第9話 シカへの疑問

 横たわるクマとシカを囲うように、僕、トラ、イヌ、ネズミ、ウサギ、ヒツジ、リスが立ち並んだ。

 みんなは、その横になっているクマとシカを見てどよめいていた。


「シカさんが」


 戸惑いながらウサギが言った。そのあと僕たちをきょろきょろと見回した。


「ああ、死んでる」


 トラがそう言うと、全員からため息や驚きの声が上がった。


「たしかなの」


 ネズミが冷静に聞いてきた。


「ああ、さっき脈を調べたけど、冷たくて動いていなかったぜ」


 トラが答えると、ネズミはふたりの死体を見ながら返した。


「そう」

「あ、そうだわ!」


 ウサギが何かに気づいて周りを見た。


「ライオンさんを呼ばなきゃ」


 みんなも忘れていたのだろう。ざわざわと辺りを目配せしていた。


「わたし呼んでくるね」


 飛び出すようにウサギは階段を下りて行った。

 僕はスノーダストの人体診察でシカの体を調べてみた。

 シカの体には〈背中に針=傷と毒〉と表示されていた。

 

 一緒だ。クマと一緒の死に方をしている。


「まさか、ここで出された食い物か飲み物に悪いモノでも入ってたんじゃ」


 トラは自分で言った言葉に反応して、その口を手で押さえた。


「ええ!? おいら食べちゃったよ!」


 イヌも驚きを隠せずに両手で口を押えた。

 階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。その方向にはウサギとライオンとトリが来ていた。ウサギとトリは慌てながら来ているけど。ライオンはゆっくりとした足取りでこちらに来ていた。


「どうして?」


 トリはシカを見るなり、固まり、驚きの声を上げた。

 ライオンはふたりの死体を見るなり聞いてきた。


「シカさんが死んでいるのですか?」


 それぞれがその答えを言うように。「ええ」とか首を縦に動かしていた。


「そうですか」


 ライオンは落ち込んだようにうつむくと、顔を上げて再び聞いてきた。


「誰が最初にここで死んでいるシカさんを見つけたのですか?」

「俺が……見つけた」


 トラが飛び出すように話し出した。


「俺は腹が減ったから食い物を取りに厨房へ行こうとして、部屋から出たんだ。そのときはクマだけだった。それで階段を下りたらネコがいて、ネコも腹が減っていたらしく、それで一緒に厨房へ食い物を取りに行ったんだ」


「そうだよな」とトラは僕の方へ顔を向ける。僕はそれに頷くとトラは続けた。


「食い物を取って帰ろうとしたとき、ネコは主催者に用があるから場所を教えてくれって言ってきた、それで俺はあんたの部屋まで案内したんだ。そのあと階段を上がったら、シカが死んでいた。それでネコを呼んで」

 

 ライオンは何かを考えていて、少しの静寂が訪れた。


「そうですか。ほかには、シカさんと生前に会った人とかはいませんか? 何か言っていたこととかは」


 その問いに誰も答えなかった。みんなは下を向いたまま黙っていた。


 この中に殺人犯がいる。クマとシカ、ふたりとも同じ死に方をしているから、同一犯の仕業だと何となく思った。


「……分かりました。誰かまた、毛布をシカさんに掛けてやってください。それから、明日の優勝者の発表会は中止にします」


 ライオンがそう言うと、各々の口から絶望にも似た声がもれた。それをなだめるようにライオンは続けた。


「ごめんなさい。こういった状況になってしまうと、とてもおちゃらけたことはできませんから」

「おいおい、ライオンさんよぉ」


 トラはライオンに掴みかかる勢いで言葉を発した。


「じゃあ、俺たちは何しに来たんだよ。なあ……分かった。発表会なんてものはやんなくていいや。その代わり、優勝者だけに優勝賞品を渡してくれよ。こっそりでもいいからさ」


 トラとライオンは真正面から顔を合わせている。まるでそこに火花でも散っているかのように、ふたりとも譲れないといった感じで睨み合っているようにも見えた。


「少々、トリさんと相談しますわ」


 と言って、少し離れた位置で話し合った。それから、僕たちの方へ戻りライオンは話した。


「そうですわね。わたくしが明日、その優勝者のドアを叩きに行きますわ。それで優勝賞品を差し上げることにします」


 ライオンは再びトラに向き直った。


「それでよろしいですか」

「ああ、それならいいぜ」


 ぶっきらぼうにトラが言った。ライオンはほかの者にも聞いた。


「皆さまも、それでよろしいですか」


 皆それぞれが頷いたり返事をした。ライオンは大きく頷いて言った。


「それでは皆さま、また」


 そう言い残し、ライオンはその場を去ろうとした。トラはとっさにそれを止めた。


「あのさ、ライオンさんよ」


 ライオンは止まり、トラの方へ体を向ける。


「はい、何でしょう」

「今日俺たちが食った料理って、誰が作ったんだ?」


 みんながその質問に対して、ライオンの答えを静かに待った。


「あれは、シカさんとこちらのトリさんがご用意なさいました」


 トリは恥ずかしそうに一礼した。


「シカさんとトリさんはこのパーティーの幹事や料理係を務めています。シカさんは司会も兼ねてですけど。ですから皆さまの前に並んだお料理はシカさんとトリさんがすべて作った物ですわ」


 トラは腑に落ちないといったように、それ以上何も言わなかった。


 シカは死んでいるけど、トリも料理を作っていたという事実が「悪いモノでも入ってたんじゃないのか」というトラの疑問を解決しなかった。


 トリが料理に毒を盛った。そう考えているのだろうか。


「どうして、そのようなことを聞くのですか?」


 ライオンは首を傾げてトラを見た。トラは慌てて答えた。


「あ、いやあ。ちょっと……うまかったからさ、料理が」

「ありがとうございます」


 トリがうれしそうにそれに答えた。


「ふふふ、シカさんが生きてここで聞いていたら、きっと大喜びしてますわね」


 全員がシカを見た。誰もが拭いきれない疑問を抱いたまま、どうすることもできずに、ただ、たたずんでいた。


「それでは皆さま」

「では」


 ライオンとトリは一礼するとは階段を下りて行った。

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