第12話 ライオンの部屋で

 はあ、気が重いな……。

 

 もう夜も更けこんでいるのに、ライオンは起きているのだろうか。

 ライオンの部屋の前に来た。僕は思い切ってドアを叩いた。寝ているのか、ドアが開く気配がない。

 僕はふたたび叩いた。するとドアが開き向こうからライオンがこちらをのぞいた。


「あら、ネコさん。どうしたのです?」

「あのう、夜分にすみません。ちょっと、お聞きしたいことがあるのですが」


 ライオンは首を傾げて、僕を見つめていた。僕は顔を横に向けてその視線をそらした。


「お聞きしたいこと?」

「はい、ブザーのことで、この洋館に勝手に入ると鳴るっていう……あのーネズミさんが言っていたので。その、僕このパーティー初めてなので、詳しい話をお聞きしたいなと思って」


 僕は戸惑いながら、疑われないような口実を作り言った。


「ブザーのことですか?」

「はい」


 ライオンはいくつかのドアチェーンを外すとなかに僕を招き入れた。


「どうぞ、お入りになって」

「あ、どうも」


 僕はそろりそろりと中に入った。部屋の中は僕の部屋と変わらない内装だった。


「どうぞ、そこへお掛けになって」


 丸いテーブルに椅子が2脚置いてあった。僕はその椅子に座った。ライオンはベッドに腰を下ろすと話し出した。


「それで、ネコさんはブザーの何を知りたいのですか?」

「えーっとですね……」


 僕は考えるふりをして、ポレミラーヌの鈴の情報か何か落ちてないか周囲を確認した。ざっと見た限り何も落ちてなく、金庫などのそいういった物も見当たらなかった。


「そのー僕、招待状に書いてあったことを忘れちゃってですね。ネズミさんが言うには、ブザーは玄関から入らないと鳴るとか、特定の人物が見ていないとこの洋館に入ることはできないとか、そういうのって本当のことですか?」


 ライオンは何回か頷いて言った。


「そうですのよ。この洋館に入るには、トリさんやこのわたくしが見ていないとダメですの。もし不正をした場合はブザーが鳴りますのよ」

「へえー、そうなんですか」

「お聞きになりたいことは、それだけですか?」

「あ、いや、あと……」


 ライオンは首を傾げて僕の言葉を待っていた。


「今回の優勝賞品は何ですか?」


 ピタッとライオンは固まって、そのあと肩の力を落として言った。


「それは打ち明けることはできませんの。優勝者だけがそれを知る権利がありますので、ごめんなさいね」

「あーいえいえ。あっ! そうそう。さっき2階で皆さんと話し合っていたんですけど、クマさんとシカさんは誰かに殺されたんじゃないのかっていう議論になりまして……」

「え! どういうことですの? 殺しって」


 ライオンは驚いた口調で僕を問いただしてきた。僕はその火種を慌てて吹き消した。


「違うんです。例えばの話で、そういうことが起きたらっていう仮定で話し合ったんです」

「例えば、ですの?」

「はい、実は今回の優勝賞品をその犯人は狙っていて、クマさんとシカさんを殺したっていうような内容でして」

「優勝賞品を、ですの?」

「はい、それでライオンさんがその賞品を渡しに誰かの部屋に行ったときに狙われるんじゃないかとか、その優勝者が狙われるんじゃないかとか」


 ライオンはポツンと座ったまま動かなかった。自分が襲われると思っているのだろう。


「ああ、あくまでも例えばの話です。クマさんとシカさんの死が不自然だったから、そういった疑いが出てきたわけで」


 僕は何をやっているんだ。ライオンと会話をしに来たわけじゃない。ポレミラーヌの鈴の情報はどこにあるんだ一体。


 優勝賞品がポレミラーヌの鈴だった場合。ライオンはその鈴の効力を知っているのかな? もしそれを知っていたら、その鈴を優勝者の部屋に持って行くとき、犯人にライオンが襲われて、それで、ライオンがとっさに鈴を鳴らしてしまったら、時間はどうなるのだろう。


