第4話 再告白

 そういえば、髪のびたな、あたし。

 夏休みの暑いあの日からも般若が告白男子を放課後に十人以上もフリまくって、学園祭も過ぎ去って、季節は初雪の冬。

 そう、天気予報が外れて不意討ちの大雪。

「……でね、カギはあの霊媒師が最初の登場からしばらく経って『気分が悪くなった』って一旦退場した事にあると思うのよ」

 般若と隼人とあたしの三人は、避難したKFCの二階のソファー席で、昨日から配信が始まったオカルト系ネット番組の話題でかじかんだ手を温めていた。

 あたしが観たその番組では、何人もの『大物霊媒師』を呼んで、大きな広場での公開収録で群衆を集め、その中から霊媒師が一人を指名して、何の悩みを持っているかを言い当て、それに対するアドバイスを与えるという、占いコンテストとでもいうべきコーナーをやっていたのだ。

 その中の一人、あたしが気になった「大いなる霊的存在とコンタクトをとって真相を教えてもらっている」という触れ込みの霊媒師はよほど売れているらしく、神秘的で豪奢なな黒いローブで身を装い、何人もの黒服のガードマンを収録現場の周囲に配していた。一流中の超一流というキャッチフレーズの霊媒師だ。相談料は物凄く高いらしい。

 その霊媒師は自分の番が来ると、司会者の所に登場してすぐ「気分が悪い! 誰かが私に悪意の念を送って妨害している!」と言い、すぐに自分が待機させていた高級ワゴンの中に引っ込んでしまった。

 それからは彼女の番を抜いて前倒しで番組は進んだが、霊媒師は二〇分くらいして「気分がよくなった。大いなる存在とのコンタクトが回復した」と言って再び群衆の前に出て、一人の女性を選び、彼女の息子が何年も前から行方不明になっているという悩みを言い当て、その子は今も元気に何処かで暮らしているというアドバイスを送って、見事に高評価を勝ち取ったのだ。

「解ったぜ。そのアドバイスをもらったという母親がサクラだったんだろ」

「その母親の息子の失踪てのは昔、本当にあった事件だと番組で公表されていたわ。当時の新聞記事付きでね。確かに母親が映った見出しがあったわ。……でも、あたし、サクラを使わなくても出来るトリックを思いついちゃったの」

 あたしは隼人の言葉を制して、自分の考えを披露した。

「もし、あたしが偽物の霊媒師だったら、まず最初に登場した時、自分の身内であるガードマン達に現場の群衆全員をこっそり隠し撮りしてもらうわ。そして『気分が悪い!』って中座してワゴンの中に引っ込んだ時、用意してあったPCで群衆の録画データを片っ端から顔認識で画像検索して、過去に何かのニュースに登場した人物がいないかをネットでチェックするの。これは結構、手間がかかる作業になるだろうから、ガードマン達スタッフと複数のPCを使ってワゴンの中で人海戦術ね。そして誰かが引っかかればしめたもの、例えば過去に息子が行方不明になったというニュースになった母親がいれば、その事件を調べるわ。……そして頃合いを見て『気分がよくなった』と言って、群衆の前に再び現れ、その中から件の母親を指名する。指名権は霊媒師側にあるんだから、ここは楽勝ね。で、その母親がこんな場所で霊媒師にすがってでも訊きたいほど興味がある話題って、行方不明の息子の消息以外にあるわけないじゃない。それを言い当て、それっぽいアドバイスを送れば『おお凄い! また的中させたぞ!』ってなるわけ」

「ふーん」隼人はカップの挽きたてアメリカンコーヒーを飲みながら唸った。「でも、それ、証拠がまるでない推測だろ」

「あたしならそーするって事よ。まー、超常現象を別の合理的な理論で説明出来たとしても、それを直接否定出来た事にはならないわね」あたしはチキンフィレサンドを頬張った後、カップのクラッシャーズ・クラシックショコラをストローで飲む。「でも、その信用度は下がるわね、確実に。少なくとも唯一無二の正解ってわけじゃなくなる」

