第11話 不自然な死への議論

「まあ、話は脱線したが」


 トラは自分の後頭部あたりを手で擦りながら、話を修正し始めた。


「なぜ、このふたりは殺されたのかってことだが。今日出された食い物の中に毒でも入っていたってことは、可能か?」


 周りに助けを求めるようにトラは僕たちに聞いた。


「それは無いんじゃないかしら」


 ヒツジがそれに答えた。トラがヒツジを見て沈黙する。次に発せられる言葉を待ち望んでいるかのように。


「会場で芸が始まる前、自分たちは出されている料理を食べていた。クマくんも食べていたわ。だとすると、自分たちもクマくんみたいにここで倒れていてもおかしくないんじゃないかしら、すでに」


 それを補足するようにネズミが言った。


「そうよ、あたしたちは食べていたわ。同じものをね。それになぜシカは死んでるの? 司会をしていて、食べてないように見えたけど。まあ、もっとも、料理を作っているときにつまみ食いすれば食べていたのかもしれないけど。それでもクマよりあとに死んでいるわ」


 トラはネズミの意見に頷いた。


「なるほどな。シカはライオンとここに来てクマが死んでいるのを見ている。だから料理はこのふたりの死とは無関係というわけか」

「いいえ、それでも疑問は残るわ」


 ネズミが訂正するようにトラの思考を止めた。


「パーティーの催しが終ったあと部屋に帰って、毒の入っている物を食べたりしたら、シカがクマよりあとに死んでいる理由ができるわ」

「ちょっと待って」


 ウサギが何かに気づいたように慌てて言った。


「これが殺人だとしたら、誰がそれを実行したの?」


 きょろきょろとウサギはみんなを見ていた。みんなはその問いに対して黙っていた。誰がという言葉に考えたくないものが潜んでいる。それを言うか言わないか迷っているようなそんな沈黙を続けていた。


「あー、わかったー!」


 イヌが元気に手をあげて言った。みんながイヌに注目する。


「この中にいるってことでしょ」


 イヌはぐるりとみんなを見回した。それに反応してネズミが抑揚のない声で言う。


「そういうことになるわね」

「どういうこと、です、か?」


 ウサギが恐る恐るネズミに問いかけた。


「ウサギが言う、これが殺人だとしたら、あたしたちの中に犯人がいるってこと」

「わたしたちの中に!?」


 ウサギはみんなを見回したあとネズミに戻してその考えを聞いた。


「まず、この島へは招待状を送られた者しか来れない。って言うのは嘘になるわね。本当はこの場所を分かっている者は来れるわ」


 ネズミはいったん話を止めて、みんなを見回した。


「でも、そんなのはごく少数のはずよ。この島へ来たとしても、この洋館の中には絶対に入れない。それは招待状を持っているか持っていないかだけど、ほかにもあるわ。招待状を持っていないで、この洋館に入ろうとした場合、洋館内にフザーが鳴るしくみになっているはずなの」


 ネズミは天井を見上げた。


「だからもし、そんな人がこの洋館の中に侵入していたら。今も鳴り続けているはずよ」

「あ、あのー質問なんですけど」


 リスが怖がりながらネズミに聞いた。ネズミはリスの方を向いた。


「私たち以外にも、招待状を持った人がこの洋館の中に潜んでいるってことはないですか? だって、何人に招待状を出したのかって知らされてないわけですし」

「そうだぜ」


 トラがリスの意見に後押しをした。


「俺たちは何人来るか知らされていない。つまり、招待状を持ったやつがその辺に潜んでいて、クマとシカを殺したってことも考えられるってことだ」


 ヒツジは思いついたように、手をひとつ叩いて言った。


「そうよ。それで優勝賞品を奪うためにクマとシカを殺したんだわ。そうなると、ライオンが優勝者の部屋に行って賞品を渡すところを犯人が見ていて、優勝者をそのあと殺して賞品を取り上げるってことなんだわ」


 リスとトラとヒツジの言い分にネズミは下を向いて、それから少し考えたあと首を振った。


「それはないわね。まず、リスとトラの意見だけど。招待状を何人に出したのか知らされていないっていうのと、招待状を持った人がこの洋館の中に潜んでいるってことだけど」


 ネズミはリスとトラを交互に見たあと続けた。


「あたしたちは管理されているわ。この洋館の玄関を通るときに。あの玄関から入らなけばならないのよ、でないとブザーが鳴るわ」


 ネズミはなぜそんなことを知っているのか、という疑問を誰もがしているように見えた。僕はその疑問をネズミにした。


「あのう、なぜそんなに詳しいんですか?」


「……それは、たぶんあたしがこの中では一番古いからよ。このパーティーには何回も出席しているの。何回目かのときにブザーが鳴っていたわ。あたしがそのときの主催者に聞いたら。そういう設定にしてあるといっていたわ」


「ふうん、それはいまでも有効ってこと?」

「かもね。今回の主催者、ライオンに直接聞いたほうが早いんじゃない」

 

