超新星とふたり歌う
――瞬が本当は、どんな気持ちでステージに立っていたのか。難しい役を演じるときはよく、そんなことを考えています。
見上げればそこには本物の、満天の星空。聞こえるのは風の音、川のせせらぎ、そして砂利を踏みしめ歩いて来る相方の足音。折り畳み式の椅子に座り空を見ていた遊助は、音のした方を振り向いた。――忘れもしない、あれは今から五年前のこと。
「瞬も眠れないのか?」
気遣うように声をかけて一瞬、初めの頃と逆だな、と思う。あの頃は瞬が遊助の面倒を見ていた。今は遊助が瞬の世話を焼いている。予定を組み、道具を揃え、瞬が知らない店のスタッフに話をつけて、オフの日のたび遊びに連れて行く。
「撮影以外のキャンプは初めてだから。遊助は?」
そのおかげも少しはあるのか、瞬の顔色はだんだん良くなっていった。プライベートではあまり笑わなくなった。その代わりいろいろなことを始めた。ジムに通い、カフェを巡り、仕事では作詞に挑戦した。
「俺はひさびさのまとまったオフが楽しみで」
そして今は、いつぶりかの長い休みの始めに、キャンプに来ている。
「マネージャーの胃痛を思うと、素直に喜べないけど……」
「俺たちもあの人も、最近働きすぎだったんだよ」
あの、眼鏡を落としそうな動揺ぶりを思い出す。なぜか予定を一週間勘違いした彼は、GLiTTERのカレンダーに七日分もの空白を作ってしまった。そろそろプロデューサーに絞られ終わった頃だろうか。気の毒ではあるけれど、おかげでこの時間がある。
「――星が綺麗だな」
風が吹いてきて、遊助の癖毛を揺らす。川岸の木々がさらさらと葉を鳴らして水の音と合奏する。まさに降るような星空は、いつまでだって見ていられそうだ。
「そうだね。だけど僕は、少し怖いよ」
瞬は遊助の隣に椅子を広げて座る。小さな音で、金具がきしむ。
「星が輝くのは――輝いて見えるのは、なぜだと思う?」
「理科の話?」
「小学校で習った話だよ」
そう言って、もうすっかり珍しくなった微笑みを浮かべた。オフでは笑いたい時だけ笑うことにしたらしい。良いことだと遊助は思っている。だから、何も言わない。
「こんなに静かな光の中に、太陽の何十倍も大きい星がある。気が遠くなるほど遠くの宇宙で、核融合を繰り返して、いずれ――」
いずれ、どうなるのだったか。先を待ってみても続く言葉はなかった。星を見るのを止めて、相方の顔を覗き込む。いつの間にか良くない顔をしていた。つまり、暗闇を見つめるようなあの微笑みを。
「――だめだな。上手く言葉がまとまらない」
「じゃあ今夜はやめておかないか? 時間はあるんだからさ」
遊助は明るく言った。
「明日帰って、明後日からは何をしようか。まだ五日ある。今日は俺が付きあわせたから、次は瞬のやりたいことをしよう。誰かいた方がいいなら俺も一緒にやるよ。一人の方が良かったら、その時は――その時は、応援する!」
軽く背中を叩く。瞬は目を
まさか泣くとは思っていなかった遊助は、何を言ったら良いか分からなくて、ただじっと瞬を見つめる。その間にもアーモンド型の目からははらはらと涙が流れていく。瞬は目の前を流れる川をぼんやりと見つめながら、声も上げず、顔色すら変えずに泣きつづけた。初めて見る瞬の涙は、彼自身にとってもそうだったのかもしれない。行く場のない手をそっと取って握る。
「……遊助も、頼もしくなったね」
ひとしきり泣いた後、瞬は晴れ晴れとした笑顔で言った。
「レッスンの日に寝坊して、謝れもしなかった頃とは、大違いだ」
遊助はぽかんと口を開ける。
憎まれ口を叩かれたと気づくまでにずいぶん時間がかかった。遊助の代わりにさんざん怒られた後で、嫌味の一つさえ言わなかった、言えなかった瞬が、その時のことを自分から話に出した。怒りよりも戸惑いが、戸惑いよりも妙な嬉しさが勝って、遊助は声を出して笑う。つられてか瞬も笑った。
涙をふいて、笑って、星空を見上げて。オフシーズンで二人きりの河岸で、彼らはどちらからともなく歌い出す。瞬は星の降るような声で、遊助は明るい陽射しのような声で、呼吸のひとつひとつも完璧に合わせていく。抑えきれない胸の高鳴りに誘われて、砂利の上でけれど軽々と振りを交える。
歌うのは最近リリースされたばかりの、瞬が作詞をした曲だ。いつの間に気が合ったようでときどき相談していたのは、確か『veil』の作詞家だったか。あの曲のようには暗くないオルゴールの伴奏を思い浮かべながら、遊助は瞬と共に、満天の星空高く歌声を響かせる。
――夜闇が僕らを 隔てるならば
手と手をつないで 星座になろう
星が弾けて消えたって
きっと 新しい星が生まれるよ
背を向けて手を伸ばし、また振り向いて見つめあう。そっと触れ合わせた手をぱちりと軽く弾いてそれぞれ空にかざす。鏡合わせのダンスを演り切った彼らは、おやすみを言いあってテントに戻った。
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