見つかった見つかった見つかった見つかった見つかった
ドロシーを探すのが日課からドロシーを見つけるのが日課になって数週間。これまでには無いくらいの成果が上がるようになった捜索活動は控え目に言っても大成功と言えた。だが、山のように見つかるドロシーに僕の心が耐える事は難しかった。
「くそ……! まさかこんなにドロシーが見つかるなんて……!」
ドロシーが見つかり過ぎた時の事を考えていなかった自分の用意の無さが腹立たしい。なんとかちょうどいいくらいのドロシーが見つかるようにはできないものだろうか。週に一回程度でいいのだ。月に一回だとこのまま見つからないんじゃないかと不安になるし、毎日だと心が耐えられない。
「なんでだよ……なんでこんな……!」
「それで私は思ったんだよ、水だけでも長時間煎じていれば火を使うのと遜色ない紅茶が飲めるんじゃないかって。だけど十分にエキスが染み出すまでに相当な時間が必要で、結局飲みたい時に飲むという目的にはそぐわない結果になってしまったんだ」
台地で紅茶を飲みながら、頭を抱える。最初に情報を得られた時は自分が人探しの天才かとも思ったが、とんだ誤りだった。真に巧者たる者は自分のキャパシティをオーバーするほどの捜索対象を決して見つけないだろう。上手く必要なだけの分のドロシーを見つけられてようやく名人と言えるのだ。
「なんとかドロシーを上手く見つけられないものだろうか……」
「ん? なんだまだ見つかってなかったのか」
空のコップに追加の紅茶を注ぎながらなんとか心を落ち着ける。そもそもドロシーは探せば見つかるようになったんだから、見つけるかどうかはこちらで選べる訳だ。では捜索のペースをこちらで調整すればいいという事か? だがドロシーを問い詰めて世界を救うという目的があるのに、手を抜くなんて許されるのだろうか。僕は罪人だ。罪人はまわり続けなければならないのだ。
「どうすればいいんだ……どうすれば上手く……!」
「ははは! そもそも会った初日に見失ったのが全ての原因って事さ。私だったら宿についていくくらいの事はしたけどな」
考えすぎて頭が痛くなるが、それでも考えが進展する事はない。僕は答えの見つからない袋小路で紅茶を注ぎ続け、そばの棚にあるカップを手当たり次第に消費していった。紅茶の入ったカップもドロシーも、僕が動けばそれに従い増え続ける。だがその増えた数がもたらすものは何一つだってありはしないのだ。
「町の使い捨てはもうやめだ」
人気のない石畳の街路に降り立ち、僕は宣言するようにそう呟いた。
「これからは一人一人のドロシーを大切にする。一期一会のつもりで、ドロシー一体一体を深く洞察するんだ」
これまでの僕はドロシーが見つかり過ぎるあまり、意思疎通に失敗した時点ですぐに諦めてしまう傾向があった。だが考えてみればそれはあまりに贅沢な考えだ。ドロシーはたくさん見つかるから良いが、普通は大切なものほどたった一つなんだ。たった一つに真剣に向き合っていなければいつか必ず後悔してしまうんだ。
「最初からやり直しだ。最初のドロシーから徹底的に再調査してやる」
そう言い、僕は目の前の宿へと歩き出した。あの日情報提供者に連れられ、ドロシーと引き合わされた宿だ。
「ふう……大丈夫だ……今度はとことんまで……」
二階の部屋の前で早る気持ちを落ち着ける。今度は対面してちょっと会話を試みるだけなんて事にはしない。たとえここで意思疎通できなくとも、可能な限り付きまとってその秘密を探ってやる。
「ドロシー! また会いに来たぞ、出てこい!」
決めた覚悟のままに勢い込んでノックする。自らの威勢の良さに呼応するように心臓がドクンドクンと跳ね始めた。中から近付いてくる足音。特に勿体ぶるような事もなく目の前のドアが開く。
「おう? なんだあんた」
「あ、いや……間違えました~!」
現れた旅人風の男に、曖昧な愛想笑いで誤魔化す。やはり既に他の人間が泊っていたか。なんとなくずっとドロシーなんじゃないかとも思っていたが、まあ何日も前の事なのだから当たり前だろう。
「えーと、そちらにドロシーという方はいらっしゃいますかね?」