「ネットで調べて誰もニュースが引っかからなかったらどーすんだよ」

「そん時は『誰かが私を妨害してる!』という言い訳を引っ張って、そのせいでうやむやにして終ー了ー」

 頭の悪い隼人でも理屈が解らないほどの話ではないが、奴めはなんか胸にもやもやしたものがつかえているみたいだ。変な霊感商法に引っかかるなよ、隼人。

 隼人はさりげなく聞き役に徹している般若に眼線を送った。

 般若はオレンジ一〇〇%パックを一口吸った。

「もし、その霊媒師が偽物だったっていうのなら」般若はにっこり微笑んだ。「偽のアドバイスを送って、母親をぬか喜びさせた罪はとても重いですわね」

 何故か、その微笑みにあたしはゾッとした。

 人間以上の存在がそれをしたみたいな気がしたからだ。

 般若。

 何故か、あたしは親友に恐怖した。恐怖? 違う。畏怖だ。

 それは隼人も同じだったみたいで、コーヒーを手に持ったまま、フリーズしていた。

 対して、般若自身ははこの光景に何も感じなかったのか、オレンジジュースを飲み、骨なしチキンをつまんだ。

 あたしは窓の外を見る。

 白いぼたん雪がまだ降っている。

 寒そうな町の光景が続いている。

 そんな感想を抱いている時、意外な人物がオリジナルチキンセットのトレイを持って、階段を上がってきた。

「じ、実相寺さん?」

「吉永君?」

 あたしも驚いた。

 放課後の駅前のKFCに現れたのは、吉永君だった。

 あの春に般若にフラれた、眼鏡君だ。

 彼は傍のテーブルにトレイを置くと、あたし達の方に近づいてきた。

「実相寺さん」

 眼鏡のブリッジを指で押し上げる。ちょっと震えがあるのは気のせいか。

 隼人は「俺、ちょっと席を外すよ。……トイレ行ってくる」と言い残して席を立ち、階段を降りていった。

 彼と対して、あたしは席を外さずに見守っている。

 吉永君は、般若の前に来て彼女の顔をじっと見つめる。

 その表情は前にも見た。

 もしかして、アレか。

 告白か。

 こんな所で。

 吉永君は般若をあきらめていないとゆーのか。

「実相寺さん。僕もあれから色色と考えたよ。でも、あなたの魅力は覆らない」

 げーっ。こいつ、諦めが悪い性分だったのか。

「今ならば、あなたの望みに合う答を言う自信がある。僕の告白を受けてくれますよね」

 吉永君はまるで生まれ変わった様な綺麗な瞳をしてる。もう震えてはいなかった。

「……実相寺般若さん。どうか僕と恋人としてつき合ってください」

 その言葉に、この二階のソファ席に座っている他の客達の眼が集まる。

 これは一般大衆にも格好のイベントだ。

 般若はあたしの眼の前でテーブルにオレンジジュースのパックを置いた。

「あなたの告白はとっても嬉しいです。……でも」

 さあ、始まるぞ。

「もし私を大事にしたいというのなら、この質問に答えてください」

 かぐや姫が立ち上がり、問いかける。

 吉永君は本当に真実の答を見つけだしたのか。

 こらー! 何でこんな時に逃げてる、隼人!

「……あなたは線路の傍にいます。その線路は物凄いスピードで走ってくるトロッコがあります」般若は一語一句違わずに繰り返す。「あなたは線路の分岐点で線路の切り替えスイッチの横にいます。線路のまっすぐ先には五人の人間が縛られていて、そのままトロッコが進めば五人は轢かれて死んでしまいます」

 吉永君は緊張していた。

 あたしもしてる。内腿のつけ根が筋張ってきた。

「その線路は分岐路があって、あなたがスイッチを切り替えれば、トロッコは分岐路に入ります。しかし、その分岐路の先には一人の人間が縛られていて、トロッコがそちらに進めば、その一人が確実に轢かれて死んでしまいます」

 般若は言葉を溜めて吉永君へ微笑を送った。

「ブレーキはありません。あなたはスイッチを切り替えて五人を助けますか? それともそのままトロッコを切り替えずまっすぐ進ませて一人だけ助けますか?」

 その問いかけに対し、吉永君は一秒だけ間を置き、きっぱり答えた。

「脱線させます」

 その言葉には揺るぎない、自分の知性への確信があった。

「僕なら走るトロッコを脱線させます。僕はすぐ傍にある線路の切り替えスイッチを中途半端に操作し、トロッコをどちらにも入れない状態にします。分岐路のどちらにも入れないように。中途半端な状態でスイッチを全力で固定します。その為には自分が轢かれても構いません。トロッコを脱線させて、縛られている六人を救います」

 答を言いながらの吉永君には誇らしげな態度があった。

 あたしは驚いた。

 脱線させる!

 そーゆー手があったか。しかも自己犠牲の可能性も考慮し、美し……。

 あれ? 元元のトロッコ問題って「脱線や置石等による停止は出来ない」という前提が設定されていなかったっけ。

 今、思い出した。少なくともネットで調べた限りでは、脱線は最初から考慮しないという風になっていたはず。

 確かに般若の出す問題にはそれを禁じ手として明示していないから、そ-ゆールールを彼女は禁止していないととる事も出来るけど。

 どーなんだ、そこら辺。

 吉永君は初の正解者となるのか? 否か?

