第4話 なぜか君と出掛けることになって

「鷹岡、その。……浴衣似合ってるよ。可愛いよ」

「ふぇっ?」

「制服とも感じが違ってて、い、いちだんと可愛い」

「えっ。あっ、ありがとっ!」


 なぜか君と出掛けることになった。

 夏祭りに誘われた。

 理科室でのやり取り以来、和宮君と時々お話出来るようになった。


 だからって急展開過ぎない?


 神社の境内の夏祭りにはたくさんの露店が並んで、人々で賑わいを見せている。


「俺、友達がいないからさ。誘えるの、鷹岡しか浮かばなくて」

「そっか。……誘ってくれてありがとう」


 誘う相手が誰もいないからか。

 でも、私の顔が浮かんだのなら、まあ良いじゃない。良しとしましょう。

 私は和宮君のお誘いにあたふたして、お母さんに泣きついて浴衣とかレンタルしてもらったのは、和宮君には内緒。

 あれこれニヤニヤと詮索して探りを入れてくるお母さんと、思いっきり分かりやすく心配してるお父さんをかわしながら準備して、夏祭りに来たの。

 

 学校のお友達と夏祭りに行くからって言って、家を出発してきた。


「でも意外だったなあ。和宮君が夏祭りに行きたいだなんて」


 あっ、ゴメン。失礼だったかな。


「ははっ。ガラじゃないよな。でもさ、こんな顔してお祭りとか打ち上げ花火とか好きなんだ俺」

「そんなことない! 和宮君は良く見ると可愛い顔してるよ。雰囲気は……ちょっと怖そうに見えるけど」


 和宮君は豪快に笑った。

 全然、怖くない。

 私は和宮君のこと、怖いって言うより、――好き。

 ……うん、好き。


 和宮君の横より少し後ろを歩く。

 私は恥ずかしさから並んで歩けずに、和宮君について行く。


 お囃子が聴こえる。

 あっちこっちで、きゃあきゃあと女の子たちや子供たちの盛り上がる声がしている。

 金魚掬いや射的や輪投げ、どの露店も人がたくさんだ。


 和宮君と焼きそばとりんご飴を買って、境内の石段の近くのベンチに座る。


「うち、やばいんだよね、俺が働かないと。俺んちは母ちゃんシングルマザーだし、俺の下に弟二人と妹と三人もいっから」

「偉いね、和宮君。……だからいつもバイトでくたくたなんだね」

「えへへっ。俺が授業中居眠りばっかなの、鷹岡にはバレてたか」


 ぺろりと舐めてみた林檎飴は、どこまでも甘い。舌も口の中も素朴なお砂糖の味が支配する。


「遠足とか修学旅行だって、あいつらには行かせてやりたんだ。俺がやらなきゃ。俺は早くしっかりした大人になって、がっつり仕事する。鷹岡は高校卒業したら、大学とか行くんだろ?」

「うん、たぶん」


 私はなんとなくの将来が恥ずかしかった。

 そんなに行きたいと思ってるわけでも、目指している夢や目標ややりたいことなんて見つかっていなくて。

 無難に受かった大学にさえ行けば、何かが見つかるんじゃないかなって、安易に考えて暮らしてた。


 私には取り柄も、キラキラしたものも無いんだ。

 心の中はすっからかんで、中身のない情けない人間なんだ。


「焼きそば、冷めちゃうぞ。なんで林檎飴から食べるかな〜」

「林檎飴から食べたかったの」


 可愛くない、こんな言い方。

 私、たぶん顔の表情がムスッとしてる。

 和宮君を困らせたくなんかないのに。

 和宮君、あきれてる?


「好きなもんから、ね。俺の妹と同じだなあ。この間なんてさ、御飯の前にいきなり、デザートにって買っておいたアイスを先に食ってんだから参ったよ。……鷹岡?」

「私、妹さんと一緒なんだ。どうせお子ちゃまですよ〜だ。大体、なんで私を誘ったんですか? 和宮君。兄妹で来れば良かったのに」

「鷹岡?」


 和宮君は偉いよ。

 自分がやりたいことが決まってる。

 大変だろうけど、家族のためにって決めたんだよね。

 せっかくの和宮君との夏祭りのお出掛け。

 楽しく過ごしたいのに。

 ポロポロと泣けてきそうだった。


「鷹岡とデートしてみたかったんだ」

「えぇっ?」


 デ、デート?

 これ、デートだったの?


「俺、鷹岡と夏祭りに来たら楽しいだろうなって。ホントは誘える友達がいないからじゃない。誰でもいいわけじゃなくって。その……、鷹岡とならいい思い出になると思った。高校の夏の思い出が作れそうだなって……。鷹岡とが良かったんだ。上手く言えなくてゴメン」


 和宮君は、学校の和宮君とも、仲良くなる前の和宮君とも違った。

 無口でも、一匹狼で平気そうでもなくて。

 お喋りをたくさんしてくれるようになった。

 そして――、寂しそうだった。


 打ち上げ花火が上がった。

 花火のお腹に響く音が、山々にも木霊する。


 ベンチに座る私と和宮君の距離は近い。

 花火はどんどん上がっては夜空に散っていく。

 どうせ聞こえないと思った。

 君はすぐ隣りだけど、届かないと思った。

 

「私は和宮君が好き」

「俺、鷹岡が好きだ」


 えっ――?


 告白と同時に和宮君の温かい手が私の頬に触れたと思った瞬間、唇が重なった。


 私と和宮君との、距離はゼロセンチ。

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