「いねーって。俺一人だよ」
「あ、あははすいませんね。なんか窓から彼女の帽子が見えたような気がして~」
いちいち全部話すのが面倒で、適当な説明をしてしまう。直前の大仰な覚悟のせいで変な気まずさが生じており、早くここから去りたいという気持ちが前に出ていた。
「窓って、あの窓か?」
そう言って彼は怪訝そうに窓を
窓は天井スレスレの高所にあった。目算で床から2.2m……前に来た時は気付かなかったが、あれは開けたり閉めたりするものではない採光のための窓だ。もともと物置だった場所を改装でもしたのだろうか。
「あんな窓に何も写らねーと思うけど」
「い、いや、でもドロシーは見上げるほどでかかったしあの高さにだって」
「はあ? そんなやついるわけねーだろ」
もういいよなと言わんばかりにドアがバタンと閉められる。確かにドロシーは僕より背の小さな女の子だが、あの時は見上げるほどの背丈だったんだ。静かな廊下に閉め出されると世界に一人だけで立っているような気にさせられる。
僕は何かの気持ちに急かされて階下に降りて行った。いるわけないという当たり前の常識の言葉が変に胸に引っ掛かる。彼はドロシーについて知らないからそんな事が言えるだけだけだし、ノウィンの村人が似たような事を言っていたのもあの女がこそこそ隠れていたからに決まっているのに。
「またどうぞ~」
こちらの顔も見ずに宿屋の主人が適当な声を掛けてくる。僕はそれに沿って外に出たりせず、カウンターの前に立った。
「あ、あの! 最近ドロシーという女がここに泊まっていませんでしたか!」
「ドロシーさんですか? ちょっと待ってくださいね」
頬杖から仕事モードへと即座に切り替わり、主人は宿帳をめくり始めた。手際のよい手捌きをそわそわしながら見つめるこの状況は胸の奥に既視感を生じさせる。
「泊まってないですねえ。少なくともここ数ヵ月ではね」
心臓に嫌な衝撃が走る。ふらついて膝をつきそうになるのを、カウンターで支える事によってなんとか体勢を保った。
「いや……まあ、でも、ドロシーって名前じゃないかもですしね」
へらへら笑いながら確認のようにそう口に出す。そうだ、僕から逃げ続けるドロシーは当然偽名を使っている可能性があるんだ。この程度の確認で何かがわかる訳も無い。
「僕より小さい背丈の魔法使い……いや、とにかく僕と同世代の女性が泊ってませんでしたか?」
「あー、まあそりゃ何人かは」
「はは、ですよね」
主人の言葉を聞いて気持ちが納得する。やはりドロシーがここに泊まっていたのは間違いないだろう。なんならチェックインチェックアウトだけ別の人間を使えばもっと多くの情報を誤魔化す事も可能だし、ノウィンの宿の事も案外それが真相だったのかもしれないな。
いやそもそも考えてみればドロシーは世界と同規模の存在であり、現実を蝕もうと今も広がり続ける特異点なんだ。宿帳に載ってるだの載ってないだの、何故僕はそんな細かい事が気になってしまったのだろうか。ドロシーはどこにでも存在し、そしてどこにも存在しない、ただそれだけの事じゃないか。だからドロシーがここにいた事もいなかった事も不思議に思う必要なんて何もありはしないのだ。
世の摂理を思い出した僕は適当に主人に礼を言って踵を返した。ドロシーは異様の存在だ。あちらは人間の都合など関係無しに動いているんだから、僕が会いたい時に会えるなんて事は無い。大丈夫、これはあり得る事態なんだ。僕は安心して宿の出口へと向かう。
だがそこで日の刺す土を踏もうとする足が直前でピタリと止まる。何かが気になって、何の気なしにとでも言うように、目の前の開放感とは違う別の何かに意識が向く。
「あの」
振り返って声を掛ける。頬杖に戻りかけていた主人がまたこちらを向いて返事をする。何故か肌の上に汗が滲んでくる。ただのついでの一言がやけに喉に引っ掛かって出てこない。
だめだ、聞くな 聞くな
ドロシーはもうそういうものなんだ。
神秘的で怪しくて同時に何人もいて世界中に遍在して、つまりおかしいのはドロシーって事なんだ。
