真実
昼の喧騒を置き去りにしたような深い黒に包まれた夜。こんな夜は星の海が綺麗に瞬く。その光景は否が応でも今はいない存在の事を思い出させる。
僕は孤児院二階の自室から窓を開け、村を眺めた。ほとんどすべての村民は一日の活動を終えて家に戻り、今はもう部屋の灯りを消して床についている。聞こえてくるのは風とすず虫がひそひそ話をしているような小さく遠い音のみで、その静けさは起きている者の思考を研ぎ澄ませた。
「ステラが死んだ時、僕は明確にパニックに陥っていた」
一つの事実を声に出して確認する。あの時、少し前まで会話をしていたステラが僕が振り向いた時には動かなくなっていた。首の折れた痛々しい姿が僕にまともな思考を許さなくしていた。
「やってしまったのだと思った」
森の中には僕以外に誰もいない。突拍子も無く彼女が殺される理由などない。僕が力加減を誤ったというのが一番もっともらしい彼女の死んだ理由なのだろうと。
「だが違う……理由はあった」
彼女は勇者だった。人類根絶をたくらむ魔物の姫にとって邪魔な存在。魔物にとっての……暗殺の対象。
「初めて聞いた時は上手く嚙み合った誤解だと思っていた。でも……実は、違うんじゃないか? 実は初めからそれこそが真実で……一方的に勘違いをしていたのは僕の方だったんじゃないのか?」
思えば不可解な所はいくらでもある。いくら規格外の力を持った僕とはいえ、ちょっと振り払っただけで人を殺してしまうなんて本当にありえるのか? Sランク冒険者の戦士は文字通りに一騎当千の力を持つが、彼らがそんな風に事故を起こしたなんて話は一度だって聞いたことがない。
「それに……僕は彼女の死ぬ瞬間を見ていない。振り返ったら死んでいたんだ」
僕は彼女に背中を向けていた。つまり見えていない部分で彼女に何が起こっていたかなんて全くの未知数。今から考えれば、その間に彼女が暗殺された可能性は十分にある!
考えてみれば僕は背を向けて結構長い間考え事をしていたはずだ。あまりよく覚えていないが、少なくとも10秒……いやもしかしたら30秒はそうしていたかもしれない! その時は意味を見出せなかった数十秒の時間も、魔物による暗殺という発想を持って見れば大きすぎる隙だ!
「いや、ちょっと待て……ちょっと待て、という事は……」
ここに来て
「僕がいつまでも照れてないですぐに振り返っていたら……彼女は死なずに済んだんじゃないのか……?」
思い至ったもしもの世界に愕然とする。まだそうと決まった訳ではないのに、波のように押し寄せてくる感情の奔流が他の思考を根こそぎ洗い流していく。
「というか、待て、待てよ……だとしたら、そもそも……ステラは
ステラは死んだ。僕と旅に出る事もできないし、もう二度と何も喋ってはくれない。もしも僕が彼女を殺していないのであれば、それは他の誰かが殺したという事だ。幸せの絶頂だった僕とステラを地獄へと突き落とす、勝手な都合による理不尽極まりない仕打ちだ。
「あああああああああああ!! ステラが! ステラが殺された! いつも笑っていたステラが! 僕と旅に出るはずだったステラが!」
狂おしい程の感情に心と身体の制御ができなくなり、魔力が体表を駆け巡る。爪痕が食い込むくらいに拳を固く握りこみ、それでも抑えきれない想いで目の奥が熱くなる。足がふらふらと頼りなくもつれ、体の芯がぐらんぐらんと揺れる。
突然視界が激しくかき混ぜられ、足に伝わる全ての重力が消えた。窓から落ちたのだ。逆さになった世界がぐんぐん下に進んでいく中で、それでも胸の内からほとばしる激情は微塵もかげることを知らない。
溢れんばかりの魔力のほんの少しを使い、地面すれすれの所で爆風に巻かれ急上昇する。それでも収まらないほとばしる魔力を風としてむちゃくちゃに放出すると、ちっぽけな人間の体がデタラメに空を跳ねまわった。
「ステラ! ステラあああああ! あああああああああああ、なんでなんで、なんで、ああああああああああああ! よくも、よくもこんなあ! うああああああああああああああ!!」
もはや言葉の形に整える事すらできない、この身を焼き尽くすような悔しさと憤り。例えるなら劫火、暴風、轟雷、この世の全ての力。途方もない回り道をしてようやく辿り着いたジョシュアや村民達と同じ気持ち。
空を暴れ回ること数分、ようやく感情が言葉になる程度に気持ちを落ち着ける事ができた。気付けば遥か空の上、村の形さえ見えない上空に一人浮いている。
眼下に見えるのはただ地上を覆うように広がる雲のみ。どこまでも同じ景色が続く異様とも言える見た目の世界で、僕はその異様さを気にも留めず、ただ下の大地に潜む何かをずっと見つめ続けていた。
「『エクスプロージョン』」
膨大な火の魔力を膨れ上がらせ、今まで見てきた村や町、山を全て集めたよりも更に巨大な爆発を空に起こす。その天変の炎が晴れると、世界の果てまで続くような雲が晴れ、夜の地上まではっきりと見渡せるようになる。
その日、それは遥か天空より僕の瞳を通して地上全域へと降り注いだ。天変地異の魔法よりも激しい、ただの一人の人間としてのたった一つの想い。
「魔物の姫……許してはならない人類の敵……」
そして……僕の仇。
僕はノウィンに帰って来た。もはや心は村民達と同じ方を向いている。
もしも全ての物事に理由があるとしたら、僕の能力はこのためだったのだろう。誰かが魔物の姫を討ち滅ぼさなくてはならない。
僕は……人殺しじゃない。
唯一無二、
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