握手の後は
握手をすれば仲直りというのは結局人間の理屈であって、そこをはみ出した者には適用されないらしい。もちろん最初からそんな事で罪が許されるのはおかしいという思いもある。だがそれを決めるのは僕ではなく相手側だと思っていた。
あれから僕は闇の中にいた。もちろん闇の中というのは主観的な事で、実際は孤児院で寝ているだけだ。単にあれから三日間ずっと目を閉じ続けているという、ただそれだけの事である。
目を閉じていれば寝ていると思われるかもしれないが、僕はずっと起きている。眠いのに眠れない日々を相変わらず過ごし、眠い眠いと思いながら闇の中にじっと横たわり続けている。これが三日続いてあと何日続くのかもわからないが、でもやはり人殺しは外界に接触しない方が良いというのが僕のぼんやりと至った結論であった。
マリアには悪い事をしたと思う。結局全てが中途半端だった。好意を拒絶する事も開き直って受け入れる事もできずに、彼女を一番傷付ける形で関係を破壊してしまった。彼女らを置いてダンジョンから立ち去る時も、マリアに掛ける言葉などこの心は何一つ思いつきはしなかった。
「~~~~~」
何かが聞こえた気がする。おそらく院長あたりが部屋に入って話し掛けたり僕の身体を揺さぶったりしているのだ。
人の声にも大分慣れてきた。最初のうちはいちいちその全てに意識が乱されていたが、今は必要のない情報として流す事ができている。僕が何にも反応しなければこの世界は平和だろう。いや平和ではないだろうが、少なくとも僕のせいで傷付く人はいなくなる。
結局いくらSランクダンジョンを攻略した所で罪の意識が軽くなる事なんて無かった。事実を言えば僕の行いで助かった人間は大勢いるのだが、それは僕の罪とは全く無関係な独立した事象であるように思う。周囲を欺きながらもせめて村民の役に立とうと動いてきたが、それで与えた良い影響よりも僕が傷付けた目の前の人達の事だけがただただ頭に残ってきた。
僕がまともならそれでも大局的に物事を見て魔物を倒し続けるのだろう。だが僕はもうそれが無理だと悟ってしまった。ステラ一人の死が、マリア一人との関係に亀裂が入るのが、これから先色々な人間を傷付けるのが僕にとって何より大きいのだ。さんざ世界地図だ世界平和だのと言って色々な場所を回ってきたが、結局僕にとって世界というのはこういうものだったのだ。
だから僕はこうして何も起こらないようにただ伏している。視界が暗くなったり明るくなったりするのもじきに慣れるだろう。たくさんの刺激に慣れていって、やがて心の奥底で起こる様々な反応にも関心が向かなくなればそれで僕の人生は完結したと言っていい。
初めから目指すべきはそこだった。ステラの代わりをしようなんて殊勝な事を考えても仕方なかったのだ。人にはそれぞれ器というものがあり、凡庸な僕ができるのなんて結局はその程度の事だけなのだから。
改めて、勇者というのは凄かったんだな。それはユニークスキルだけの事ではなかったというのが、こうまでなってようやく実感できる。これが彼女ならきっとまだ前を向いていた。こんな風に全てに目を背けて世界の終わりを待ち続ける事なんて無かっただろう。
何かをするにはもう何もない。別にいつか何かが起こると思って善行を積んでいた訳でもないが、それでもその先には何も無いという事がなんとなく解ってしまった。何処を目指した訳でもなかったはずなのに、もう体は動かなくなっていた。
目を閉じていよう。世界の終わりまでただ目を閉じていよう。
眠れないのは知っている。だけどずっとこのままじゃない。こうしていれば少しずつだけど変わっていく。
今より暗く
今より静かに
そして今より何もない世界に
風の音がする。さわさわと足首に草が触れている。澄んだ空気が鼻を通って夜の匂いを僕に染み込ませてくる。
「……え?」
気付けば僕は外にいた。暗闇の村の中にただ一人。誰も通らない暗い村の中に一人で佇んでいた。
夢でも見ているのだろうか。何を思った訳でもないが道を歩いてみる。ざくざくと土を踏みしめる音がやけに新鮮味を持って耳に届いた。
思えば久しぶりの土の上、久しぶりの外だった。一歩歩くごとに枯れた心に少しずつの水気が染み渡っていくような気がする。外、ノウィン、歩行、視界、三日ぶりに触れるあらゆるものが僕にとって刺激的だ。何の飾り気のないあるだけの世界にのめり込み、何も考えずに一つ前の地面を踏みしめ続けていた。
「ライト」
声が響き渡った。聞き覚えのある女の声。鼓膜を打つ心地よい振動にしばし感じ入った後に、僕は声の主の方を振り返る。
そこにいたのはアナスタシアだった。誰もいない夜のノウィンの中、僕の方を見て少し笑みを浮かべている。その笑みを寂しそうだと感じた理由はなんだっただろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます