止まらない胸騒ぎ

 今日も今日とて冒険者達の怪我をヒールで治していく。冒険者達はマリアがいた時の感覚で治療を受けに来ているので、何も考えずに全て回復していると不自然に稼いだ金が多くなったりしてしまう。今日は間違えてやってきたA級冒険者の魔力を間違えて全快させてしまった。


「ライト君……君、ほんとに元B級かい? これだけの聖魔力があるとは……」


「先生、もしかして計器が狂ってるんじゃ?」


「いや……ははは……」


 疑問そうに話し込む先生と助手の言動を適当に流して、診療所を後にする。後を任されるローザおばさんも聞こえてくる内容に目をぱちくりさせている。


 どうもあれ以来諸々の仕事が雑になっている。気が付けばノウィンから出ていったマリアの事、それが村に与えた影響の事についてばかり考えてしまっている。


 マリアはこんな僕なんかに好意を寄せてくれていた。なのにその彼女に僕が与えたものは傷だけだった。罪を背負い続ける事への途方の無さを悟った僕は、せめて彼女の事を幸せにするべきだったのに。なのに初志の勢いを失ってなお、僕はステラへの罪を抱え続け、マリアと手を取り歩む事を拒絶した。


「何が今でも好きだよ……言えた義理か……」


 改めて彼女が消えた村を見る。別に目立った変化がある訳じゃない。マリアは村の運営方針に関わるような立場では無かったし、復興の鍵となる人物でもない。


 だが少なくとも彼女は村の人々に愛されていた。彼女に言葉を教わる子供は嬉しそうだったし、診療所にやってくる疲労困憊の冒険者は何処か気力に溢れていた。なのに僕がこの村にいたばかりに、それらは全て無くなってしまったのだ。


 ぶしつけな視線は好奇から来るものばかりではないだろう。視界の端に人が映る度にその目が僕の方を向いているような気がしてしまう。気のせいと思うにはこの身の罪業は膨れすぎている。村に戻って以来、往来を歩く事がどんどん苦手になっていく。


「あっ……」


 思わず声が出てしまう。視線の先にジョシュアがいた。声が聞こえる距離ではないが、冒険者ギルドの前でギルド長と話をしている。


 ジョシュアは僕に気付いた様子で一瞬こちらを見たが、すぐにその鋭い目つきをギルド長へと戻した。ただそれだけの事で僕の想像力はあらゆる暗い場所へと蔓を伸ばし、去りながらの視界は自然に地へと落ちてゆく。


 ジョシュアは彼女ら二人が出ていった事についてどう思っているだろうか。太陽の絆はもうほぼ崩壊したようなものなのだ。


「考えても解らないよな……あいつは急に追放するタイプなんだから」


 抱え込むところのある男だ。何か思う所はあっても、言える義理はないと思っているのかもしれない。パーティから追放された人間がパーティを崩壊させたとして何を責められるだろうかと。実際こちらだって何か言葉が浮かんでくる訳でもなく、向こうに届けられたのは視線までだった。元々悪かったジョシュアとの関係が更に悪くなっただけと考えれば、僕が抱えている問題の大きさからすれば案外大した話ではないと言えるかもしれないが……。


「だが、話はそう簡単ではないんだ」


 問題はジョシュアがどれだけ今回の件について把握しているかという点だ。


 マリア達が村から出て二人旅をする……それは太陽の絆から明確に抜けるという事だ。その事について彼女達がジョシュアやガンドムに一切何も話さずに出ていくなんてことは考えられない。マリアは何処まで話したのだろう。ジョシュアは何処まで探っただろうか。


 いや、ジョシュアだけじゃない。今回の件についてマリアがパーティ外の第三者に相談していないとは全く限らないじゃないか。今の僕は村内では火遊びの当事者という立ち位置だが、それだって全ての人間がその程度に思っているのかどうか。


 好奇の視線であればいい。やっかみや侮蔑の視線であればそれでもまだ。だがふとした瞬間、数多の視線の内の一つがすっと心臓の奥にまで入り込んだような感触を覚える事がある。彼らはまだ僕を人として見ているか? 一体どれくらいの村民が僕を今まで通りに見ている? ジョシュアは? ガンドムは? 診療所の人間は? 村の子供達は?


 今回の件が全て終わったのだとなかなか思えない……胸騒ぎは日増しにどんどん大きくなっている。ギルド本部の二人組だって本心では何を考えているか解ったものじゃないし、ただ大人しくしていれば隠れられるなんてのはもはや都合の良すぎる想像だろう。僕はもう既にノウィンでいくつもの事をしでかしているのだから。


 そうだ、今も誰かが僕の事を考えているかもしれない。隣の誰かが事件の事を調べているかもしれないのだ。考えれば考えるほどに孤児院へと向かう足は速くなる。できるだけ誰にも僕を見かけてほしくない、何にも思い当ってほしくない。もはやパズルのピースは確実に村内に揃っている。あとはそれを全て集める人間が現れるだけで僕は……。


 そんな僕のざわつく心に呼応するように、一陣の風が唐突に正面から僕の横を通り抜けた。気付けば目の前の人通りが無くなっている。孤児院へと続く道が見通しよく開けている。そして


「あの子……」


 魔法帽を被った冒険者風の少女が森の近くに立っていた。先日のように周囲をキョロキョロとうかがいながら、明らかに森の奥を気にしている。帽子の隙間から垣間見えるその少し真剣な表情に否応なく胸騒ぎがかきたてられた。


 彼女はある程度の確認を終えると、意を決したように木々の間をすり抜けて中へと入っていった。目指す先は前と同じ、僕とステラが最後に出会ったその場所……やはり方向的にはそれにかなり近い場所としか思えない。


「何なんだよ……一体何が気になるってんだよ、こんな森に……」


 変に急ぎだした心臓がドロドロとした嫌な血液をしきりに全身へと送り出していく。ぶつぶつと言い掛かりを落とし続けるだけでは今も森の奥を目指す彼女を止める事はできない。


「ふざけるなよ……」


 僕は速足に孤児院を目指していたその歩みをすっと緩めると、先の彼女と同じように周囲の視線をキョロキョロと確認した。そして誰も見ていない瞬間を確信できた所で9999の速さで村内を離脱し、森の中へとその足を踏み入れたのだった。

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