第2話 君は最高のお針子で、僕のヒーロー

「レックスさま、本当にご体調が優れないわけではないのですね?」


「しつこいぞ、執事」


 僕は素っ気なく言い、マントを脱ぎ捨てた。

 執事はやけにねっとりした声で続ける。


「失礼いたしました。ただ、レックスさまのようなお力をお持ちの方が、あの場面で勇者の息子を仕留め損なうというのは、わたしにはまったく理解しがたく……」


 やっぱりその話。

 僕は紫の瞳を光らせて、ぎろりと執事をにらむ。


「執事ごときにすべてが理解できると思うな」


 執事は一瞬黙りこんだ。

 片眼鏡をしたきれいな顔の上で、魔族らしい真っ赤な目が細められる。

 長い指が僕の肩に乗る。


「――わたしは、お前の兄だよ」


 凍えるような声。

 いかにも魔族らしい。

 僕は、ギリ、と歯を食いしばった。

 

「魔界の霧よ、去れ」


 僕がつぶやくと、すとん、と僕の背は低くなる。

 執事は手の下に僕の肩がなくなったので、ちょっとよろけた。

 そう、僕は普段、いつも魔界の霧で上げ底している。

 なぜって?

 生来の僕は小さすぎて、華奢すぎて、まったく魔王の息子らしくないからだ。


「……出る。ついてきたら殺す」


 俺は吐き捨て、壁にかかった地味なローブをつかんだ。

 そのまま、まっすぐに闘技場の控え室を出て行く。

 後ろから、執事の声が追ってくる。


「――魔族らしい物言いですね。この執事、安心いたしました。行ってらっしゃいませ、お坊ちゃま。父上がお小言を言いにやってくる前に」


「ふん」


 冷たく鼻を鳴らし、ローブをまとって闘技場を出る。

 と、大きな男に肩をぶつけられた。


「きちんと前見て歩けぇ!! それとも、あれか? てめぇもクソ試合で荒れてんのか?」


 なんだよ、クソ試合って。

 目の奥がぐっと熱くなる。

 僕は歯を食いしばり、フードを深くかぶった。


「すみません……」


「おっと、可愛い声だな。嬢ちゃん、すまねえ」


 声をやわらかくする男に、僕はますます情けなくなる。

 そうだよ、僕は声も高いよ。

 小さくて細くて、声も高くて。

 荒々しさが至上っていう魔族の世界じゃ、カスだよ。外れだよ。

 知ってるんだ。

 父さんだってほんとは、兄さんみたいな魔族を魔王にしたい。


 僕が兄さんに勝ってるのは、母親の身分と、視力と、魔力だけ。そんなので勝ってても、勇者の息子にとどめをさせないんじゃ意味がない。

 僕は戦いが嫌なんだ。

 口げんかが嫌いだ。

 殴り合いも嫌いだ。

 斬り合いはもっと嫌だ。


 思い出すのは、燃えるような真っ赤な鎧で突進してくる、勇者の息子。

 兜の奥で、彼はきっとキラキラした目をしているはずだ。

 僕っていう悪役を、真っ直ぐにらみつけているはずだ。

 ……羨ましい。羨ましいよ。

 僕は彼が羨ましい。

 

 僕は彼を、斬りたくないんだ。


「うー、だめだめ。こんな顔してちゃ、あの子たちに会えない……」


 いつの間にか、僕はだらだら泣いていた。

 大きすぎる服の袖でゴシゴシ顔を拭いて、僕は人間の街を歩く。

 僕の大好きな、キラキラを探して。


「あ……」


 そのとき、広場で音楽が始まった。

 聴き慣れた音楽。間違いない。

 僕の最推しの歌い手グループが、公演を始めたんだ。


「すみません! すみません、通して下さい! すみません……」


 道行くひとの間をすり抜けて、僕は広場の隅っこにもぐりこむ。

 こういうときだけは、体が小さくてよかったと思う。

 思い切り背伸びをして、舞台を見た。

 まばゆかった。

 キラキラの――光の爆発!