そういうものとして納得しかけている僕がいるんだ。
だからもういい。これ以上考えなくていい、また次のドロシーを追い続けていれば、ただドロシーの異様さにだけ怯えていればそれで僕はそれで
「
乾いて上手く動かない舌で質問を投げかける。発した声の抑揚の無さは自分で言葉として聞き取りがたいほどだったが、主人は気にせずに宿帳をめくり始めた。
「ロブって人が泊ってた記録も無いですけど」
愕然。
軽い調子で告げる主人の言葉を耳に入れた瞬間、世界の全ての音が遠くなり、気付けば宿から駆け出していた。
ロブ。僕にドロシーの居場所を教えてくれた男。C級の冒険者。爆炎のなんとかってパーティで戦士をしている。気の良い親切そうな男。
目の前の両開きの木のドアを押し開け、息を切らせながらギルドへと辿り着く。職員や酒場の客が一瞬こちらを見るが、それに構わずにまっすぐ受付へと向かう。
「いらっしゃいませ、本日はどのような……」
「ロブって男を知らないか! ロブってやつに会いたいんだ!」
受付の言う事を遮って勢い込んでカウンターに身を乗り出す。受付は少し面食らいつつもすぐに穏やかな表情に戻って姿勢を正す。
「ロブという名前の冒険者の方ですか? 所属パーティの名前などはおわかりでしょうか」
「Cランクのやつだ! たしか爆炎の彼方ってパーティで戦士をやってるはず!」
食い気味に覚えている限りの情報を伝える。受付はにこやかな顔を崩さない。
「私の知る限りでは、この町にそのようなパーティはありません」
予定調和のような返答。僕をドロシーに引き合わせた冒険者の痕跡が何故か存在しない。普通に会話して普通に町の中にいた人間が何故か存在しない事になっている。まるで特異点たるドロシーの痕跡が存在しなかったように。
「なんで消えているんだ……」
呆然としながらそう呟く。受付は困ったように首をかしげていた。
「えっと、Eランクにならロブさんは2人いらっしゃいますが、パーティ名も
目の前の受付が別の受付に尋ねるが、当然のように首肯されるだけだ。僕が知り合ったこの町で活動中の冒険者を少なくともこの町の冒険者ギルドは知らない。
「いないはずないんです! 他の人にも聞いてくださいよ!」
「申し訳ありませんが、この町にはいらっしゃいません。Cランク以上ともなれば間違いようがありませんので」
なしのつぶてで突っぱねる受付。だがこっちはこんな事では引き下がれる訳がない。
「情報提供してもらったんですよ! ドロシーの捜索依頼で実際に彼に会ったんです!」
「尋ね人の依頼ですか? ドロシーさんって人を探す依頼は無いような……」
「もう完了してるからですよ! 彼の情報で見つけたんだから当たり前でしょ! 今は別の町のドロシーを探してる所なんです!」
「はあ?」
今まで柔和な態度だった受付がはじめて眉根を寄せた。他の職員も僕の方を見ながらひそひそと小声で話し始める。彼らの視線はまるで社会の異物に向けられるそれのようだ。
何でだ、何で……
調べれば調べるほど、世界がどんどん遠くなっていく気がする。まるで最初から全てが幻だったかのように。何も無かったかのように。
そんな訳がないじゃないか。だったら僕はどうやってドロシーを見つけた事になるんだ。
気付けば黙りこくっていた。木のカウンターを見つめて必死に頭を動かして、それでも答えなんて出るはずもなくて。そうやって悩んでいると目の前の受付が溜息をつき、呆れたような顔で口を開く。
「あなた、そもそも本当に
追い出されたギルドの入り口で呆然と立ち止まって時を過ごす。入っていく冒険者たちがやや邪魔そうに視線を向けてくるが、彼らに親切な位置に移動する気力も湧いてこなかった。
なんで誰もわかってくれないんだ。何から何まで僕の体験が否定されていくのは何なんだ。僕はノウィンでドロシーに会ったじゃないか。ちゃんとした書類、ちゃんとした料金、ちゃんとした似顔絵を持って正式に捜索依頼を出したじゃないか。色んな町で情報提供者が出てきて、その度にドロシーに会う事に成功したじゃないか。それが全部無かっただって? 誰も証明できないだって?