 同じ空間にふたりいて、ひとりが鈴を鳴らすと、もうひとりは時間が半分に短縮される。でも鳴らした方は時間が2倍になる。


 ということは……何が変わるんだ? その場にいることは変わらないから意味ないんじゃないか。時間自体があっても無くても。


 鈴を2回鳴らせば、ひとりは4時間。もうひとりは15分になるわけで。それだけで何が起こるのだろう。


「ご忠告、どうもありがとうございます。そうですわね。わたくし、そのようには考えておりませんでしたので……そうですわ!」


 ライオンは何かを思いついて手を叩いた。


「ネコさんがここに来たのも何かの縁ですし、護衛と言いますか、わたくしが安全に優勝者の部屋に行くのを見守ってくれませんこと? 大変おこがましいのは承知なのですが」


 僕がライオンを見守る?


「えっと、そうですね。そのー僕が優勝者だった場合、僕のところへ来るわけですよね」

「はい」

「まだ、誰が優勝者か決められてはいないんですか?」

「そうですの。まだ決めていませんわ」

「僕が優勝者ってことは?」

「さあ、まだ決めていませんので。ごめんなさい」


 ライオンは頭を下げて謝った。


「ライオンさんがいま優勝者を決めてくれれば、もしかしたら僕になる可能性もあるわけですよね」

「そうですわね」

「ライオンさんが、今ここで優勝者を決めてくれたら。もしそれが僕だったら、優勝賞品をわざわざ部屋に運ぶ必要がなくなるわけで……」


 僕の提案にライオンは下を向いて考えている。


 ライオンがその提案に乗り、僕が優勝者で賞品がポレミラーヌの鈴だった場合、ルビーからの指令は解決する。そうなれば僕は借金を返せる。


「申しわけありませんの。今すぐには優勝者を決めることはできませんの」

「できない、ですか」

「ええ、お時間を少々いただかないと……」


 ライオンはうつむくように頭を下げた。


「そうですか。分かりました。じゃあ僕がライオンさんを安全に優勝者の部屋に行くのを見守っていればいいんですね」

「はい、できればお願いしたいのですが」


 ライオンは顔を上げて懇願するように僕の顔をのぞき見た。

 ライオンのどう猛な見た目と行動が合っていない。百獣の王とも呼ばれるライオンはどこにいったのか。


「分かりました。ライオンさんが優勝者の部屋に行き、無事に優勝賞品を渡し終わって、ふたたび自室に戻るまで危険がないように見ていればいいわけですね。それで、何者かがライオンさんを襲って来たら止めに入るっていうことで」

「ええ」

「いいですよ、引き受けます」

「まあ、そうですの。よろしくお願いしますわ」


 僕はそのときの打ち合わせを聞いてみた。


「それで、明日っていうか、今日の何時ごろ渡しに行くのですか?」

「そうですわね……午前10時ごろくらいですわね。そのときお願いしますわ」


 午前10時。時計を見ると1:20と表示されていた。


 僕はもう一度周りを確認した。壁、床、ベッド。特に何もなかった。ふと見るとライオンが首を傾げて僕の行動を見ていた。


 僕はその見えない圧力に促されて立ち上がった。


「あ、じゃあ僕はこれで。あの、夜分遅くに失礼いたしました」

「いえ」

「あ! あのう、ちょっと気になったことがあるのですが、ひとついいですか?」

「ええ、何ですの?」

「失礼なんですが、何か持病をお持ちだったりしませんか?」


 一瞬止まったようにライオンは考えてそれから首を横に振った。


「いえ、持病はありませんし、このところご病気になったこともありませんわ」

「そうですか。いえ大したことじゃありませんので気にしないでください」


 僕は部屋のドアを開けで廊下に出た。


「では、今日の10時前から2階のフロアを見張っていますので」

「はい、お願いしますわ」


 そうして、ライオンはドアを閉めた。


 ライオンは病気持ちじゃない。まあ、他人に話したくない持病もあるだろう。


 僕はとりあえず自室に戻ることにした。

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