第14話 鈴の情報

 僕はヒツジの部屋に行った。ドアを叩いて彼女が出て来るのを待った。

 

 ドアが開き彼女が顔をのぞかせた。


「まあ、ネコくん。どうしたのかしら」

「あのー、ちょっと、ヒツジさんが優勝者なのをチラっと見てしまったので、それで、ライオンさんから何をもらったのかを聞きたいと思いまして」


 ヒツジは驚いたのかピタリと止まると、顔をそらした。


「そう、いいわよ。何をもらったか教えてあげるわ」

「あ、ホントですか?」

「ええ、ここじゃなんだから、中に入ってくれるかしら」

「はい」


 ヒツジの部屋は僕の部屋とあまり変わらないけど、コーヒーメーカーや本などが棚の上に置かれていた。


「そこに座ってくれるかしら」

「はい」


 僕はテーブルに備えつけてある椅子に座った。


「コーヒー飲むかしら?」

「あ、いや、いただきます」


 ヒツジは頷くと、マグカップにコーヒーを注ぎ始めた。手際よくそれに長いストローをさすと僕の方へ持ってきた。


「どうぞ」

「あ、すいません」


 僕は慣れない手つきでコーヒーを飲んだ。ほどよい暖かさがストローから流れて来る。ヒツジも僕の向かい側に座ると、ストローを持ち上品に飲んでいた。


「それで、ネコくんはどうして優勝賞品を知りたいの?」


 ヒツジはマグカップをテーブルに置いて聞いてきた。僕はコーヒーを飲むのを止めて話し出した。


「えーっとですね。どうしてもその現物を見たいと思いまして、ええ、滅多に見れるものじゃないので、それで、今このときしかないと思いまして。それで……」


 ヒツジは斜め下を見ながら何かを考えていた。ヒツジの口からため息がもれた。


「いいわよって言いたいところだけど。この状況はライオンに監視されているわ。残念ですけど」

「ライオン?」

「ええ、もしあなたにその賞品を見せたら、不正したことになるわ。そうなると先ほどもらった物は没収されて、自分たちはライオンに高額な罰金を支払うことになる。それでもいいのかしら」


