市場で買い物
かつて村で過ごした人間としては今のノウィンに普通に暮らすだけでその変化をそこかしこに垣間見る事ができる。中でもその変化を一番わかりやすく実感できるのは村の一角の開けた広場……ノウィン市場だろう。
「へー、面白いなこの魔道具」
並べられた数々の品の中から僕が目に止めたのは、平べったい丸石みたいな物体だ。手に取って軽く魔力を注入すると中の回路が作動してひとりでに揺れ始め、それを肩に押し当てると筋肉がほぐされて気持ちが良い。
「あははは! なんだこれ、面白いな。孤児院のおみやげにしよっと」
即断即決で売り主に銀貨を渡し、石の魔道具を購入する。孤児院で魔力を使える人間なんて院長ぐらいだという事を忘れているが、それも持つ者の余裕という事だろう。
購入物を手に立ち上がると、また市場内をゆっくりと歩き回りながら良さげな商品を探す。外から来た人間達が草むらに敷いた布の上に村では見かけない珍しいものを並べている。それに村民や冒険者が集まり賑やかさを形成していた。
「ほんと、回るようになったよな……色々なものが」
かつては行商人などはほとんどやってこなかった。村内のみでほぼ完結した魔物のいない貧乏な村で売れるものも少ないからだ。
だが今はそれなりの冒険者が集まっているため、高い魔道具や薬が売れる。村民にも新しい事に挑戦しようという気概が生まれているので、他の売れ筋もそれなりに存在した。村の需要に惹かれて集った商人達が形成するこの市場は、村民の頑張りが実を結んだ証とも言えるだろう。
「まあ……そんな事を考えている僕には市場なんてほぼ必要無いけど」
当たり前というか、最強の僕に魔道具や薬はもちろん他のあらゆる商品も必要になる事はほとんどない。だから僕が見ているのは『掘り出し物』の類である。例えば遠方の珍しい民芸品、日常のふとした所で使えるアイデア魔道具、あるいは古くて珍しい本。そういうちょっとしたインスピレーションを与えてくれる、あるいは知的好奇心を満たしてくれる品を重点的に探しているのだ。有体に言えば娯楽のためと言い換えてもいい。これはこれで経済活動の一環だし、悪くないものだろう。
「ライトさ~ん! 見てみて、これ見てください~! 凄いですよ~!」
声の方に顔を向けると、前方から駆け寄ってくるマリアがいた。その手には正に古くて珍しそうな本を持っている。
「これね、何百年も前の人が書いた日記なんですよ~! なんと魔王が現れた日の事まで書かれてるんです! ちょっと文体が時代がかっていて読み辛いですけど、逆に信憑性の高さがうかがえます!」
そう言って彼女は数ページ開いて見せてくる。確かにぱっと見ただけでも偽装とは思えない古臭さがあり、興味を惹かれるものだ。
「へー、ちょっと良いかも。よくそんなもの見つけてこれたなあ」
「ふふ、ありがとうございます! あとで貸してあげてもいいですよ!」
嬉しそうに貸す約束を持ち掛けてくるマリア。まあ貸されても僕にその時代がかった文章を読めるかは謎だが、それを言ったら「じゃあ読んであげますね!」と返ってきそうなので黙っている。まあ別にそれも良いのかもしれないが。
「じゃ、そろそろ診療所に戻ろうか」
「はい!」
ほくほく笑顔のマリアと一緒に、診療所へと隣り合って歩く。彼女の満足げな様子を見ていたら、自分の持っている石が少し物足りなくも思えてきた。こんなの孤児院の子供達は喜ぶのか……?
「ただいま戻りました~!」
いつにもまして朗らかに帰宅の挨拶をするマリア。先生や助手もそれに応えて笑顔で挨拶を返す。そしてそれからもう一人、ヒール室から少し太めのおばさんがのっそりと顔を出した。
「あらあ、おかえり二人とも! 喉乾いたでしょお、今お茶を淹れたげるからねえ! どうだった、市場になにかおもしろいもの見つかったあ?」
単に休憩から帰って来ただけの僕とマリアをとびっきりの歓迎ムードで出迎えてくれた彼女は元冒険者のローザさん。ノウィンの噂を聞きつけて別の町からやってきた、この診療所につとめる新たなヒーラーだ。
「まったく相変わらず二人とも仲良しね~! 羨ましいわほんとぉ!」
「あ、えっと、それはあ……。え、えへへへへ!」
そうやってローザおばさんが言うと、マリアはすぐに照れて誤魔化し笑いをする。その次の瞬間には僕に対しても「やるわねライト君も!」などと茶々を入れてくるので、二人そろっていつも反応に困る事になる。
僕たちはあれからよく二人で外出するようになっていた。診療所にローザさんが来てくれた事により勤務時間の半分くらいは休憩を取っても支障が無くなり、その結果自由な時間が大幅に増えていったのだ。
「あー、良いわよねこうやってお茶を淹れたりしながら過ごすの! あたしも回復サービスに就くのはちょっと興味あったんだけどねえ? でも町のギルド付きなんか肩っ苦しくて嫌じゃない! ここは良いわあ、空気が穏やかでみんないい加減!」
しきりにノウィンの良さを語るローザおばさん。なんか半分くらい悪口だった気がしないでもないが、確かにバリオンみたいな栄えた町と比べての良さはその辺にあるのだろう。その視点はこれからも忘れないようにした方が良いのかもしれない。
ローザさんが淹れてくれた紅茶を手に取り、その香りを確かめながら窓の外を見る。外に見えるいい加減な村民達は、今日も精力的に働いていた。
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