 女の子たちが飛び跳ねる。手を振る。笑いながら、真剣な瞳で僕らを見る。

 目と目があった、そう思った瞬間にぶわっと涙が出る。頭が痺れる。

 嬉しい。嬉しいよ。ありがとう。

 やっと、生きてるって感じがする。

 君たちが歌ってくれるから、僕も生きてるって信じられる。

 きらめく光と、前向きな歌。ばかになる。すきだ。すき。だいすき。

 恐怖とか畏怖とか威圧とか、ほんっと、どうでもいいんだ。

 僕が好きなのは、こういうもの。

 きらきら、ふわふわで、しあわせなもの。


 ほんとは、僕だって……。

 僕だって、できればあんなふうになりたかった。

 きらきらふわふわの人間の女の子に、生まれたかった。


 僕は、つぶやいた。


「あんな服を、着られたら……」


「えっ」


 隣で誰かが言う。


「えっ?」


 驚いて隣を見ると、ばちん!! と目が合った。

 隣に居た、短い黒髪に赤い目の男。

 目は魔族っぽいけど、おそらく同年代の人間だ。

 そいつは僕を見るなり、まくしたてた。


「あ、すみません。その、聞き違いだったら申し訳ないんですけど、あなた、あんな服を着たいと思ってます?」


 き、聞かれてた!?

 うわああああああ、い、今の、聞かれてた!!

 僕は真っ赤になってフードを下げる。


「す、すみません!! 忘れてください!!」


「すみません忘れません一生覚えてます、焼き付いちゃったので……」


「ええええええ、困ります、忘れてくださいよ!」


「忘れられません、せっかく常日頃思い描いてた、理想の人が目の前に現れたのに」


「理想の、人?」


 ど、どどど、どういうこと?

 おそるおそる見上げると、男は僕の両肩をつかんだ。

 ひっ、となったけど、僕はもう、振り払うことはできなかった。

 相手の目が、あまりに真剣だったから。

 真剣っていうか、もう、いっちゃってるっていうか……。


 男は俺の顔をのぞきこんで、言う。


「着てみませんか、あんな服」


「あんな服って……」


 僕はおそるおそる、舞台のほうを見る。

 あんな服って、あれ?


「ああいうのです。ひらひらで、ふわふわ」


 ええー……。

 ほ、ほんと?

 僕は男を上目遣いで見上げる。


「君……服屋?」


「うーん、説明しづらい……。とりあえず、来て頂けます?」


 男は言い、問答無用で僕を引きずって行った。



■□■



「えっ、すご」


 僕は思わずつぶやいた。

 僕の横で、男がぽりぽりと頭を掻く。


「趣味レベルなんですけどね」


「趣味でこれなら、むしろすごくないですか!?」


 僕は声をひっくり返して叫ぶ。

 僕が連れて行かれたのは、町中の屋根裏部屋だった。

 広くはない部屋の中には、服、服、そして――服だ!

 

「これは作業台ですか? ミシンもある……」


 小窓のそばには年季の入った作業台と、足踏みミシン。

 棚にはきちんと整理された布や糸。

 壁には無数の服がかけられ、ずらりと並んだトルソにも、それぞれ華やかな服が着せられている。


「昔から、これだけが趣味で。賃仕事できる歳になったらすぐにお金を貯めて、作業場を借りたんです。もちろん、親には内緒で」


 恥ずかしそうに言う男。

 僕は心から彼を尊敬した。


「すごいです。その気概が、僕にはない」

 

「俺にも気概はないです。こそこそしてますし」


「いいえ、かっこいいです!! 自分の『好き』に、きちんと向き合ってます!」


 僕は熱弁した。本心だった。

 だって、これだけのものを作ったんだよ? 誰の援助もなくて、こそこそしなきゃならなくて、それでもめげずに、やりきってるんだよ!?

 そんなのすごいに決まってるのに、男は不思議そうだ。

 彼は僕を見下ろして言う。


「そんなこと言われたの、初めてです」


 男の目が、きら……と、少しだけ光ったように見える。

 きれいな光だった。

 歌い手たちの持っている、あの光。

 好きなことに向かっていく、情熱と、誇りと――。


 これって、僕の言葉で生まれた、光なのかな。


 どくん、と、僕の心臓が鳴る。

 

 男はすぐに目を伏せ、恥ずかしそうに聞いてくる。


「そういえば、お名前は……?」


「え、あ、あー……アレックス……です」


 とっさに口を突いた偽名は、アラタと自分の名前のキメラみたいになった。


「アレックスさん。俺は、えー……れ……レンと言います」


 男も、口ごもりながら自己紹介してくれる。

 礼儀正しくて、優しいひとだ。

 魔族にはなかなかいない……。

 このひとになら、本心を言っても大丈夫。あらためてそんな気がして、僕はおそるおそる切り出した。


「レンさん。それで……その。ドレスの件なんですけど。この中のどれかを着させてくれる、って感じですか……?」


「いえ! それじゃもったいない。作ります」


「作る!? ぼ、僕の、ドレスを!?」


「はい!! ……ダメですか?」


 レンは子犬みたいな目で僕を見た。

 僕より大分大きいくせに、なんかかわいい。

 僕はそわそわしてしまい、首をぶんぶん横に振った。


「とんでもないです!! 是非、よろしくお願いします!!」


「やった……!! ありがとうございます!! じゃ、さっそくですけど、アレックスさんはどんなドレスを着てみたいです?」


「へ? 希望を聞いてくれるんですか!?」


 ますますうろたえる僕。

 レンは、首をかしげる。


「当たりまえじゃないです? 夢のドレスなんでしょう?」


 レンのピュアな目。

 僕は、全身痺れてしまった。

 今までの人生、僕が自分で服を選んだことって、ない。

 いつだって父上と母上と兄上が、魔族らしい服を置いていく。全部黒いし、全部重いし、全部格式張ってるし、魔界の霧で上げ底しなきゃ着られないような服ばっかり。それが普通だと思ってた。僕のことを無視した服を着るのが、普通……。


「大丈夫ですか、アレックスさん」


 心配そうなレンの声。

 僕ははっとして顔を上げる。


「あ、だ、大丈夫、です。ただ、その、どんなドレスって言われても、僕、男だし……似合うドレスって、想像がつかなくて……滑稽になったら嫌だな、とか、色々……」


 うううう、何ネガティブになってるんだろ、僕。

 こんなことじゃダメだ。レンにも申し訳ないよ。わかってるのに、どうしても、気持ちが暗くなってしまう。


「男」


 レンが不思議そうにつぶやく。

 僕は思わず小さくなった。


「……あんまり、男っぽく見えないとは思いますが……」


「ドレスに、性別は関係ありますか?」


「へ」


 今度こそ、僕の声はひっくり返った。

 ものすごく真顔で、レンは言う。


「そもそもスカートって、局部や筋肉の盛り上がりを見せる男貴族のぴちぱつズボンよりまったく性別を選ばないと思います。つめものをするにしてもドレスのほうがデザインに幅があって、ごまかしようがある。女のようになりたいというのがアレックスさんのご希望なら、アレックスさんの体型から胸や尻を盛ることも可能です」


「そ、そうなんですか!!」


 ぱっと目の前が開けた感覚。

 僕は前のめりになった。

 レンは、ふと腕を組む。


「でも……」


「でも?」


 少し黙ったあと、レンは僕の目をのぞきこんで言う。


「俺は、アレックスさんの今の体型が、最高美神だと思ってるので」


「さ、最高美神!?!?!?」


 僕は目をまん丸にして怒鳴ってしまった。

 相当な大声だったけど、レンは気にせず、僕の首筋に手を近づける。


「この、細い首筋から薄くてはかない肩に繋がる曲線のしなやかさとか、男女関係なくめったに出せない宝物級のラインだと思うんですよ」


「ひ」


 僕は目の前がちかちかしてきて、自分の体を強く抱いた。

 レンは僕の腰を凝視して続ける。


「矯正下着で絞り出してもいないのにきゅっと細くなった腰にも健康美がある……この辺の位置からふわっふわのスカートを展開したら、きっと花が咲いたように見えます」


「は」


 腰。腰、細くても、いいんだ……。

 レンの手がすっと僕の頬のところまで上がってくる。


「お肌も、どれだけお屋敷の奥に引きこもってたお嬢さんよりきめ細やかで柔らかで――すみません、さっき肩に手を置いたときにちょっと触っちゃったんですが……気が遠くなりそうなくらい、気持ちよかったです。こういう肌にはきっと、ふわっふわかとろっとろの布が一番似合いますよ」


 ふわふわ、とろとろ。

 それって、僕が、着たかった服じゃない?