もしかしてドロシーだけじゃなく、ロブの言ったことが全部嘘だった? ロブがドロシーと同じように僕を騙していた? ロブとドロシーがグルだった? じゃあ他の全ての情報提供者もドロシーとグル? 同じように僕を騙している? 世界中で?
「そんなはずはない、そんなはずはない、そんなはず……世界中で全てなんて、そんな、そんなはずが……」
空の上でぶつぶつと呟きながら、眼下の町に降り立つ。人通りの無い目立たぬ路地を進み、カビの目立つ茶色のドアを勢いよく開ける。二人目の情報提供者にドロシーが住んでいると教えられた家だ。前はそこを開けるとドロシーがいた。
「は?」
「なにこいつ?」
「誰だ?」
家の中には八人ほどのガラの悪い男女がだらしない姿勢で机を囲んでいた。たばこの煙が部屋に充満し、カードやボードを使ってゲームをしているようだ。
「ドロシーは……ドロシーはいないか」
「はあ? 誰?」
「なんで俺らのアジトにドロシーちゃんがいんだよ」
「前に連れ込んだ女か? 名前とか覚えてねーって」
「ぼうや、女欲しいならあたしんとこ来な! 金貨10枚でいいよ!」
「おめー、銅貨の間違いだろ」
くだらないジョークに下品な笑いが沸き起こる。自堕落に時間を潰すアウトローな風貌の男女達。ドロシーが住んでいるなんて思えない。僕はそれ以上何も告げずにドアを閉めた。
「ドロシーはいないか!」
かつて三番目のドロシーに会った家のドアを叩き、勢い込んでそう叫ぶ。返事は返ってこない。かつてはここにドロシーがいた。
「いるんだろサイモンさん! ドロシーの事をもっと詳しく聞かせてほしいんだ! 今どこにいるか教えてほしいんだ!」
ノブをガチャガチャ鳴らしながら、かつて情報提供してくれた人物の名を叫ぶ。彼はこの家の主人で、あの時はこの場所にドロシーを呼び出して会合をセッティングしてくれた。ドロシーとは古い付き合いで、彼女の父親とも面識があるらしい。
「おいサイモンさん! いるんだろ出てきてくれ! みんな僕の言う事がおかしいって言うんだ! 僕がドロシーと会ったって証明してくれないか!」
力加減がおぼつかなくなりながらもドンドンとドアを叩くのを繰り返す。なんとか情報提供者に合わないといけない。ドロシーがいたって、情報提供をしたって、ただそれだけ言ってくれればそれでいいんだから。
「ちょっとちょっと君、何してるの! そんな風に叩いちゃ駄目でしょ!」
声の方に振り替えると、そこにはやや恰幅の良い40代くらいの男性がいた。サイモンさんではない。彼は慌てたように駆け足でこちらに寄ってくる。
「ここは空き家だよ! そんな風に呼びかけたって誰も出てきやしないってば!」
素性も明かさず藪から棒に意味の解らない事を言い始める男性。空き家の訳がない。空き家なんておかしいから空き家の訳がない。
「ここはサイモンさんの家のはずです! サイモンさんがドロシーをここに呼んでくれて、それで僕は彼女と話をしたんですよ!」
「だからここは私の所有してる空き家だって! ずっと買い手がつかなくて誰も住んでないんだよ!」
「そんな訳が無い! サイモンさんが住んでいないはずがない!」
彼はやれやれと息を吐きながら、黙ってポケットから鍵を取り出した。彼がその鍵を差し込むと、解錠されてドアが開く。
「ほら、ここは見ての通り誰も住んでないだろう。そのドロシーさんとはこんながらんどうで会ったのかい? 違うだろ?」
言われた通り、家の中には家具一つ存在しない。サイモンさんが生粋の家具嫌いだっただけではないのか。僕は当時の光景を思い出そうとしたが、頭に浮かぶのはドロシーの顔だけだった。
「まったく、ドンドン音がしたから何かと思ったら……」
