#1-1(人間のターン) のべる堂のサイガとノベル
西暦2030年。
約10年ほど前から本格的に普及してきたVR技術は人々の生活に深く浸透していた。
個人に一台のVR端末が当たり前の時代、それは社会生活や経済、産業の在り方までも一変させた。
例えば住環境。
もはや「広い家」などは超富裕層だけの道楽となった。
VRに入ればいくらでも豪邸で生活出来るとあれば、物理的な生活空間などは最低限でこと足りた。
例えば職業。
デスクワークはVR内で可能になり、通勤地獄という言葉は死語となった。
例えば人間関係。
いつでも会うことが出来るから、家族が一緒に住む必要もなくなった。
また、求めるならば理想の恋人が常に側にいるから孤独感に苛まれる事もない。
(生理的な欲求を満たしたい場合は「専用」のVRスーツを纏うだけで最高の体験を得ることが出来る)
もはや、現実の人間に必要なのは食事、排泄、睡眠などの最低限の生理的活動と、物理的に不可避な移動や行動のみとなった。
そんな時代に勃興した一つの業種がある。
個人を対象に、VR内でその人間が望む物語を提供する「物語製造代行業」。
それは異世界での冒険譚や情熱的なラブストーリーまで多岐に渡り、人々の願望を叶え続けていた。
※※※
モニターの真ん中に「田中 陸」の文字が浮かび、通話を求める着信音が響いた。
「はい、『のべる堂』のサイガです。これは田中様、先日は弊社の物語をご購入頂き誠にありがとうございました」
「それなんだけどね」
田中さんの声はいささか不機嫌そうだった。
「少し私の希望と違う展開のとこがあるんだが。聖女がなかなかデレないし、ドラゴン強すぎじゃないか?」
「そ、そうでしたか!? 申し訳ありません。シナリオでは確かにそのようになっていたはずなのですが。変換ミスかもしれませんので至急確認いたします。お手数ですが田中様のVR領域への一時アクセスの許可をいただけますでしょうか」
「わかった。夜までは仕事してるからその間に頼むよ」
「ふう……」
通話の後、僕は急いでVRセットを装着した。
目の前の光景が素っ気ない安アパートから重厚な雰囲気のオフィスに変わる。
「おい、ノベル。いるか?」
「いるよー」
アンティーク調のソファーの陰から碧眼の少女がひょこっと顔を出した。
「なんだその格好は」
僕の前に立ったノベルはやたらスカートの丈が短いメイド服のような格好をしていた。
「『社会勉強』で外のバースを回ってたら知らない人がくれたよ」
「知らない人からモノをもらっちゃダメだと言ってあっただろう」
「ID交換したら『トモダチ』じゃないの?」
「簡単にIDも交換するなよ」
「えー、それも駄目なの?」
僕はため息をつきつつソファーに腰を下ろした。
ノベルは僕が仕事用にカスタマイズしている文章作成型のAIだ。
銀色の髪と青い瞳の少女の
個人で物語製造代行業の仕事をしている僕の補助をするのが役割だが、今はオプションを追加して統合型対人AIへの教育中だった。
物語製造代行業は人間のイマジネーションが基本ではあるものの、全てを自分で書いていてはビジネスとして成立するほど量産が出来ない。
だから自分用にカスタマイズしたAIと分業するのが今の主流になっている。
「うっ、お前のフォロワー今日だけでえげつない増え方してるじゃないか。やっぱりまだ一人で外を回らせるのは早かったか……」
「これ、あんまり可愛くなかった?」
「いや、そんなことはないが……」
「よかったー、サイガに喜んでほしかったんだ」
(コイツ、媚びて気を引くことを学習したな……)
「そんな事よりだ、この間の田中陸さんの作品、製品番号3681にクレームが来てたぞ。展開とキャラの設定間違えてないか?」
「製品番号3681……えー!? ちゃんと指定通りのストーリーになってるよ」
「僕もそうは思ってるんだけど。とにかく、これから田中さんからアクセス認証コードが来るから、領域に直接確認と修正に行くぞ」
「はーい! お・で・か・け、楽しみー」
どこで覚えてきたのか奇妙なモーションで喜ぶノベルを尻目に、僕は田中さんから送られてきたコードを入力する。
「サイガもずっと『こっち』で一緒に仕事すればいいのにー。どうしていつもは『外』で仕事するの?」
「う……こういう仕事をしていて何だけど、僕はアナログな方が落ち着くんだよ。それに、今は『外』の方がかえって人と会わずに済むんだ」
「へー、そういうものなんだ」
(だからお前を統合型にして接客もやらせようと思ってるんだけどな)
その時、僕達の前にゲートが開いた。
「よし。行くぞ、ノベル」
「了解ー」
僕達はゲートに踏み出した。
一瞬の浮遊感の後、降り立った場所は山々と森に囲まれた場所だった。
「この物語は転生してきた主人公がここで目覚めて、旅の途中で聖女オリビアと出会い、冒険を続けるうちにお互いに恋をして、結ばれるというのが大まかなストーリーだ」
「オリビアの所へ向かうの?」
「いや、とりあえずはストーリーの最初から辿っていこう。最初に向かうのはこの先の村だ」
※#1-1ここまで
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます