第10話 殺人への疑い
ライオンがいなくなってから、緊張でもしていたかのように。それぞれから肩の力が抜けていった。
「でもよ、何で死んでるんだ?」
トラは誰にともなしに聞いた。みんなはその問いに首を傾げたり、虚空を見上げたりしていた。
「病気じゃないかしら」
ヒツジが言った。
「何の?」
トラがその言葉の真相を知ろうと、ヒツジを食い入るように見つめた。
「さあ。クマさんやシカさんの着ぐるみを剥がして見れば、分かるかもしれないけど。それをしてはいけないのでしょ」
「遺体を勝手に動かしてはいけない。それと個人情報保護のためよね」
ネズミが急に割り込んできた。
「勝手に動かすなと個人情報ね……そんなもん、もう死んでるんだからさ、別にいいだろ」
トラはネズミに向かって言った。ネズミはシカの遺体を見ながら言葉を返した。
「ダメよ。警察が来たとき、あたしたちは疑われた目で見られるわ」
「疑われるだと?」
「気づかない? このふたりの遺体の不自然な感じ」
みんなが一様にクマとシカの遺体を見ていた。クマは毛布が掛かっているため実際の姿は見えない。
「いや、死んでいるってこと以外は……」
「あー、わかった!」
イヌは手をあげてうれしそうに言った。みんながイヌの方へ顔を向ける。
「並んで寝ているんだ」
イヌがそう言うと、ネズミは頷いて答えた。
「そう、並んでいる。しかも綺麗に頭の位置も一緒、手の位置や足の位置。同じ体制で横たわっている」
「あ、なるほど、そういうことね」
ヒツジがその真意に気づいたらしく、手をひとつ叩いた。
「クマさんやシカさんが、どんな死に方をしたのか分からないけれど、こんな風に並んで同じように死ぬなんてことが、おかしいってことね」
「そうよ」
ヒツジが言ったことにネズミは頷いた。
「……で、でも」
リスが違う意見を出してきた。
「たまたまふたりとも、その場所で同じような死に方をしたのかも」
「どういうことかしら」
ヒツジがリスの意見に対して聞いた。
「わ、私が思うには。シカさんはクマさんの死んでいることに疑問を抱いた。なぜ死んだのかって、それで、遺体を調べているうちに、気分が悪くなったりして、その場に倒れた。それが、たまたまこのような形になったのかなって、思っただけで」
ヒツジは首を傾げてリスに返した。
「そうかしら。自分はそうは思わないわ。まあ、遺体を調べることができない分、そういったこともあるかもしれないわね」
「実はな……」
トラが割り込んで話し出した。
「俺も、あやしいと思ってんだよ。ここで死んでいることがさ。しかも、このフロアの真ん中で。さっきネズミやヒツジが言ってたみたいに、不自然だし変だぜ」
「じゃ、じゃあ、なんだって言うの?」
リスがおっかなびっくりにトラに聞いた。トラは黙ってみんなを見回したあと、少し重い口調で言った。
「殺しだ」
トラが言った瞬間、しーんとその場の空気が張り詰めた。
「ころし!?」
リスが驚き、トラに向かって聞き返した。続けてウサギは驚きながらも冷静に聞いてきた。
「殺人なの!?」
トラは大きく頷くと落ち着いて話し出した。
「ああ、俺はそう思ってる。どこかに犯人が隠れていて、ふたりを殺しここへ運ぶ、それかこの場で殺すか」
「あたしもそう感じるわ」
ネズミがトラのあとに続いた。
「着ぐるみを剥がせない分、何で殺されたか分からないわ。外傷があるのか無いのか。毒物を摂取させて殺した可能性だってあるわけだし」
「じゃあ、もしそうだとしたら、この洋館の中に殺人犯が隠れているってことなの?」
ウサギが恐る恐るネズミやトラを見ながら聞いた。トラは首を左右に振って答えた。
「俺がそう思っているだけだ。あくまで、可能性の話だ」
「じゃあ……」
ウサギがトラやネズミに対して疑問を投げかけた。
「仮に殺人だとして、何でクマさんとシカさんを殺したの?」
トラとネズミは下を向いたまま黙っていた。それからトラは口を開いた。
「それは優勝賞品が欲しいからだろう」
「賞品目当て?」