 重くなくて、肌に刺さらない服。

 うそ。うれしい。


 僕は自分の頭も、ふわふわとろとろになってくるのを感じた。

 目の前でレンの目が光っている。きらきら、きらきら。

 歌う女の子たちと同じ輝き。

 その真ん中に、僕の姿が映ってる。


 貧相な魔族じゃなくて、『きれい』な僕が。


「ふ」


 ぶわっ、と涙が出てきた。

 レンはぎょっとして叫ぶ。


「だだだだだ大丈夫ですか、アレックスさん!! 俺、だいぶ変態っぽかったですかね!?」


「だ、だいじょうぶ……ぼ、僕……」


「ほんとに大丈夫ですか? 俺、首をくくったほうがよければ言って下さいね? 割とさっきまで首くくりたい気分だったんで、今からでも遅くないですよ!!」


「だ、ダメ!!」


 僕はレンの袖を掴む。

 そして、力一杯叫んだ。


「ぜったい、死んじゃ、やだ!! 僕の、夢のドレス作ってくれるんでしょ!?」


「は、はい……はい!! アレックスさんの夢のドレスです! あなただけの、あなたの夢を、聞かせてください!!」


 レンは頬を真っ赤にして、叫び返してくれる。

 僕たちは自然と両手を握り合い……なぜか、二人で泣いてしまった。



■□■



 それからは、夢のような日々だった。

 僕はことあるごとに魔界を抜け出して、レンの仕事場に入り浸った。

 採寸して、デザインして、ふたりで歌い手の公演に行って、町の女性たちの服を眺めてああだこうだ言って、仕事場に帰って、ひたすらにレンが縫い、僕が手伝う。

 戦いの訓練なんかより、何百倍、何万倍も楽しい日々。


「あ~~~~…………永遠だといいのになあ!!」


 レンが叫んで、エール入りの木製ジョッキをテーブルに置く。

 僕はびっくりして、あったかい林檎酒入りのジョッキを握りしめた。


「どうしたんですか、レンさん」


「すみません。本音が出ちゃって……」


 えへへ、と頭を掻くレンは、僕の中で完全に大型犬になってる。

 今日は作業が早めに終わったから、ふたりで近所の酒場にきた。

 僕もレンも目立ちたくないから、店の奥の洞窟風半個室に陣取って、ちょっとはめをはずして呑んでいる。

 レンは結構酔っていて、ぺたんとテーブルに顔の横側をくっつけた。


「ずっとこうして暮らしたいな、って思っちゃったんですよ。こうして、好きなことして、生きてたい」


 夢みるように、レンは言う。

 夢はすてきだ。

 だけど、それって、そんな諦めた顔で言うことなの?


 僕は林檎酒をぐっと呑んで、身を乗り出す。


「ダメなんですか? レンさんの腕はすごいと思います。縫う技術だけじゃありません。ちゃんと僕の要望を引き出したうえで、理想を形にしてくれてます。それってすごい才能ですよ」


「そんなこと言ったらアレックスさんだって。ドレス試着したときの美しさ、はんぱなかったですよ? 声もむちゃくちゃきれいだし、そのまま歌い手デビューできるんじゃないかなって思っちゃった……」


「ぼぼぼぼぼ僕が歌い手!? 無理ですって!!」


「なんでですか?」


 レンに見上げられると、僕は言葉に詰まってしまう。

 いくらでもごまかしようはある。

 でも……。

 あんまり、ごまかしたくない。


 僕はジョッキを置いて、心を決めた。


「……僕、跡取りなんです」


「ああ……」


 僕が真顔で切り出すと、レンはうめいた。

 僕は続ける。


「父も母も僕が後を継ぐと思ってるし、実際そうしなきゃなりません。ほんとに古い家なので、家を継げなかったら勘当って感じで……。で、両親は家を継ぐ人間は威厳ある男子じゃなきゃいけないと思ってます。この『威厳』っていうのは、肩幅が広くて、背が高くて、声が低くて、男らしい服を着こなしている、ってことです」


