第7話 ウサギと探索

「何か、見つかった?」


 ウサギが水道の水を流しながら聞いてきた。


「いえ、何も」


 僕が返すと、ウサギから小さなため息が漏れた。


「そうよね。こんなところに無いわよね」

「うーん、ウサギさん、ひとつ聞きたいことがあるんですけど」


 ウサギは蛇口をしめて僕の方へ向いた。


「なに?」

「その、ポレミラーヌの鈴なんですけど」

「うん」

「もし、誰かがその鈴を今使っていたら、僕たちは時間を短縮させられているんですか?」


 考えているのだろう。ウサギは突っ立ったまま動かなかった。


「そうね、それは使った本人しか分からないわ」

「ん? 本人しか?」

「わたしたちは時間を短縮されても気づかないの、その瞬間でしか生きていないから」

「はい?」

「うーん、分からないと思うけど、未来とか過去は無くて今のこの時間があるだけなの」


 僕の頭の中で彼女が言っていることを理解しようとしても。何を言っているのかまったく分からない。時間とか未来とか、短文にすれば分かるけど。変に言葉を繋げてしまうとまったく理解できなくなってしまう。


 適当に言葉を並べて言っているんじゃないのか、とさえ思えてしまう。


「時間てね、感じかた次第でいくらでも変えられるのよ。時計があるから時間が経っているなって分かるけど。無かったらどうかしら」

「……いや、無くても」


 僕はウサギの言っていることに対して適当に反論してみた。


「無くても分かりますよ。太陽が沈めば夜になっていくじゃないですか、それで時間が過ぎていると分かると思いますが」

「いやいや、それは違うわ。ただ太陽がグルグルと回っているだけよ。朝が来て夜が来てをただ繰り返しているだけなの」

「じゃあ、年齢は? 年を取るでしょ、それで時間が過ぎているって分かるじゃないですか」

「ふふふ、年を取ったからといって、なんで時間が過ぎているって分かるの?」

「それはー老化とか体の変化で、分かったりするんじゃない」


 また、ウサギが沈黙した。


 時計。僕の目にも時計は映っている。右下にデジタル式の数字が表示されている。15:23となっている。その脇に小さく秒数まであり、しっかりと時を刻んていた。


 ルビーが僕の体内に仕込んだこのスノーダストの機能……便利と言えば便利だけど、どうでもいいと言ったらどうでもいい。


「例えばさ」


 ウサギが話し出した。


「時間という概念を知らない人が、何も置かれていない部屋で、窓もなくて。その中でずっと生活していたら、どう思うかしら」


「え? 頭が変になる?」

「ううん、精神的とか肉体的なことを抜きにして考えると」

「どう思うかって言われても、何も思わないじゃないの? 本人自身がいつも通りだと感じるだけで」


「うんうん、じゃあ、年取ったという感覚はどう?」

「んー、鏡があれば分からないけど、無いんでしょ。自分の姿を確認できるものが無いから、その年を取っているという感覚もなくなるのかなぁ……でも、その人が年を重ねていくと死ぬと分かっているなら、それが時間と結びつくんじゃない、時間のことを知らなくても」


「いや、違うな。わたしはね、年を取っていっても、それが時間と結びつくことはないと思っているの。ネコさんが6歳のときで10月16日にどんな行動を取ったか覚えてる? 何時に起きて、何時に寝たかとか、何時に歯を磨いたとか」


「え? 6歳のとき」


 僕は6歳のときの記憶をたどってみた。だが、夢のように何も思い出せなかった。


「いやぁ、分からないし。覚えてませんよ」

「そう、それ、それが、時間が存在しないってこと」

「はあ?」


 ウサギが何を言っているのか、まったく分からなった。僕が理解できないだけ? それとも、彼女の頭がおかしいのか。だけど、僕はめげずに反論をした。


「えー? 時間はありましたよ、6歳という時間が。だから、こうして成長した姿になっているわけじゃないですか」


「ふーん、時間があったから成長したと思うの?」

「はい」

「本当にそう思うの?」

「え、ええ、そう思いますけど……ふふ、何か変ですか?」


 僕の頭を超越したような会話がおかくして、つい吹いてしまった。


「甘いわね。そんな風に思っていたら、時間に殺されるわ」

「時間に殺される?」


 何を言っているんだこの女は。何の話をしているんだ一体。


 僕はウサギの話を適当に相槌しながら聞いていた。何の話をしているのかを理解するのもバカバカしく思えてきたからだ。


「そうよ、ネコさんは時間という呪縛に陥っているの。だから、そこから抜け出さないと」

「あーそうですか」

「そう、ネコさんは時間という魔物に囚われているのよ」

「ええ! じゃあ、どうすればいいんですか、僕は」

「時間を忘れるの、そしてこの瞬間を生きること」


 結局のところ、今を生きていけばいいってことね。


「はあ、なるほど」

「じゃあ、次は遊戯室に行こうか」


 僕たちは厨房をあとにした。


 僕はさっきの会話を思い返してみた。時間に殺される。たしかに時間に追われているとき、我を忘れているときがある。その忙しい中、ふと立ち止まってみると、過去に何をやっていたのか、何があったのかっていうこと自体、忘れている自分がいる。