そう言い、彼は二つ隣の建物へと入っていった。よくみれば似たような家が建ち並んでいる。ここら一体の家は彼が売っているのだ。
「なんでだよ……なんで消えてしまった……」
お前らはドロシーじゃないだろ。ドロシーでもなんでもないただの普通の冒険者やおじさんじゃないか。ドロシーじゃないなら消える理由なんて何もないはずだし、ドロシーじゃない人間がそんなにぽんぽん消えてしまうとすれば、じゃあ
世界に教えたはずだ。僕は世界にドロシーを教えたはずなんだ。だって皆が知らないって言ったから。だからそのおかげでみんなドロシーの事を認識しだして、ドロシーを見つけられるようになったはずなのに。なのになんでいつの間にか最初に戻っているんだ。なんで
「もしかしてあいつらもドロシーだったんじゃないかな……」
ドロシーがドロシーの姿だけをしているとは限らない。情報提供者のあいつらが突然消滅したのだって全部ドロシーだと思えば説明がつく。理屈の通らない所を全部ドロシーにしてしまえば、今まで悩んできた事の全てが驚くほど簡単に解けてしまう。
「初めから全部ドロシーだったのかもな。思えばノウィンで冒険者を目指していた頃から既にドロシーだったのかもしれない」
人生の答えに辿り着いた僕はハハハと声を漏らす。僕は冒険者ギルドのトイレにいた。そうだ、過去のドロシーは諦めて新しいドロシーを調べる事にしたんだった。今日も4、5件の情報が集まるだろう。早く用を足して、受付に確認しにいかなければいけない。備え付けの水を流してズボンをはき直すと、後ろの個室が開く音がした。
『@@@@@@@@XXXXXXXXXXXTTTTTTTTTMMMMMMMPPPPPPPPP』
肌が泡立つ。
日常は突如として侵食される。それは望む時には決して現れず、望まぬ時には既に傍らに立っている。
もはや鼓膜の一部として癒着したようなその音が僕を動けなくしていた。後ろ。今、後ろが
「うわああああああああああああああああ!!」
弾かれたようにトイレから抜け出す。顔を決してそちらに向けず、全速力でドアを潜り抜け、フロントまで逃げ延びる。
「はあ……はあ……はあ……!」
息を切らしている。汗をかいている。動悸が止まらない。人ごみの中にいるのに、その一員である気がしない。他の人間の顔が見えない。奴らが世界の何を見て何を感じているのかが想像できない。
「あ、ライトさん」
声の方を振り向く。ギルドの受付。にこやかな顔でこちらを見つめ、背筋を伸ばしている。
「
穏やかに告げられたその言葉。他の誰も気にせず通り過ぎていく。日常の一幕のように僕以外の誰もその言葉を気にしない。
「え?」
聞き返すようにそう声を漏らしたのはまずかった。受付は変わらぬ顔で微笑んでいる。僕は目を逸らすべきだった。
「
止まらぬ汗が肌を濡らし、頭も体も霧中のように働かなくなる。こんな簡単な言葉の何もわからない。後じさりする。靴の横に水滴が一つ落ちる。
「
僕は逃げ出した。人目なんて気にせず全速力でギルドの外へと飛び出した。目の前に道が続く限りひたすらに走り、目の前に何も存在しないように必死に目に映る全てを後方へと追いやっていった。自分が飛べる事なんてもはや忘れていた。
僕はなんてものを開けてしまったんだ。探さなければ良かった。探して見つかるものだと思い込んでいた。探さなければ見つからないものだと安心していた。
今はもう探さなくてもドロシーだ。いついかなる時も、目に映る全てが同じくらいドロシーだ。
僕がドロシーから離れられる事はもう 無い
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