遭遇、予想外
僕は酒場を目指してノウィンを歩いていた。ただ歩くだけでもマリアやアナスタシアがいないかと気が気ではなく、視線はキョロキョロと辺りを見渡している。この時間帯には二人はいないだろうという事はわかっているが、確認した次の瞬間にはまた視線が同じルートをさまよっている。
「……何だ?」
何度も首を巡らせた所でマリアやアナスタシアの姿が見える事は無かった。だがその一方でなにか普段とは違う違和感を覚える。
なんとなく
僕は多分三日寝ていた。ならばその三日で何かが起こっている。少なくとも村民の僕の見る目を変えてしまうような何かが。
……もしかしてもう全てがばれているんじゃ?
マリアはほぼ真相に辿り着いていた。どういう流れにせよそれが他の人間にも知れ渡ってしまったとすれば、その推理を補完する人間が現れてもおかしくはない。ライトがステラを殺した。ライトは殺人者。すれ違った村の皆がそう思っていたとすれば……。
いや違う、違う。そんな訳が無いじゃないか。
額から一つ汗が滴ったところで、かぶりを振る。
もしも僕が殺人者だとばれているならこんな生ぬるい空気で済むはずがない。怒りに燃えた村人たちはもっと直接的で激しい感情をこちらに向けているだろうし、なんなら一言くらいの罵声が飛んできても不思議ではないはずだ。だからこの空気はそれ以外の何か……あるいはただの勘違いだろう。
単純に僕が三日寝ていたという事が村で噂になっていただけかもしれない。久しぶりに顔を見せた僕の事を珍しそうに観察していただけなのかも。挨拶だけで誰もそこに触れてこない事についてはやはり謎だが、そう考えて無理矢理納得するしかない気がする。
結局酒場で目一杯の蒸かし芋を買ってから外に出ていく間も、その空気は僕の周りに付きまとい続けていた。僕自身の神経が過敏になっているだけなのだろうか。振り払うように袋から芋を掴み、空腹感のままに齧った。
「あらあ!? ライト君じゃないの! 起きてきたのねえ!」
気を緩めて咀嚼し始めた途端に差し込まれたその声に、心臓が止まりそうになる。すりつぶした芋を喉に詰まらせかけながらも、なんとか動揺を抑えて声の方を向く。
「あららら! ごめんなさいねえ、詰まらせなかった? でも良かったわ、ずっと寝てるって聞いて心配しちゃってたもの」
横に大きな体躯から発せられる、朗らかによく弾む声。そこにいたのは最近診療所の同僚となったローザおばさんであった。
「もう体は良いのかしら? うんうん、ちゃんと歩けるみたいだし問題無さそうねえ」
「それは……まあ……」
僕の肩をぽんぽんと叩きながら体調の正常を突き付けるローザおばさん。三日の空白を仮病と診断されているような気がして、なんだか心がもやもやする。
「ねえライト君、そろそろ診療所に顔を出せないかしら? 先生も来てほしいって言ってたわよお」
「え、いやそれは……その……」
マリアと顔を合わせづらくてもうずっと診療所の仕事は無断欠席している。それの何が解決した訳でもないのに、そろそろもクソもあったものではない。
「うん、その年頃だと色々あって悩むのはわかるわよお。でもお願いよう、ライト君にも手伝ってほしいのよう」
「……悪いですが、そんな気分にはなれません」
そんな風に『色々あって』の中に混ぜ込んで誤魔化せるほどの小さい悩みであればどれほど良かったか。僕だって年相応のレベルで悩んでいたかった。
「もう僕の事は当てにしないでください。僕は何かの役に立てるような人間じゃないんです」
「そんな事言わないでよお。診療所でヒーラーをやってくれる人も少なくてねえ……お願いよお、村を助けると思って」
僕が断るのも気にせず話を続けるローザさんにイライラしてくる。こんなことをしている間にマリアと鉢合わせるかもしれないのに。
「もうずっと人手が足りてないのよお……だって、マリアちゃんも
あまりに当たり前のように言われ、最初はただ何を言っているのかと思った。何をふざけているのかと。だがそう言う彼女に特にふざける理由も無い事、そしてマリアが
「今、なんて……?」
出てきた言葉はそれだけだった。今朝の村の中でただ一人の間抜けだった男がそれに似つかわしく口を開いていた。
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