 子供のときに読んだ本の題名とか、題名は思い出せても、その本の中身を一語一句間違えずに覚えているかといったらウソになる。


 時間が経てば忘れるんだ。


 じゃあ、さっきウサギと会話したことも忘れるのかな。さっきの話……もうすでに、忘れている自分がいるけど。何となくの内容は覚えているけど一語一句は覚えていない。


 そもそもそんなことを完璧に覚える必要がないから、自分の頭が適当に切り捨てているのだろう。


 重要なことだけを残して。


 僕たちは厨房から出で右に進み突き当りを左に曲がった。右側は階段になっていて、そこを上がれば僕たちの泊まるフロアへと繋がっているみたいだ。


 ウサギの背中を見ながら通路を進んでいくと、ウサギは右側の壁沿いにある両開きのドアの前で立ち止まった。


「ここが遊戯室よ。調べてみましょ」

「うん」


 ウサギはそーっとドアを開けると、誰もいないかを覗いて確認した。左右に頭を動かして周囲を見回している。


「誰もいないわ」


 それから、ドアを開けた。


 中に入ってみると、ガランとしてる広い床張りの部屋で、いくつかの窓が外を映していた。


 ビリヤード台やダーツの的。テーブルと椅子。大きなピアノなどが置かれていた。そのほかにも、バーカウンターがあり、お酒の入った瓶が奥にある棚に並べてあった。


「さあ、探して見ましょ」


 ウサギがうれしそうに僕を促して探しに行った。僕も適当に探した。ビリヤード台の上とか屈んでその下の床など。


 テーブルの上にはトランプやチェス盤が置かれている。チェスの駒はその上に綺麗に並べられていた。

 

 ふう……何もあるわけないか。


 (ポロロン……)と、どこからか音が聞こえた。見るとウサギがピアノの鍵盤を弾いていた。


 僕はウサギに聞いた。


「ピアノ弾けるの?」


 ウサギはこちらを見ると、首を振って答えた。


「ううん、弾けないわ。何か鳴らせばポレミラーヌの鈴が見つかるかと思って」

「あー、でもやっぱり。こんなところに置いたあるわけないですよね。だって、盗んだ本人が誰にでも見つかる場所に置いたりするわけないし。それがとても重要な物ならなおさら」


「うん、そうよね。あーあ、やっぱり優勝賞品か主催者の部屋の中かなぁ」

「それも変ですよね。優勝賞品がポレミラーヌの鈴だったら、盗んだ意味って何だったんですか? 僕たちを集めるためにって言っても、優勝賞品が何なのかさえ招待状には書いてないわけだし」


「うーん、確かにそうね」

「あの、ウサギさんはこの催しには、前回も参加しているんですよね。前回は何がもらえたんですか?」


「ああ、うんとね。現金だよ」

「お金?」

「そう、だから、わたしがネコさんに説明しているときに優勝賞金っていったじゃん」

「あ、ああ、たしかに言ってましたね」

「そうでしょ、でも今回も同じとは限らないって思ったから、優勝賞品? が、鈴になることも可能かもって。まあ、確率は低いけどね」

「ちなみに、いくらだったんですか? 前回の優勝賞金は」

「うーんとね。10兆円だったかな」

「じゅ、じゅっちょうえん!?」

「うん、残念だけど、わたしは優勝してないんだ。えーっと雪だるまさんだったかな、優勝したのは。パーティーが終ったあとこっそり聞いたの」


 10兆円。金額が大きすぎて、金銭感覚分からない。アイスクリームを何本買えるんだ。などといったことを不意に思ってしまった。


 もし今回も、優勝賞品が10兆円だった場合。僕が優勝すれば借金は返せるしお釣りも来る。


 ああ、だからルビーはライオンを必ず笑わせなさいなんてことを言っていたのか。優勝すれば……。

 僕はある疑問をウサギに聞いた。


「ウサギさん、もし優勝賞品がポレミラーヌの鈴だった場合。優勝したのが僕たち以外だったらどうするんですか?」


 ウサギは硬直したように動かなかった。そして、僕に言った。


「ああ、大丈夫。その優勝者に駆け寄って、交渉するから」

「こうしょう?」

「うん、それしかないでしょ、だって、わたしたちの研究所のモノなんだもん」


 そう言って、ウサギはポケットから紙を取り出した。


「これが証拠よ。わたしたちが開発している物の証明書」


 ウサギはそれをポケットにしまうと疲れたように言った。


「ふーん、無いみたいだね。部屋へ戻ろっか。ネコさん」

「うん、そうだね」


 僕たちは遊戯室をあとにした。

 2階に上がると、フロアの真ん中に毛布の被せられたクマが横になっていた。


 僕以外は原因不明の病か何かで死んでいると思っているのだろう。本当は毒針が刺さって死んでいるのに。


 いや、僕とそれを刺した犯人だけが知っているんだ。


 僕たちはウサギの部屋の前まで来た。ウサギは振り返って僕に言った。


「じゃあ、今日はこの辺で。また明日探索しましょ。優勝賞品がポレミラーヌの鈴じゃなかったら」

「うん」


 そう言って、ウサギは部屋の中に入った。


 僕も部屋に戻ることにした。自分の部屋に来ると僕はネコの頭を外して、ベッドにうつ伏せで倒れた。


「あー疲れた……」


 ふわふわベッドが僕を包む。僕はそのまま眠ってしまった。

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