どういう事なんだよ!
ノウィンの村をできるだけ急いで駆け抜ける。全速力が出せないのがもどかしい。いちいちどんな時にだって自分を隠すしかない己に相変わらず嫌気が刺す。
「どういう事だよ……どういう事なんだ……」
口に出せば出すほど白々しい独白。それでも何かに問いかけずにはいられず、走りながらぼそぼそと無意味な疑問を抱き続ける。
ようやく孤児院に辿り着くと、入り口のドアを勢いよく開けて食堂へと向かう。すれ違う廊下の子供達がビックリしてこちらを見るが気にしている余裕は無い。
「ライト!」
食堂に入ると院長に声を掛けられた。部屋から出てきたのかとでも言いたげだが、今はそんな事に構ってはいられない。既に食事の時間も終わっているらしく、他に人はいなかった。
「院長、アナスタシアは!? アナスタシアは何処にいるんだ!」
「なんだって? ……あんた、ちゃんと話をしたんじゃないのかい?」
話なんて聞いていない! マリアが出ていく事なんて誰からも聞いていないし知らなかった!
「アナスタシアに話を聞きたいんだ! 何処にいるか教えてくれ!」
すがるように必死に院長に訴える。とにかく一秒でも早く今のこの状況をハッキリとさせたかった。
「アナスタシアは村を出たよ」
衝撃が走る。アナスタシアが村を出た? アナスタシアさえもう村にいない?
把握できていない現状に更なるわからなさが重なり、次に発するべく言葉すら思いつかなくなった。少なくとも彼女が事情を教えてくれると思っていた僕はその事実を知って数秒完全に思考が止まってしまう。
「パーティの仲間のマリアさんと一緒にね。ほんとに何も知らないのかい? ライトに挨拶してから出ていくって言ってたからてっきり……」
挨拶だって? そんな事された覚えが無い。そんな記憶なんて全然……
いや待て、記憶ならある。アナスタシアと夜のノウィンで会話をしたあの記憶。まさかあれは夢じゃなかった? 夢じゃなかったとしたら一体いつの事だ? 何処までが本当なんだ?
「ああ……それでなのかねえ。あの子がライトに渡してくれってこれを残していったのは」
そう言い、院長はポケットから取り出したものを僕に差し出す。丁寧に折りたたまれた一枚の紙だ。僕はその上等な質感の白をじっと見つめていた。
「アナスタシアからあんたへの手紙だよ」
◇◇◇◇◇◇
黙って出て行ってごめんなさい。
私はマリアと一緒に旅に出ました。
帰る予定の無い長い旅です。
マリア一人だと大変なので私もついていく事にしました。
きっともう皆と会うことは無いのだろうけど、
でもこれがきっと一番良い選択なのだとマリアは言っていました。
私も少し寂しいけど、今は前を向いて進んでいきたいと思っています。
あの夜、本当はこの事も言おうと思ってました。
ちゃんとさようならをしなきゃと思っていました。
だけどライトはもうずっと答えの出ない事に悩んでいる気がして、
結局は言えませんでした。
言えなくて傷付けてしまった事もあったけど、
言った言葉が引き起こしてしまう事もあったから。
私が勝手な事をして迷惑を掛けてしまうのは
もう最後にしようと思いました。
ライトの正直なマリアへの気持ちを教えてくれてありがとう。嬉しかったです。
今のマリアが聞いても辛い事かもしれないけど、
でも誰かがちゃんと知っていなければならない事だと思いました。
それはきっと私の役目なんだと思います。
だから今は私がマリアのそばにいようと思いました。
マリアが元気になるまでそばにいてあげて、
それでいつかまた笑顔を見せるようになったら、
その時にそっと最後のトゲを抜いてあげられたらいいな。
まだ悲しい事もあるかもしれないけど、なんとかそばで頑張ってみます。
だからマリアの事は心配しないでください。
最後に、パーティを追放してごめんなさい。
だけどそれでもまだ一緒にいてくれて嬉しかったです。
PS
あなたはマリアを傷つけたと思っているかもしれません。
だけどそれ以上にたくさんの暖かいものをくれました。
あなたのしてくれた事、あなたとの思い出はきっと
彼女にとってずっと憶えていたい大切なものだと思います。
だからあまり気に病まないで。自分が悪いと思わないでください。
私から見ればあなたも十分辛そうにしていたから。
あなたが何を抱えていたかはわからない。だけどあなたの事はちゃんと私が知っているから。
◇◇◇◇◇◇
様々な感情が胸に吹き荒れていた。
驚き、疑問、喪失感、そして何かに対する信じられないといった気持ち。手紙には何の恨み言も書かれていなかった。それどころか、僕を安心させようとただそれだけの目的のためにこの手紙は書かれている。その全てが合わさり彼女達への強い感情となり、膝から崩れ落ちる。
「何でだよ……何でこんな事になってまで……」
感情が複雑すぎて自分でもこの身がどうなっているのかわかっていなかった。苦しんでいるのか、悲しんでいるのか。院長が僕の肩にそっと手を置くと、滲む視界から雫がすっと滴り落ちた。
涙か。そうか、僕は泣いているのか。僕の肩に手を置く院長はそれが別れの涙だと思ったかもしれない。実際僕の心の中にはその気持ちも強くあった。今更何も言えた立場じゃない僕がそれでもまた一目会いたいと思う気持ち。
僕はその手紙に書かれた文字を見ながらずっと泣いていた。ずっと、その形の良い丁寧で綺麗な文字を見ながら。
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