 不正。そういえばウサギが『不正したら、何かしらの通知がそれぞれの招待状に行くようにしてあるみたいなの』と言っていた。


 せめてどこにあるのかくらい聞き出せれば、10秒間だけ止める機能を使って情報分析でその物を調べることができる。


 ヒツジは僕をじっと見つめていた。


「あ、そうですよね。それはまずいですよね。100兆円の罰金ですもんね」

「分かってもらえたかしら」

「はい、仕方ありません」


 僕は席を立ちあがりぐるりと部屋を見回した。当然、賞品らしきものは置いてなかった。ヒツジ本人が肌身離さず持ち歩いているのだろうか。


 ヒツジはドアを解除すると、僕を外に出させた。


「じゃあ、僕はこれで、わざわざすみませんでした。あとコーヒーどうもごちそうさまでした」

「いえいえ」


 情報は分からずか。


 出てきたついでに、僕はウサギの部屋に行くことにした。ポレミラーヌの鈴の情報を少しでも知るためだ。


 僕はウサギの部屋のドアを叩いた。しばらくしてドアが開く。いつもドアが開くとき少し時間がかかるのは、中で着ぐるみに着替えているからだろう。


「ああ、ネコさん。どうしたの?」

「あの、ポレミラーヌの鈴の効果と言いますか、どんな機能があるのかを詳しく知りたいと思いまして、それで、はい」


 ウサギは自分の部屋を一度振り返ってから、ふたたび僕の方を向いた。


「いいわ、入ってよ」


 僕はウサギの部屋に入った。


「そこに座って。ネコさんは紅茶飲む?」

「あー、いただきます」

「うん、分かった」


 ウサギがポットからティーカップに紅茶を注いでいる。それに長いストローをさすと持ってきた。


「どうぞ」

「どうも」


 テーブルの上にティーカップがふたつ載る。

 僕は紅茶をストローで啜った。ウサギはひと口、ストローで紅茶を啜ると聞いてきた。


「それで、どんなことを聞きたいのかな、ネコさん」

「はい、ポレミラーヌの鈴を持った人の周りに、もうひとりいて、そこでその鈴を鳴らした場合、どういう現象が起こるのかと言うことです」


 ウサギは何度も頷きながら、紅茶を啜った。


「なるほね。同じ空間にいるふたりの人物がどうなるかってことね」

「ええ」

「まず、鈴を持っている側が1回鳴らすと、相手の時間が短縮される1時間が30分に。反対に鳴らした方は倍になる、つまり1時間は2時間に」

「はい、それでどうなるんですか?」

「鳴らした方は相手がゆっくり動いているように見える。反対に鳴らされた方は相手がとても速く動いているように見えるわ」

「……うーん、よく分からないんですが。具体的にどういう現象になるんですか?」


 僕の問いに、ウサギは斜め上を向いて考える素振りを見せる。僕は待っているあいだに紅茶を啜った。


「例えばね。何かの試験で誰かとテストを解いているとき、鳴らした方は早く終わるけど、鳴らされた方は全然終わらない。とか、鳴らした方は普通に話しているけど、鳴らされた方は早口のように聞こえるって感じかな」

「それって、個人の能力の差なんじゃないですか?」

「まあ、それもあるけどね。鈴を鳴らせばより際立って目につくのよ」


 鈴を鳴らした側は普通の行動をしているけど、相手とってはとても速く動いているように見える。


「まだ、よく分からないんですけど。例えば会話しているときに鈴を鳴らしたらどうなるんですか?」

「ああ、会話しているときはね。鳴らした側は相手の話が急にゆっくりに聞こえるわ。反対に鳴らされた方は急に早口になったように聞こえるの」

「じゃあ、動作も同じように?」

「うん、そうよ。極端に言うと、鳴らした方は相手の動きが急にゆっくりに見える。鳴らされた方は相手が急に速い動きをしているように見える。それで時間がゆっくりに感じたり、早く過ぎたりするの、見えるとかって言った方がいいかな、時間が」

「ふうん、そういうことだったんですか」


 僕は紅茶を一口飲んだ。ウサギも同じように飲んだ。


「だから、それがあれば、通常の人の倍は時間を使えるっていうことね」

「あのーその効果は近くにいれば、ずっと続くんでしょうか。お互いが」

「ええ、近くにいればね、離れれば元に戻るわ」

「へえ、なるほど」


 何となく分かって来た。鈴を鳴らした本人は相手がゆっくりに見える。それは行動や会話や知能の速度におよぶもの。反対に鳴らされた側は相手が速く見える。


 とりあえず、ルビーに渡せる情報はこんなところか。これで彼女が納得するとは思えないが。


「分かりました」

「うふふ、理解できた?」

「はい、いろいろと……それじゃあ、僕はこれで」


 僕は席を立ってドアに向かった。ウサギもあとについてくる。ウサギはカードキーを取りだしてドアを解除した。


「不便よね。カードキーをいちいちドアに差し込まないといけないんて」

「そうですね」

「カードキーの忘れを防止するためにこうしてあるみたい」

「へぇー、そうなんですか」


 僕はドアのノブに手を掛けて振り返った。


「あの、いろいろと勉強になりました。紅茶どうもごちそうさまです」

「いえいえ、ポレミラーヌの鈴のことを知りたかったらいつでも訪ねて来てね」

「はい」


 そのとき。


 ドンドンドンとドアを叩く音が聞こえた。壊れるんじゃないかっていうくらいすごい勢いで叩き付けている。


 僕とウサギは顔を見合わせて、沈黙していた。しばらくすると、またドアを誰かが叩いてきた。

 僕は恐る恐るそのドアをそーっと開けた。


「おいっ! 早く出てこい!」


 その声はトラだった。怒鳴るように言うと、少し開いているドアを思いきり広げて僕とウサギを交互に見た。


「お前ら一緒だったのか?」


 僕は驚きながら言った。


「ああ、はい」

「ふーん、そんなことより、あれを見てくれ!」

 

 トラはフロアの真ん中を指さした。そこにはクマとシカの亡骸を囲み全員が立っていた。

 ネズミ、リス、イヌ、トリ、ライオン。僕の前にるトラ。僕の後ろにはウサギ。


 ん? 誰かがいない。


 みんなが取り囲んでいる足の隙間から、その中を見ると、クマとシカだけのはずが横にひとり増えていた。


 僕たちはフロアに出てゆっくりと、その場所に近づいた。そこにいたのは……。


 ヒツジだった。

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