第3話 ルビーからの指令

 僕が席を立つとパタパタと手を叩く音が聞こえた。頭が真っ白になって歩いている。歩いている途中で僕の頭に声が入ってきた。


『ないちくん。聞こえる?』

『え! 誰ですか?』


 僕の心の声が僕の耳に聞こえて来る。僕はしゃべらずに会話ができるようになっていた。


『ルビーよ、しっかりして』

『あ、ルビーさん。どうしました?』


 僕の目の前にルビーの顔が表示された。


『その芸でライオンを笑わせなさい、いいわね』

『え! なんで?』

『ずっと、聞いてたわよ。会場での出来事は』

『え? これって、繋がっている……洩れているんですか? 僕がウサギと会話したこととか』

『そうよ、洩れているっていうか、あたしが接続しているだけ。まあそんなことはどうでもいいわ。必ず笑わせなさい、いいわね』

『あのう、自信ないんですが……』

『1兆円ほしくないの?』

『いや、ほしいですけどぉ』

『じゃあ、やりなさい』

『あの、その、ルビーさん』


 ルビーが目の前から消えた。電話が切れたみたいに、こちらへの応答は返って来なかった。


 僕は壇上に上がるとスポットライトの前に行き一礼をした。


 会場に来ている動物の着ぐるみを着た者たちが僕に視線を向けている。


 脇を見ると、シカとライオンがこちらを見ていた。ライオンは期待しているような眼差しを向けているみたいに思えた。


 落ち着け、落ち着け。何でもいいから笑わせればいいんだ。


「あ、いや、その……」


 僕は思い切って寝そべった。うつ伏せでペタッと。そして僕は言った。


「ねこぞうきん!」


 しーんと耳が痛くなるような静けさが会場を覆った。誰も何も言わない。まるで僕だけしかそこに存在してないんじゃないかって思うくらい静かだった。


 僕た立ち上がり一礼して壇上を下りた。

 普通の汗だか冷や汗だかなんだか分からないものが全身を流れていた。

 心臓はドキドキしていてまったく止まる気配はなかった。


 落ち着け……席に着くまで何も考えるな。


 僕は自分の席に座りジュースを一気に飲み干した。そのあと人生で2番目に深いため息を吐いた。1番はもちろん、ルビーの指輪を買った瞬間に見た1兆円という数字だ。あれほど深いため息は今後出ないだろう。血の気がどれほど引いたことか。


「面白かったわよー」


 ウサギがあわれみのように声を掛けてきた。僕はそれに答えた。


「どうも」


 シカが壇上へ来て言った。


「それでは、優勝者の発表は明日行いますので、今日はこの洋館でごゆっくり宿泊していってください。それでは、締めの挨拶をライオンさまから一言」


 ライオンがのっしのっしと大股で歩いて壇上の中央へ来た。


「ふふふ、いやー皆さま面白かったですわー。誰が優勝してもおかしくないほどレベルの高い芸でした。お疲れと思いますので、今日はゆっくりお休みになって下さいね。また明日会いましょう、それでは」


 そう言ってライオンは壇上を下りた。


 パッと場内に明かりが点いた。眩しい光が目に入ってくる。


 着ぐるみの人たちは皆それぞれ席を立って場内を出て行った。僕はここから出て行こうとしているウサギに聞いた。


「あの、ウサギさん」

「はい、なに?」

「えっと、ここに泊まって行くんですか?」


 ピンと突っ立ったままウサギは動かなかった。数秒後ウサギは言った。


「ああ、そうよね。ネコさんは今日初めてだもんね。そう、泊まって行くの、ここに」

「この洋館に泊まる部屋とかあるんですか?」

「うん、そうよ。ここの2階に泊まる部屋がそれぞれ用意されているから、そこへ泊まるのよ」

「2階にですか」

「ええ、2階の部屋は番号が書いてあるから……ほら、さっき番号呼ばれたり、紙に書いてあったでしょ、その番号の部屋に泊まるのよ」


 僕は【8】という数字を思い出した。


「ちなみにわたしは5番だから、なんかあったら言ってきて。それじゃあ、明日ね」


 ウサギはスキップするように場内から出て行った。

 僕はガランとした場内を見渡した、みんなは出て行き、さっきまでの熱さが冷めていた。


 僕は場内を出て階段を探した。右に目を向けると玄関が見える。左に目を向けると2階へ行く階段が突き当りに見えた。僕はそこまで歩いて行き階段の手前で立ち止まった。


 ここから左に廊下が続いている。その廊下のさきを注意深く見ると、廊下の突き当りは左に折れていた。右はここと同じ階段になっている。場内を囲むように廊下はロの字に繋がっているようだ。