 一同が階段の方を向いた。この洋館の玄関から入らなければブザーが鳴る。


「あ、でも。玄関に誰もいなければ入れるんじゃないかしら」


 ヒツジがネズミに向けて言う。それを聞いてネズミは首を振った。


「それでも無理ね。特定の人物がこの洋館に入るのを見てないとブザーが鳴るわ」

「特定の人物って?」

「招待状を受け取る人と主催者よ。そのどちらかが見てないと入れはいわ」


 初めて聞かされる事実に、みんなからはため息や驚きの声が上がった。


「その人たちが見ないで中に入ることは不可能。入ったとしてもブザーが鳴り、さっき言った罰金を支払わなければならないのよ」

「って言うことは、わたしたちがそれを知らずに。適当なところから入ったら……」


 ウサギがそう言いながら、身震いを止めるように自分の体を両手で抱きしめた。


「そう、罰金ね。ふふ、でも大丈夫よ。この洋館は厳重だから、そう簡単に侵入はできないのよ」

「できないって?」


 僕は聞き返した。分からないのかと言ったように、ネズミの口からため息がもれる。


「窓は強化ガラスで割れないし開かないの。この洋館全体が金庫のようなものだから」

「……な、なるほど」


 トラが先を促すようにネズミに聞いた。


「それで、ヒツジの言ってたことも否定なんだろ? なんでだ」

「そうね、よく考えれば分かるわ。優勝賞品が目当てだとしたら、それを持ってきたライオンを直接やればいいわ。でも、ライオンが優勝者の部屋を訪れて、賞品を渡し終わったあと、その優勝者をやるのは手間がかかるんじゃない。優勝者を殺したいほど憎いなら別だけど」


「例えばさ」


 トラがあることに気づいて話し出した。


「その両方だったら。もし犯人が優勝賞品がほしいのと優勝者を殺したいを同時に思っていたら。ここに死んでいるクマとシカはあえて殺して、ライオンが優勝者の部屋に行って優勝賞品を渡すように仕組んだら……あ、俺がそういう提案を出したんだ」


 トラはうつむいて、話を自ら終わらせた。ネズミはそのあとを続けた。


「トラの言う、両方だった場合。確かにそれなら理由は分かるわ。でもなぜクマとシカなの? ほかの人でもいいんじゃない」

「たまたま、そこにいたんじゃないかしら」


 ヒツジがネズミの問いに答えた。


「クマがこのフロアに来たのを見て、犯人が首を絞めるかなんかして殺した。でもさっき言ったような結果にならなかった。だから次にこのフロアを訪れたシカを殺した。それなら、つじつまは合うんじゃないかしら」


 そこまで議論をして全員が黙った。


 僕はクマやシカが誰かに殺されたと分かっているけど、ほかの人たちは殺されたという仮定で話している。


 不自然に死んでいるということから、殺人を疑い、それはこの中に犯人がいるまで導いた。誰にもバレずにこの洋館の中に侵入するのは不可能。入った場合はブザーが鳴る仕組みで、もしそのような不正があった場合は主催者に高額な罰金を支払わなければならない。


 このクマとシカを殺した犯人はこの中にいる。


 ウサギ、トラ、ヒツジ、イヌ、リス、ネズミ、トリ、ライオン。


 ルビーが『あなた以外の人が犯人だと思ったほうがいいわよ』と言っていた。


 僕は疑うようにみんなをぐるりと見回した。


「と、ということは」


 リスがその沈黙を破り、唐突に言った。


「もし、これが殺人だとしたら……私たちの中に犯人がいるってことですか?」


 おどおどしながら、リスはその場の全員を見回した。


「まあ、それが本当だったらね」


 ネズミは抑揚なく言った。僕も含めてその場の全員が疑うようにお互いの顔を見ていた。

 その愛嬌のある着ぐるみの顔の下に隠してある、本当の表情は誰も分からない。

 犯人はその中で笑いながら見ているのだろうか。この光景を。


「か、仮定の話でしょ。殺人だった場合の」


 リスが泣き出しそうな震える声でみんなに聞いた。ネズミは一呼吸すると肩の力を落として答えた。


「そうね。ここに死んでいるクマとシカが病気で死んでいると分かり。たまたまこういう状態になった場合は否定できるけど……不自然な点は拭い切れないわ」

「ま、何にしても、気をつけろってことだ。3日後まで……あ、もう2日後ぐらいか?」


 トラはそう言うと、周囲に落ちている加工肉などを拾い始めた。


 0:39と僕の目には映されていた。

 あと2日。この何が起きるか分からない状況で僕は殺されずに済むのか。


「じゃあ、俺は先に寝るぜ」


 トラは自分の部屋に戻って行った。それを皮切りにほかの人たちも自分の部屋に向かい始めた。


「あたしも寝るわ」


 ネズミが部屋に戻る途中、僕たちの方へ振り返り言った。


「せいぜい気をつけることね」


 それから自室に戻った。


「おいらもねよーっと」


 イヌはバタバタと走って自室に戻った。

 ヒツジは両腕をあげて伸びをした。


「ふぅ、自分も休むわ。どうせ、これ以上なにも起きないわよ。じゃあ、また明日ね」


 ヒツジは自分の肩をもみながら自室に戻った。


「わ、私も戻ります」


 リスはブルブルと震えながら素早い動きで、自室に戻った。


「みんな戻っちゃったわね。わたしも寝るわ。ネコさんも気をつけてね」

「う、うん」


 ウサギは自室に戻った。


 僕も部屋に戻って眠りたかった。でもルビーが『主催者の部屋に行って、ポレミラーヌの情報を見つけてきて』と言っていたから、行かなければならない。借金をしている僕に選択権はない。


 僕はライオンの部屋に向かった。

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