でかくて黒いやつ

 石壁、石畳が形成する地中の奥深く。狭苦しいダンジョンの中では一際サイズのでかいボス部屋の中央に奴は佇んでいた。黒々とした光沢のある鱗が特徴的なS級の超危険モンスター……ブラックドラゴン。その最大の武器はこちらの装備もろとも肉体を分解する漆黒のブレスだ。奴はドアを蹴り開けた僕を認識した途端にそのブレスを大量に吐いて浴びせかけてきた。


「ぐおおおおおお!」


「痛い痛い、ひりひりして痛い」


 この世の全てを分解する漆黒のブレスに肌をピリピリと刺激され、不快感が増していく。持ち物や装備には保護の魔法を掛けておいたから無事だが、肌は丈夫だからとノーガードだった。


「ぐおおおおおおお!」


 こちらに効いていない事など知らずにブラックドラゴンは尚もブレスを吐き続けている。先制で全力の必殺技を撃てば死なない奴はいないという、身も蓋もない信念を感じさせる攻撃だ。過去に二つのパーティが帰ってこなかったのは、この珍しい行動原理にやられたせいだろうなと推測する。


「ぐお……ぐお……」


 弾が無くなってきたのか、勇ましい咆哮はカスカスの絞り出すような音になり、やがて終わる。そして息を吐き尽くしたドラゴンはやり遂げたような顔をして四つの足をたたみ、首を体にぺたりとくっつけ、その場に座り込んだのだった。


「いや終わってねえよ!」


「ぐおっがほあ!?」


 中空に巨大な岩石を生成し、ドラゴンの横っ面に叩き込む。この世の物とも思えぬ硬度を超重量で叩きつけられたその頭蓋骨は、スイカが割れるような音を立てながら取り返しのつかないくらいの勢いでひしゃげていった。




「Aランクダンジョンクリアしてきたぞ」


「うわあ、助かりました~!」


 クエストクリアを報告すると大仰に感謝される。ギルドにたむろしていた冒険者達も一目置くように僕の方に視線を向ける。


「ああほんと良かったあ! あそこ嫌な前例があったからもう誰もやってくれなくなっちゃってたんですよお!」


「ボスだけSランクのブラックドラゴンだったからな。普通はドア開け確認の後に逃げられるもんなんだが」


 道中のモンスターは大体強さが統一されているものなのだが、ダンジョンボスだけは少しブレが大きい。「オラ!」と勇ましくドアを開けた直後にドラゴンが見えたから退散するといった笑い話は冒険者の中ではお約束だ。その場合においてもボスモンスターの種類を報告すれば多少の報酬をもらえたりするので、勝てない相手には逃げるが勝ちである。


「では報酬は一週間後にお渡しします! ありがとうございましたあ!」


「うむ」


 ギルドの感謝を受け、クールに頷いて去るスバライト。ギルドの入り口をくぐった後もまだ、背中に羨望の眼差しを感じるようだった。


 外に出ると容赦なく照り付ける太陽が肌を刺し、夏のような蒸し暑さが地面からむんむんと湧き上がってくる。町中にはやたら葉が大きく幹の黒い特徴的な木が何本も植えられており、影と日光のコントラストが地面全体に不思議な模様を作っていた。


「さて、報酬は一週間後か……」


 覆面ごしに降り注ぐ陽光にじりじりと焼かれながら、確認のようにそう呟く。一週間後という事は一週間経ったその時にまた来なくてはならないという事だが……。


「この町の名前……なんだっけな?」


 最初に確認したはずの事をど忘れし、町を歩きながらしばし記憶を探る。頭の中にある数多の町の名前のどれが正解ともつかず、脳内のふわふわとした地図の上に文字が乱雑に散乱していくのだった。

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