第6話 明日のこと

 ライオンを見ると心臓の辺りに〈心臓=プラスティック電磁〉と表示されていた。


 心臓に電磁? 何の事だろう。


 シカとトリは何も表示されていない。そのほかの人も見てみたが何も反応がなく正常なようだ。


 ライオンとシカとトリは階段を上りきると、フロアのようすに驚いて少しのあいだ立ち止まった。それから歩き出して僕たちのところへ近寄ってきた。


 ライオンは屈んで、クマの胸辺りに手を置いた。しばらくその姿勢で何かに集中していた。それから、おもむろに立ち上がり言った。


「クマさんが死んでいると、ウサギさんが言っていたので、いらしてみたのですが。まさか本当のことでしたとは」


 ライオンは僕たちを見回して聞いた。


「なぜ、死んでいるのです?」


 その問いに誰も答えなかった。僕は知っている、死んでいる理由を。だが、それは言えない、言えば僕が疑われるからだ。


「それが、分からないの」


 ウサギがライオンの質問に答えた。


 僕はライオンに聞いた。


「あの、ライオンさん。ここから外部への連絡ってできないんですか? ウサギさんから聞いたんですが」

「ええ、そうですわ。個人情報が出る通信機器や外部に情報を流す物などは持ち込まないルールですの」

「じゃあ、僕たちはこれからどうすればいいんですか?」

「そうねですわね……とりあえず、このままにしておきましょう。クマさんには悪いですけど」

「このままに?」

「ええ、毛布を上にかぶせて、そのままにしておきましょう」

「そのあとは、ぼくたちはどうするんですか?」

「明日する優勝者の発表は見送りますわ、残念ですけど」


 ライオンはうつむいて肩の力を落とした。


「え? やんないのー?」


 ウサギが驚いてライオンに聞き返した。ライオンは「ええ」と言って頷いた。


「そんなぁー」

「ウサギさん、申しわけないですわ。人が亡くなられて陽気に優勝者の発表はやれませんもの」

「……でも、ライオンさんは誰が優勝者か、もう決めているんでしょ」

「いいえ、まだ決めていませんわ」

「そうなんだ、でも本当にやんないの? 優勝者の発表。みんなそのためにここに来たんだよ」


 ライオンは黙っていた。それから何かを思いついたように言った。


「……どうしてもとおっしゃるなら、ここに来ている皆さまのご意見をお聞きしたのですが」

「え、それじゃあ、みんなが明日の発表会をやりたいと言えば、やってくれるのね」

「ええ、ただし、わたくしの気が変わればお止めにしますわ」

「うん、分かったわ。じゃあ、わたし呼んでくるわ」


 ウサギはその場から走り出すと、それぞれのドアを叩きに行った。


「本当におやりになるのですか?」


 トリはライオンに耳打ちするように聞いた。ライオンは頷いて答えた。


「皆さまがおやりになりたいとおっしゃるなら、仕方ありません」

 

 それぞれのドアから動物の着ぐるみを着た人たちが出てきた。

 僕たちはウサギのその行動を黙って見つめていた。


 そして、全員がそのフロアに集合した。


 皆それぞれが、わけも分からないといったようすで、クマの周りに集まった。

 クマを見ている者もいれば、ライオンの言葉を待っている者もいる。


 呼ばれた全員が落ち着くのを待って、ライオンは言った。


「皆さま、落ち着いて聞いて欲しいですの。ここに横になられているクマさんなんですけど、お亡くなりになられていますの」


 「ええっ!」とか「なんで!?」とかの声がそれぞれの着ぐるみから漏れた。


 みんなは当たり前のように驚いた仕草を見せている。ライオンはそのようすをなだめるように言った。


「死因は分かりませんの。外部との連絡が取れない以上、ここに寝かせておかなくてはなりませんの。ですから、皆さま、クマさんには触らないでください」

「えっ! じゃあ、3日間もこの死体と一緒ってことかよ」


 そう言ったのは、トラの着ぐるみを着た強い口調の男だった。


「ええ、そうですの」

「ふん、まあいいや。それで死体があるからうっかり踏むなってことか」

「それもありますが、皆さまに聞きたいことがありますの」


 みんなはライオンに注目した。


「明日の優勝者の発表を行うか行わないかをお聞かせ願いたいですの」


 ざわざわとみんなはどよめいた。それの問いに口を開いたのはトラだった。


「やってもらうに決まってるじゃねーか。俺はそのためにこんなへんぴなところに来たんだぜ」


 ライオンは頷くと、ほかの人にも意見を求めた。


「あたしもお願いしたいわ。中止なんてダメよ」


 ネズミが言った。少女の声だが、冷静でとても落ち着いている言い方だ。


「自分はどちらでもいいわ」


 ヒツジからは女性ののんびりとした声が聞こえてきた。


「わ、私もどちらでも」


 リスが怖がるように言った。


「おいらは、絶対にやってほしいなー」


 イヌが元気よくライオンに伝えた。そして、一斉に僕の方へ顔を向ける。僕に何かの期待をしているように、みんなが食い入るように見つめていた。


「……僕は、そうですね。皆さんがやるなら、やりたいです」


 ライオンは何かを打ち合わせるように、シカとトリに顔を合わせてから言った。


「分かりましたわ。明日、優勝者の発表をしましょう」


 ライオンがそう言うと、その場の空気が柔らかくなり、それぞれから安堵の声が漏れた。

 シカがそれを遮り言った。


「それでは、皆さま明日の朝10時に下の会場へお集まりください」


 ライオンとシカとトリはその場を去ろうと踵を返した。それから、ライオンが足を止めて誰にともなく言った。


「あ、そうですわ。クマさんに誰か毛布を掛けてやってください、お願いしますね」


 そう言い残すと、ライオンたちは静かに階段を下りて行った。


「じゃあ、俺は明日まで眠るとするか」


 トラは自分の部屋に戻った。それをきっかけにみんなはそれぞれの部屋へと戻っていった。残ったのは僕とウサギとリスだけになった。


「では、私も戻ります」


 リスはそう言って自分の部屋に戻った。


「あ、わたし毛布取って来るわ」


 ウサギは自分の部屋に行き毛布を取って来ると、クマを隠すようにその毛布を掛けた。


「これでいいわね」

「うん」


 僕はこれからのことを考えてみた。僕はポレミラーヌの鈴のことを調べなければならないのだ。そのためには、ウサギに付き合わなければならない。僕はウサギに言った。


「あの、ウサギさん。このあと探索は続けるんですか? 探索を始める前にこんなことが起こったので、どうするのかなって思って」


 ウサギは空を一点に見つめて黙っていた、それから僕に言った。


「そりゃあ、するでしょ。こんなことで止めちゃ、意味ないじゃん」

「うん、そうですね」

「ネコさんも協力してくれる気は、変わってないでしょ」

「はい、それじゃあ、探索を再開しましょうか」


 僕がそう言うと、ウサギは大きく頷いて階段の方を向いた。


「うん、じゃあネコさん、まずは下にある厨房へ向かいましょ」

「え? ちゅうぼう?」

「うん、当てはないけど、とりあえずね」


 ウサギは階段を下りて行った。僕はそのあとを追った。


「さっき、ライオンさんの部屋に行ったとき中に入ろうとしたんだけどね。入れなかったの。わたしね、ライオンさんの部屋が一番怪しいと思っているの」

「あー主催者だからですか?」

「うん、それもあるけど。あそこの部屋は特殊なの。金庫みたいに厳重に守られているの」

「守られている?」

「あ、ほら、わたしこの催しの常連だからさ、色々と知っているのよ」


 僕たちは階段を下り切って、厨房へと向かった。厨房は会場の向かい側にあった。

 

「ここが厨房よ」


 ウサギが言うと、そーっと中を覗くように少し開けた。電気は点いていて、銀色のテーブルや冷蔵庫、ガス台などが目に映った。


 ウサギは何も言わず中に入って行った。僕は音を立てないようにそーっと歩こうとしたけど、着ぐるみのふわふわな足で音がしなかった。でも、足の裏には動物の肉球みたいに滑り止めは付いているらしい。


「ネコさん、何か見つけたら言ってね」


 ウサギが冷蔵庫の中を見ながら言ってきた。


「うん」


 僕はテーブルの上を見てみた。白い皿やコップやグラスが重ねて綺麗に載せてある。続いてガス台を見に行った。ガス台の上には大きな鍋が置かれていた。その寸胴鍋の蓋を開けてみた。


 中には何も入っていなかった。僕は蓋を閉じて、今度は棚や引き出しの中を確認していった。しかし、変わった物は何も見つからなかった。


 ポレミラーヌの鈴って、ここにあるわけないか。ウサギにとっては重要な物だろうけど、僕にとっては……。


 あーそうだ。僕にとっても関係があることなんだ。


 ルビーが言うには、ポレミラーヌの鈴を見つけ出して、その情報を盗んで来いって言っていた。ということは、この洋館に隠されている、あるいは、ライオンが持っているかもしれないそれを見つけることが必要なわけで。

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