「きっとそうだぜ。それ以外に何がある。殺すのはクマやシカに対しての恨みかそれともねたみか? そんなことはないだろう」
「それは……」
ウサギは口ごもった。犯人が賞品目当てでクマとシカを殺した。ウサギは殺人と思いたくないのだろう、何かそれ以外の方法を模索しているみたいに思えた。
「あのう」
僕はその場の全員を見回して言った。
「おかしな質問ですけど。この中で誰かと知り合いだという人っていますか?」
みんなはそれぞれの顔を見合わせたが誰も答えなかった。ウサギが僕の質問に対して答えた。
「ネコさんはこのパーティー初めてなんだよね。だから、分からないと思うけど、知り合いはいないわ。この洋館で初めて会った人たちなんだよ」
それに続いてトラが言った。
「ああ、俺たちは誰が来るか、何人来るかなんてものは知らされない。このパーティー自体が超極秘なものだからな」
トラは腕組みをして、フロアを疑うように見回した。
「へえー。もしですよ。もし、警察がここへ来て、警察の方々が何をやるのか、僕は詳しくは分からないですけど、現場検証や事情聴取とかっていうのをやったとき。僕たちの本名とか死んでいるクマさんやシカさんの本名とかが分かっちゃいますよね。名前を調べられたり、聞かれたりするわけですから」
「ふんっ、来れたらな」
トラが僕の問いに対して、軽く鼻で笑い返してきた。
「警察がここへ来るのは俺たちがここを離れてからだ。そのあと、警察は俺たちに連絡をしてきて、警察署などに呼び出したりして事情聴取すると思うぜ。だがそのとき、クマやシカの本名や顔を知ったところで、意味はない。俺たちもそうだ。ここにいるやつらの全員の本名と顔写真を俺たちに見せたところで、なんの意味もない。なぜなら、もうこのパーティーは終わっているからだ」
「皆さんは素性を知られたくないのでは?」
僕はそこにいるみんなをぐるりと見回した。僕の疑問に答えたのはウサギだった。
「ネコさん、このパーティーでわたしたちは顔を見られちゃまずいけど、このパーティーが終れば、もう関係ないの」
「えっと、どういうことですか? もう関係ないって」
僕は首を傾げてウサギや周りの人たちに意見を求めた。
「このパーティー中に誰かの素性を知った者は大変よーネコくん」
ヒツジが僕を怖がらせるような言い方をした。
「あなた、見てないのね」
ネズミがそれに続いて話し出した。
「招待状に書いてあったのよ。着ぐるみを着てくること。通信機器をこの島に持ち込まないこと。そこに集まる者の素性を知ってはいけない。もし知ってしまったら、失格になるわ。優勝賞品は優勝していたとしても、もらえないってことよ」
説明に疲れたのか、ため息がネズミに口からもれる。
「あのー、僕よく分からないんですけど。口裏とか合わせれば、バレないんじゃないんですか? お互いの顔を見たとしても。その行為を確認して判断するのはライオンさんですよね」
僕のそんな幼稚な発想にウサギが根気よく返した。
「ネコさん、それがダメなのよ。わたしたちに届いた招待状に仕掛けがしてあって、不正したら、何かしらの通知がそれぞれの招待状に行くようにしてあるみたいなの。この洋館に入るときトリさんに渡したでしょ、招待状を」
「あ、はい」
「その招待状に通知が届いて、その通知をライオンさんが見て判断するんじゃないのかな。そういったことも招待状に書いてあったのよ。でももしそんなことしたら、わたしたちはライオンさんに食われるわ」
「食われる?」
「うんとね。賞品を受け取れないのと同時にライオンさんに100兆円払わなきゃならないのよ。罰金として」
「ひゃ、ひゃくちょう!?」
僕の驚きにウサギはクスっと笑って言った。
「だから気をつけないと。着ぐるみの頭を取ったほうも取られたほうもね」
100兆って? そんな罰金払えるわけないだろう。ここにいる人たちは資産家なのか?
僕は一体どこの世界に迷い込んだのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます