言った。


「ちょっと話があるから時間を作ってくれる」

「は、はい」


 僕たちはお互いの顔を見合わせたあと、ウサギは遊戯室を出て行った。

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