アナスタシアと袋小路
アナスタシアに「明日もダンジョンだからね」と言われたその明日がやってきた。
ハッキリ言って昨日の事を思うと気が重いが、もっと気が重い事から逃げる事でなんとか彼女の方へと足を進めていく。廊下で待っている起き抜けのアナスタシアにぼそぼそ話し掛けにいくと、元気な挨拶とともに今日行くダンジョンの位置だけ教えてもらった。現地集合との事らしい。
正直現地集合にする意味もわからないが、昨日の今日で挙動不審になってしまいそうなので村で彼女と行動しなくていいのは助かる。マリアの落ち込みも合わせて僕らに関する変な噂が立ってしまいかねないだろう。
「とは言え、そもそも一緒にダンジョンに行くのが嫌だ……」
やる事のない関係上早々とダンジョン入り口に辿り着いてしまい、余った時間で頭を悩ませてしまう。洞窟の奥で待ち受ける気まずい空気を想像して今から気分が重い。
アナスタシアと狭いダンジョンに二人きりでいれば、嫌でも昨日の事を思い出すだろう。彼女はその事自体は気にしないかもしれないが、それも逆に僕自身のやらかしを浮き彫りにする一要因でしかない。
まあ腹を殴ったマリアと押し倒しただけで未遂に終わったアナスタシアならアナスタシアと一緒にいる方がまだ気が楽なので、観念してアナスタシアの願いを聞くべきだろう。マリアには合わせる顔が無さすぎて会えないけど、アナスタシアはまだギリギリ会えるし詫びる姿勢くらいは見せたい。
「おーいライトー! おまたせー!」
そうこうしている内に後ろの方から元気そうなアナスタシアの声が聞こえてくる。憂鬱だがせめてその内面をできるだけ見せまいと、気合を入れて声の方を向く。
「なっ……!?」
振り向いてぎょっとした。おーいおーいと手を振りながら僕の方へと駆け寄ってくるアナスタシア。そこまではいい。だがその後ろにはきょろきょろと定まらない視線でおっかなびっくり歩いてくるマリアの姿があったのだ。
あの女、そういう事か!
ここに来てようやくアナスタシアの考えを理解し、拳を握る。あいつはとにかくマリアと僕を引き合わせようと企み、その布石として今日の約束を取り付けていたのだ。
「あーちょっとライト! 逃げちゃダメだからね!」
一瞬踵を返そうかと迷った僕の仕草に対し、アナスタシアが敏感に声を掛ける。
「ほら、今日はマリアも一緒にダンジョン攻略するから! ダンジョンもちゃんとCランクにしといたからね!」
入り口に立てられた『トロル級』の看板を指さしながら、悪びれもせずに今日の予定を告げるアナスタシア。確かに昨日よりも高いランクだなとは思ったが、それは僕の実力を彼女が上向きに評価した結果だと思っていた。……思うべきではなかった、そんな事!
結局馬鹿正直にも立ち止まってしまった僕の方にマリアとアナスタシアが集まってきてパーティが結成されてしまう。マリアはアナスタシアの少し後方で所在無さげに佇んでいるが、おそらく所在無さで言えばこの場で僕に敵う者はいないだろう。
「元々パーティメンバーだったし連携とかはやりながら思い出せば大丈夫だよね! さあダンジョン入ろ!」
同じ場所に放り込めば早々に仲直りするだろうとでも思っているのか、アナスタシアは相変わらず楽観的な態度を崩さない。その温度差に僕はついマリアの方に視線を向けてしまうが、マリアはマリアで落ち着かない様子で地面を見ているのみだ。
思わずひやりとしてダンジョンの方へと目を戻す。もしも彼女と目が合いでもしていたら何も言える事は無かっただろう。この場の誰とも立場を共有しえない僕が、彼女に何を期待して視線をよこしたのだろうか。
「行こうか……」
結局今この場において僕が取れる次善策は、できるだけ黙々と役割をこなす事である。さっさとダンジョンに入ってしまい、それで魔物を倒しまくってボス部屋まで踏破してしまうしかない。そこまでの義理を果たした上でさっさと退散してしまうのが賢いだろう。
僕は観念してダンジョンに足を踏み入れ、奥へと歩いていく。そしてその僕に続くようにアナスタシアが小走りでついてきて、耳元に顔を寄せてきた。
「今日はいじわるは無しだからね」
小声でそう言われ、思わず足が固まってもつれそうになる。なんとか歩きながら曖昧に頷きを返し、荒ぶる心を落ち着けようとひたすらに速足に深呼吸をする。
後方から「いじわる?」と不思議そうに呟くマリアの声が聞こえたが、「なんでもないよ!」と元気そうに返す声でその話は特に深堀りされず終わった。僕は昨日の事を思い返すと、なんでもないなんて心持ちではなかなかいられそうもなかった。
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