三人の冒険

 ダンジョンに入ってからの僕達三人は特に雑談も無く黙々と進んでいた。先頭に立つ僕がそれなりに早いペースで歩いて魔物にぶつかり、アナスタシアが「敵だ!」と言って戦闘が始まる。その繰り返しである。


 入る前は連携がどうのといった声も聞こえていたこのパーティだが、全員Aランク以上の攻撃性能を持っているために基本的にCの敵など一撃で無力化してしまう事がほとんどだ。故にあれをどうしろみたいな声掛けは必要なく、「敵だ!」「行くよ!」「やったー!」「お疲れさま!」などの大した意味のない掛け声しか戦闘の場には響かない。もちろん声の主は全部アナスタシアである。


 何とも言い難い閉塞感ではあるが、このまま踏破まで進めれば文字通り言う事は無いだろう。ボスを倒して、あとは「じゃあこれで」と駆け足で逃げてしまえばいい。一応はアナスタシアへの義理も果たしているし、次からは騙し討ちのような提案にも乗る事は無いだろう。僕はそんな作戦を頭の中で密かに練りながら、歩く速度を緩めないように神経を尖らせていた。


「ねえライト、なんか火魔法の威力がやたら強くない?」


 そこに不意打ちのようなアナスタシアの声が掛かり、びくりと肩を震わせてしまう。


「い、いや……気のせいっていうか、前からじゃなかったか?」


「そうだっけ? 強くなったと思うけどなあ」


 振り返って言い訳を返すと共に、ついつい歩く速度を緩めて話すモードに入ってしまう。


 もちろん気のせいでもなんでもない。最初は剣で戦っていた僕だが、力の数値は200程度であったために戦闘中は二人の援護を受ける事もあった。それをわずらわしく思い、9999の炎魔法も混ぜながら魔物を瞬殺するようにしていたのだ。(加減はしていたが)


「そ、そういえば昨日のダンジョンはどうしたんだ?」


 こんな所で疑いを残されてはたまったものではない。いつものごとく雑な話題変更で意識をそらしにかかる。


「ああ、昨日の? あれはあの後、私が適当にクリアしといたよ!」


 あっけらかんと答えるアナスタシア。まあDなら一人でもクリアできるだろう。要は彼女が昨日慎重にならざるを得なかったのは明らかにランクが下である僕が一緒だったからなのだ。


 結局その会話はそれで終わったが、なんとなく改めて歩調を速める事もできずに普通のペースで歩く事になってしまう。距離の縮まったマリアがたまにちらちらとこちらを見ている。今にも話し掛けてきそうな空気に気が気でない。


 実際マリアはステラの件についてどう思っているのだろうか。犯人が人間だと言う事には既に彼女は辿り着いた。では具体的にどこの誰がと考えれば、そこに僕の名前が挙がってくるのは必定ではないのか?


 ……いっそこちらから聞いてみるか。思いもよらない事を言われるよりは、こっちから話題を切り出した方がまだ良いかもしれない。


「なあマリア、ノウィンの犯人って」


「え?」


 話し掛けられるとは思っていなかったのか、マリアはぼんやりとした声で返す。


「犯人について何かわかったのか」


「え? 犯人って……え? 何ですか?」


 気もそぞろといった様子でオウムか何かのように再度あやふやな返答を返してくる。一瞬とぼけているのかとも思ったが、その顔は本気で念頭に無い話題を振られた時のものだ。


 おそらく彼女はもうステラの件について本当に何も考えていなかった。あれからただずっと僕と仲違いしてしまった事だけを考えて、今日までひたすら悩みぬいて過ごしてきたのだろう。


「あの、ライトさん」


 マリアがおずおずと話し掛けてくる。


「わ、私よく無神経だって言われてたんです。その気がなくても人を怒らせるような事を言ってしまうと。本当にごめんなさい……ライトさんを傷付けたかった訳じゃないんです」


 真剣にこちらの心情を慮ってくるマリアにぐっと胸が詰まる。黙って踵を返す事ができずに「いや……別に……」などと、中途半端な反応をつい返してしまう。


 思えば彼女がノウィンの犯人について語り出したのも、僕がステラについて気にしていたからに過ぎない。彼女はいつも僕のためになろうとしてくれていた。その彼女の心をないがしろにして自分だけ逃げ続けてきたここ数日のふるまいに、今更ながら深い罪悪感が押し寄せてくる。


「おっ、ついにボス部屋だ! みんな気合い入れてがんばろうね!」


 タイミングが良いのか悪いのか、アナスタシアがボス部屋発見の声を上げる。無味乾燥な壁に釣り合わない荘厳なドア。結局僕らの抱えた問題には何の解決も見えなかったが、それでも全てのダンジョンには終わりが存在するものだ。


「オラ! 開門!」


 先頭にいたアナスタシアが杖を叩き込み、でかいドアを開け放つ。開いた鉄のプレートの先に巨大な空間が広がり、その中央にパーティの視線が移る。


「……え?」


 扉を開けたアナスタシアの身体が固まる。幾度も攻略し過ぎ去った領域であるCランクのダンジョンに似つかわしくない、その反応。これまでただ一撃のもとに敵を屠って来た僕達らしからぬ、足を止めて佇むその時間。


 部屋の中央にいたのは人型の、しかし途方もないくらいに巨大な生き物であった。パキパキと音を立てて周囲の床を凍てつかせるオーラ。白い空気が晴れて見えてくる、圧倒的スケールの体躯に森の巨木より大きな斧を担ぐ魔物。


 Aランクモンスター……フロストジャイアントがそこにいた。

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