 彼の答を聞いた般若は立ち上がり、はっきりと吉永君に対し、自分の答を示した。

「残念ですが」クール・ビューティーのかぐや姫の表情はほぼ無表情のままだった。「私はあなたとはおつき合い出来ません」

 吉永君の顔がまるで頭上から岩石が落ちてきたみたいになる。頭に架空のこぶが出来て、星や天使がクルクル回る、あんな感じ。

 脱線も般若が想定している正解じゃなかったとゆーのか。

 じゃあ、彼女への正答とは一体、何なんだ。

 吉永君の顔は真っ青だ。そんなに自分の答に自信があったというのか。

「じゃあ! どんな答だというんだ!」

 まるで怒りのスイッチが入ったかの様に吉永君は激昂の声を挙げた。真っ青だった顔が一瞬で真っ赤になる。

「あなたは一体どんな答を望んでいるというんだ! あなたの頭の中はどうなっているんだ!」」

 万年二番の秀才が、一番の美少女にいきなりくってかかった。愛情が裏返って憎しみになったというか、自分の知性をかけたプライドが怒りへと変化した勢いだ。

 吉永君の両手が、般若の両肩にかかる。

「何やってんのよ、あんた!」

 あたしは立ち上がって、吉永君の両手を剥ぎ取りにかかった。

 凄い力だ。吉永君の腕力は一般高校生男子平均程度みたいだけども、女子のあたしには剥がせない。

「隼人ーっ!」あたしは肝心な時に二階席にいない男の名を大声で呼んだ。

 まさか、こんなアクシデントが起ころうなんて。ちくしょー、隼人はどうしている。

 般若は特に驚いていない風。この期に及んでもクール・ビューティーだ。

 乾いた音が二階に響く。

 野次馬になっていた周囲の人間達にも聴こえただろう。

 吉永君の右掌が般若の頬を打ったのだ。

 最悪だ。

 既に起こってしまって覆せない状況をあたしは後悔した。

 その時だ。

 般若の凛とした表情は変わらない。

 しかし、その額が一瞬だけ輝いた気がした。

 額。いや正確には前髪に隠れた、その中央にある般若の白毫だ。

 次の瞬間、まるで電流に打たれた様に吉永君の身体が後方にはねのいた。

 丁度、騒ぎを聞きつけたらしい隼人と店員達が階段を上がってきた。

「大丈夫か、般若!」

 隼人が彼女に駆け寄る。

 幸い、般若の頬に打たれた跡はついていない。

「大丈夫よ」と般若は椅子に座った。

「ぱんにゃん、ちょっと本当に大丈夫?」

 あたしは彼女の肩を抱く様にその隣に詰め寄った。

「何があったんだ!」

「吉永君がぱんにゃんを平手で打ったのよ」

「何ィッ!」

 隼人は一瞬で沸点に達して、離れたテーブルに力なく寄りかかっている吉永君の胸を掴んだ。

「立てよッ、オラァ! てめえ、般若に何してんだッ!」

 しかし吉永君の反応はなかった。

 ぼうっとしている。眼鏡がちょっと傾き、眼の焦点が合ってない。

「ぱんにゃん……」あんた、吉永君に何したの?と訊きたい気持ちが言葉にならない。さっきの光は何だったのだ。

 般若は元より神秘的だが、何か今の彼女はそういう抽象的な概念の域ではない。

 人間以上。その言葉があたしの頭に浮かぶ。

 隼人が揺さぶって、吉永君は正気に戻った。その時、彼の眼には般若に対する恐怖があった。

 吉永君は眼の焦点が合うとすぐ、隼人の手を振り切って、逃げるみたいに階段を走り降りていった。

 店内は騒めいている、警察や救急車に通報しようと言う店員を、あたしは必死に遠慮してもらう。これ以上の騒ぎにはしたくない。

「……いいんだな、般若」

 隼人ははらわたの煮えくり返りが治まらなさそうに般若に訊くが、彼女はにっこりと笑っただけだった。

 誰もこの騒ぎが大きくなるのを望んでいない。

 店員があたし達に事の次第を確認してきたが、あたしは「何でもないんです。平気です」と言い張って、お引き取りを願った。

 騒いでいた他の客達もめいめいの席に戻る。

 あたし達も元の席に座り、般若を気づかいながらも残っているトレイの中身を食べ終わるまでそこにいた。

 ちなみにあたしはちゃっかり吉永君が置いていったチキンセットのトレイもこのテーブルに移していた。

 騒がせ賃だ。これを食ってもあいつに文句は言わせない。

 あたしはさっき般若の見せた不思議な光に対する興味が、まるで見ていた夢の記憶が眼を醒まして消えていくみたいに、徐徐に薄れて完全に消えてしまっていた。

 違和感は日常の中に溶けていった。

 隼人が骨付きのチキンにかぶりつく。まだ怒りが完全に治まっていないみたいだ。

 しかし、さっきの事件に言及しようなどという気を起こす者はここにはいなかった。

 周囲の一般客もその様だ。

 般若が窓から外を見ている。

 あたしも見た。雪が降り続けている。白い冬の町がずっとそこにあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る