 僕は階段を上がった。階段は途中で折り返しになっている。上に来ると、そこは広い空間になっていて、オレンジ色の絨毯が一面に敷かれている。それを囲うように壁がコの字になっていた。


 左の壁にはドアがふたつあり、1、2とそれぞれドアに表示されていた。正面の壁にあるドアには3、4。右の壁にあるドアには5、6。正面の反対側にある壁のドアには7、8と表示されていた。


 僕は自分の番号の部屋に入った。

 中に入ってみると自動的に電気がついた。白い部屋が目に映る。


 白いソファー、白いベッド、白く丸いテーブルなどなど。下に敷いてある絨毯は外と同じオレンジ色をしていた。


 四角い窓の外は青空が見える。その下はどこまでも続く青い海が広がっていた。


 僕は少しホッとしてベッドに腰を下ろす。それからネコの頭を取ってベッドに放った。


「ふう……」


 少し汗が額から流れる。ほてった顔を袖で拭いながら深呼吸をした。


「何なんだここは?」


 僕は部屋の中を見回しているとルビーの声が聞こえてきた。


『ないちくん。休んでいる暇はないわよ』

『え?』

『その洋館の中にある【ポレミラーヌの鈴】の情報を盗んできて』

『え!? ぽ、ポレ?』

『ポレミラーヌの鈴よ』

『えっと、その鈴の情報を盗んでくるんですか?』

『ええ、その洋館のどこかに隠されているの。それを今すぐ盗みに行きなさい』

『ええ! でも、どこにあるか分かりませんよ』


 ルビーの深いため息が聞こえる。


『1兆円ほしいんでしょ?』

『あ、はい』

『じゃあ、やりなさいよ』

『でも、どうやって』

『あなたの体内に仕込んだやつを使ってよ』

『ああ、この……』

『スノーダストでいいわ。体内に入れたものをそう呼びましょう、一時的に』

『すのー、だすと?』

『そう、それを使って探すのよ、いい』

『でも、使い方がいまいち分かってないんですが』

『そのことは、実戦でって言ってなかった? そんなことより、早くその部屋を出て探しに行きなさい。あとはこっちで指示するから、しばらくは自分で考えなさい、いいわね』


 そう言って通信が消えた。


 ため息を吐いて僕が部屋の外へ出ようとしたとき、ルビーの声が入ってきた。


『ネコの頭つけるの忘れてるわよ』


 僕は振り返ってベッドに転がっているネコの頭を眺めた。


『それをつけて行きなさい、素顔がバレた時点でその洋館から追い出されるわ』

『え? 追い出される?』

『そうよ、そうなると1兆円はあなたに届かないわ一生ね、それでいいの?』

『あ、いや……は、はい、分かりました』


 僕がそう言うとルビーからの通信が消えた。


 仕方なくネコの頭を僕の頭に被せて部屋を出ようとした、が開かなかった。よく見るとオートロック式のドアだった。カードキーになっていて脇にカードキー入れがあった。


 僕はそこからカードキーを取りドアに差し込んだ。それから部屋を出てフロア内を見回した。誰も出ていなかった。


 はあ、やれやれ。


 自分で考えなきゃいけないか……じゃあ、まずは情報を集めるしかないか。とりあえずウサギの部屋に行って何か情報を聞き出してくるか、この洋館のこととか、ポレミラーヌの鈴とか。


 ポレミラーヌの鈴が僕の目に映る。鈴のシルエットになっている。僕はそのシルエットが邪魔なので、目でそれを指して指で画面の端に移動させた。


 僕はウサギのいる部屋に向かった。

 ドアの前に来ると僕の目には、ウサギ【5】部屋と表示されている。


 僕はそのドアを叩いた。

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