 あと、もうひとつ。

 人殺しが上手いってことも、『威厳』に含まれるけど。

 僕は心の中でつけたす。


 話しているうちに、レンは起き上がっていた。

 真剣に僕を見つめる目。嬉しいな。


 勇気をもらって、僕は語る。


「お前たちの決めた『威厳』なんかどうでもいい、僕は僕だ――って言えればいいんですけど、言えない事情もあって。異母兄がいるんですよ、僕。兄は、見るからに跡継ぎにふさわしいタイプなんです。ただ、母親の身分と、片目が悪いせいで、僕に仕える立場になってしまっていて」


「アレックスは『僕のほうが兄さんより跡継ぎに向いてるよ』って、周りにアピールしなきゃならない、ってことですか?」


 レンが静かに言う。

 僕はうつむいて、苦笑した。


「それもあります。でも一番は、兄を安心させてあげなきゃならなくて。兄の立場になったら……自分よりできない弟に仕えるのなんか、苦痛でしかありませんから」


 そうだ。僕は兄のために、威厳ある魔族でいたい。

 だけど、できてない。

 多分、ずっと、できない。

 兄の赤い目を思い出す。いつも冷たく僕を見て、僕が魔王にふさわしいかどうかを判断してる。

 ドレスを着てる僕なんか見たら、兄上はどうするんだろ。


 僕を殺してくれるかな――。


「わかるゥ!!!!!!!!!!」


「え?」


 いきなりの大声に、僕はびくっとする。

 周囲からも視線が集まるけれど、気にせずレンは叫んだ。


「俺は一人っ子だけど、親と幼なじみがそれ!! マジなんなんだよなあ!?」


「れ、レンさんも、何か……?」


「何かあるよ! めちゃくちゃある!! うちは周りが武闘派すぎんだよ! 脳筋。なんでも殴りゃあそれですむと思ってんだよ。うちの親父とかさ、俺が何か相談すると、俺のこといきなり殴るわけ!!」


「ええええ、ひどいですね!?」


「ひどいだろ!? 俺が殴られて気絶して、目が覚めると、目の前に青空を背負った親父がいてさ。『僕の気持ち、伝わったろ?』とか言うわけ。そんなもんで伝わるか、ボケ!!!!!!! 拳で伝わるのは痛みだけじゃ!! って内容を幼なじみに愚痴ったら、『あのお父さんに拳をもらえるとか、名誉でしかねえな!!』とか言いやがって、あいつら完全に同類なんだよ!!」


「それはさすがに許せないです!! なんのために言葉を覚えたんですか、そのひとたち!?」


「そう言ってくれるの、アレックスだけだよ!!」


 くしゃっと顔を崩して、レンが笑う。

 僕はとっさに彼の手を握りしめた。

 レンも、強く握り返してくれる。

 あったかくて、大きな手だ。他人に触るのが嬉しい、と、初めて思う。

 僕はレンの手を握り返し、彼の目をじっとのぞきこむ。


「これから何があるかわからないけど……。僕でよければ、何があっても、レンさんの味方でいるから、ね」


「アレックス……」


 レンの手に力がこもる。頼りにされてる、と、思う。

 このまま泣いちゃうかな、と思ったけど、レンは泣かなかった。

 泣かずに僕を見て、言う。


「俺も、アレックスの味方でいると誓う。君の体、君の心、君の名誉。すべてを脅かす者は、俺が許さない」


 強い言葉だった。きらきら、きらきら。

 まただ。

 彼の姿がひどく輝いて見えて、僕は……僕は、しあわせだった。


 レンがどれだけいい奴でも、魔界まで僕を助けにくることはできないだろう。

 でも、いいんだ。

 言葉だけでいい。

 誰もくれなかった宝物をくれた、レン。


 このとき、レンは、僕の一生の親友になった。

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