かなしみをこえない
――なんでもない失敗をずっと思い出して、何もかもがつらくなってしまうような時、よく『veil』を聴いています。悲しいけど、悲しくてもいいという気持ちになれます。
東海道線の快速がレールを遠く近く鳴らして走る。流れ去る電柱や建物を車窓越しに眺めていた穂花はふと車内を見渡した。他の乗客は寝ているかスマホを見ているかで、誰ひとり視線に気づかない。そのことに不思議と安心感を覚える。
――このまま、どこか遠くへ行けたらいいのに。
できれば「佐々木穂花」のいない場所へ。想像しそうになって、首を横に振る。そんなことは無理だ。平均寿命まで七十年、それより長いか短いかはともかく、この心はずっと付きまとう。
結局、学校にいる間、穂花はあのクラフト紙の封筒を開けようともしなかった。ノートを取る手を止め、教科書を閉じてしまえば、昼休みの後悔が頭をもたげて手紙どころではなかった。
それなのに放課後、明日香はいつもどおり笑って、取り戻したスマホを見せてくれた。一緒に下校する途中ですれ違った担任の先生も、いつもと変わらない調子で明日香とさよならを言いあっていた。穂花は二人にそれぞれ謝ったが、返ってきたのは怪訝そうな、呆れたような、よく分からない表情だった。
――きっと、また間違えたんだ。
穂花は鞄の外ポケットからスマホを取り出す。イヤホンを着け、音楽アプリを立ち上げて、溜息をつきながら再生ボタンに触れた。選ぶまでもなく一曲リピートで『veil』が流れ出す。
揺れる
――雨音に沈みゆく 澄んだ朝の静謐
物言わぬ聴衆に 僕はひとり
歌う 忘れたい痛み ここにあること
高音への滑らかな跳躍に、
――手紙、確かめないと。
穂花はアプリを閉じてイヤホンを外すと、また車窓の外を見る。冷え切ったガラスは湿気に曇っていた。鞄の持ち手を握りしめる。音もなく一筋、雨粒のように、水滴が窓を伝い降りていく。
――まだまだ寒い日が続きますが、どうかお元気でお過ごしください。これからもずっと応援しています。
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