光だ。部屋に光が差し込んでいる。


 柔らかい布に包まれながら鳥のさえずりが耳に入るのを感じる。空気中にキラキラ輝く妖精でも飛んでいるのかと思いぼーっと視界を観察していたらやがてそれが日光に照らされた埃だと気付く。


 最初何が起こったのか解らなかった。何がどうなってこの状況に陥ったのかとのたくら思考を巡らせ、やがてここがただの孤児院の自室である事に気付く。


 僕は単に寝てしまったのだ。寝てしまい、そして寝て起きた瞬間に順当な生理現象として目が開いたのである。


「夢を見たな……」


 微かに記憶に残る夜のノウィンにぼんやりと思いを馳せる。少し幻想的で寂しげな世界を歩く自分。あれほど世界を拒絶する意思を固めたとしても、一つ夢を見ればもう目は開いていた。


 いや、何処からが夢だったのか。


 思えばダンジョンで二人と別れてからの体験は何処か全てが夢のようだった。外界との接触を避けひたすら横たわり続ける異常行動。それを良しとして実行してしまう異常な精神。三日以上何もせずひたすら寝続けていたなんて夢と思う方が理屈が通るように思えた。


 ベッドから身を起こし、ふちに座る。


 気分は非常に悪かった。内臓のすわりが明らかに悪く、体全体に渡って感覚に違和感がある。もしも本当に何日も飲まず食わずでずっと横たわり続けていたのだとすれば、この気分の悪さは当たり前の事だろう。


「いや……それも違う……」


 本当の憂鬱はそこじゃない。僕はマリアを悲しませた。


 自傷行為のような空腹なんかとは違い、マリアの心に負わせた傷はもう戻せない。彼女との関係は以降ずっとこのままだし、それを悔やむ心もまた僕の心に永遠に存在し続ける。


 これからもこうして僕の罪は増え続けていくのみだ。普通この世に生まれた人間はいつか死ぬ日を見越し、途中で潰れない程度のペース配分で罪を犯し生きていく。なのに僕はもうそれに失敗しているのだ。これから先何十年もあるって段階で既に立ち上がる事すらままならない。このまま生きて動いていれば、いつか動けなくなってただ苛まれるだけの時が確実にやってくるだろう。


 ではまた目を閉じてしまおうか? せめてこれ以上悪くならないために全ての罪の芽から目を背けているべきか?


 だが何故だかどうしてもそんな気分にはなれない。空になった胃腸がとにかく栄養を取れと体を煽り立てているのがわかる。


 一回睡眠を挟んだ事で僕の憂鬱は現実的な範囲にまで回復・・していた。世界との断絶なんてエキセントリックな行動はもはや選べず、僕の体はマリアとの戻らない関係への悲しみよりも飢餓の苦しみの方を最優先問題として捉えていた。その当たり前の思考に心底失望させられる。僕は空腹を厭わず世界との断絶を選んだ自分に何よりほっとしていたのだ。


「ふふ……食べればいいじゃないかライト。お腹空いたんだろ」


 意味のない自虐と共にベッドから立ち上がる。せめてと抱いた理想の罪人像すら諦め、食事を取るのを決めた。


「今は午後二時くらいか」


 窓から外の様子を確認し、大体の時刻を推察する。いくら開き直るような事を言っても流石に闇雲に外に出る気にはならない。もうマリアとは会えないのだ。


 顔を合わせても何も掛けられる言葉など持たない。会えば確実に彼女の傷を広げてしまうだけだ。ここ数日そうしていたように、彼女と会わないように飲食店まで進む必要がある。


 というかなんなら孤児院の人間ともあまり会いたいとは思わない。三日寝ていた理由を聞かれたって、言える事など何も無い。そういう厄介なイベントにはせめて空きっ腹を満たした後で挑みたいものだ。


 僕は窓をくぐり、外へ下りた。変わらず陽の光に照らされている村の中へと。

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