第19話 ライオンという人物

 僕たちは厨房に入り鈴を探し始めた。


 僕は厨房内を見回した。何も反応が無かった。すぐにみんなにこの部屋には無いですよって言ったら変に怪しまれてしまうから、適当にその辺を探すふりをした。


 ここに無いということは遊戯室か?


 冷蔵庫、調理台、ガスコンロ周りなどなど、どこを探しても見つかるわけもなく、それなりに探すふりをしていた。


 もし遊戯室になければ、クマかシカの着ぐるみの中。あるいは、この洋館の屋根裏とか地下室が隠されていて、そこに隠してあるとか。一応そういったことも聞いておくか。


 僕は探しながらライオンに聞いた。


「あのーライオンさん」

「何かしら、ネコさん」

「この洋館に屋根裏や地下室なんかはありますか?」


 ライオンは顎に手を当てながら考えた。


「……うーん、それは確認しておりませんわ。洋館を隅々まで調べたわけではありませんので、なんとも」


「そうですか。あの、優勝賞品の鈴のことなんですけど、少し聞いてもいいですか?」

「え? はい、どういったことでしょうか」

「ライオンさんはその鈴をどうやって手に入れたんですか? もともと持っていたんですか?」

「いいえ、あの鈴は知り合いから買い取りましたの。とても高価な物でしたので」

「へぇーどのくらいのお値段だったんですか?」

「そうですわね、たしか……20兆円ほどでしたわ」


 20兆円って、僕みたいに騙されてるんじゃないのか。


「に、20兆円ですか。あのー僕が言うのもなんですが、その人に騙されているとは思わなかったんですか?」

「いいえ、少しも思いませんでしたわ。わたくしはその人を信用していますの。長いあいだ、そういった取り引を何度もしていますので」

「はあ」

「万が一、それがとても安い物だったとしても、関係ありませんわ。だって、その人と取り引きしたことには変わりありませんもの」

「信頼ってやつですか?」

「まあ、そうですわね。お互いさまと言ったほうがよろしいかしら」


 取り引き相手を信頼するって? この品物は本物だと言われて買い、あとでそれが偽物だったら嫌な気分にならないのかなぁ?


 ライオンの考えている思考や気持ちは僕には分からない。

 

 騙される方が悪い、確かにそうかもしれない。騙されたら僕が未熟なだけだったと思うというか、その程度のレベルなんだと気づかされる。


 それを前向きに考えるとなると、これ以上騙されないようにと肝に銘じることもできるわけで。


「じゃあ、ライオンさんは人を疑ったりしないんですか?」

「ええ、しませんわ」

「しないんですか!?」


 僕の驚きに、一瞬ライオンの動きが止まった。


「……え、ええ。疑うという言葉にどういった意味があるのですか? わたくしには分かりません」

「いや、そのー騙されたら嫌な気分になるとかっていうか、そういった、気持ちみたいな」


 僕の語彙の緩さが返って彼女を疑わせてしまわないか不安になった。


「ネコさんはこうおっしゃりたいのですね。騙されたらあなたは嫌な気分にならないのかと」

「はあ、まあ、そうですね」

「そのようには一切なりませんわ。だってその騙してきた人も騙されているかもしれませんもの。誰かに。それに気がつかなくて、わたくしと取り引きをしているかもしれませんの」


 僕の狭い範囲の常識じゃ、ライオンと話ができない。彼女は何かを超越しているような気さえする。……それとも、何も思わず何も考えていないか。


 ライオンは僕の考えている素振りを見ながら言った。


「ふふ、重要なことは自分を疑わないことですの」

「自分を疑わない」

「そう、それはいつも自分が見ているから疑いようがありません」


「では」と言い残して、ライオンはほかを探し行った。


 ライオンの言っていることは僕にはあまり理解できなかった。でも、そういう考えの人もいるということだけは理解できた。


 しばらく探してから僕はみんなに言った。


「あのー皆さん、ここもありませんので次は遊戯室に行きましょう」


 そうして、一同は遊戯室に向かった。

 遊戯室のドアを開けて、決まりきったようにみんなは動いた。


 僕は遊戯室全体を見回した。……何も反応がない。


 ルビーの送ったのこの機能は壊れているんじゃないのかと思った。たしかルビーは『研究段階だから正しい反応は示さないこともあるかもしれないけど』と言っていた、だからいまいちなのかな?


 僕は厨房のときのよう適当な場所から探し始めた。


 ビリヤードの下、ピアノの下など。今度はていねいに探してみることにした。この機能が何らかの理由で反応していないのかもしれないから。


 僕はライオンにまた尋ねた。ここぞとばかりに知りたいことがいろいろとあった。


「あの、ライオンさん、ちょっと聞いてもいいですか」


 ライオンはピアノの鍵盤のふたを開けて鍵盤を眺めている。僕の問いに彼女はこちらに顔を向けた。


「はい、何かしら」

「クマさんやトリさんとはどういう関係なんですか?」

「……うーん、そうですわね。個人的な話ですので、近しい友人とでも言いましょうか。これ以上はちょっと」

「友人ですか」


 僕は続けて聞いた。


「えっと、この島はどうやって見つけたんですか? ライオンさんが見つけたんですか?」


 ライオンは僕から顔をそらして虚空を見上げた。数秒ほど何かを考えたあと顎に手を当てながら話してきた。


「そうですわね。わたくしが見つけましたわ」


 それから「ふふ」と笑い、こちらに顔を戻した。


「あれは、宝石関係の取引先へ向かうため、自家用飛行機で海を渡っているときでしたわ。何気なく窓の下をのぞいてみたら、孤島に洋館がポツンと建っておりましたの。それで、衝動的にそこへ降りて、ここでパーティーをしようと決めたのですわ」


「どうしてパーティーを?」


「わたくしの趣味ですの。もちろんこの洋館は無人でしたわ。くもの巣や床の抜け落ちている場所もありましたから、わたくしの専属の修理屋に言って綺麗にリフォームしてもらいましたの」


「へぇー、それでパーティーの招待状を皆さんに配ったわけですか」


「まあ、そうですわね。招待状はたくさんのお方にお配りしましたの。たしか1億人くらいだったかしら」

「い、いちおく!?」

「ええ、それで、お集まりになったのがここに来られたお方たちですわ」


 シカとトリを抜きにしても、1億人中の8人しかここに集まっていない。……確かにこんな胡散臭いイタズラみたいな内容の招待状は捨てられておしまいか。


「お聞きになりたいことは、もういいですの?」

「ええ、はい、どうも」


 ライオンは僕に軽く一礼してからほかへ行った。

 何者なんだ? 僕はライオンの優雅な後ろ姿を静かに見送った。

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