ギルド本部

「調査……だと? お前ら一体何を言ってるんだ?」


 理解できないといった様子でジョシュアが質問を返す。それを受けて男達はまたうっとうしそうな顔をする。


「何って、になったから約束の調査に来てやったんじゃないすか。話にならんすねえ」


「さっさと現場に案内しろよ、協調性の無い奴だな」


「まあ例の魔物の姫による暗殺って見当は付いてるから、別に適当でも良いんすけど……あーめんどくさ」


 男達は当然といった顔で話を続ける。だがノウィンにとってはそれら全てが寝耳に水だ。


「ちょっと待て……ちょっと待て! さっきから何言ってやがんだお前らは! ギルド本部の調査員は既に来たはずだろうが!」


「はあ?」


 小男は意味が解らないといった顔をした。話の通じなさにジョシュアは舌打ちをする。


「ギルド本部から魔道具課のスミスってやつが来たんだよ!」


「スミス? 誰すかそりゃ。というか、なんで魔道具課が?」


「魔道具で犯人を捜すためだろうが! 確かにあんたらより先に調査のためにこの村に来たんだ! 三日前だ!」


「三日前ぇ? 期日は今日じゃないすか」


「いや、だからそれは! それは……!」


 その時の事を思い出すように視線が動く。


「三日早く……到着したって言って……」


 それきり黙り込むジョシュア。話しても話しても両者の言う事が全くかみ合っていかない。だが話す中で何か嫌な感触が積み重なっていった。何か……取り返しのつかない事をしたような空気。


「さてはあんたら……っすね?」


 核心に触れる小男。ジョシュアは苦痛に耐えるように眉間にしわを寄せる。


「いるんすよたまに。ギルド本部の制服を着てそれらしい事を言って詐欺を働く輩が。あんたら何か取られたんじゃないすか?」


 ジョシュアは俯いて拳を握り締めた。ドレイクの羽根、アークリッチの骨粉、数々の高級素材。それを燃料として中に収納した・・・・・・やけに大型の魔道具。ここに来て今まで見てきた事の意味がまったく別のものに変わってくる。


「そ、そうか! そういう事だったのか!」


 ジョシュアの後方からノウィンギルド長が出てくる。その様子から察するに、ずっと近くで話を聞いていたらしい。


「おかしいと思ったんだよなー! 現地であんな高い素材を要求するのとかもなんかギルドっぽくないなーって! 本部への素材代の請求書を書いてる時、大丈夫かなーって何度も思ってたんだよ!」


「いやてめえ、なんでそれを言わなかったんだよ!!」


 我が意を得たりとばかりにまくしたてるノウィンギルド長に、当然のごとくジョシュアが物凄い剣幕で迫る。


「そもそもてめえが普通に職員として扱ってるからこっちも信じたんだろ!? 最初に何かしらの証明が済まされてるって思うだろうが!」


「だ、だって証明書の提示を求めたら、『わざわざ骨を折ってここまで来た我々を疑うのですか?』って凄まれて! 本部職員に強く出れないじゃないですか!」


「めちゃくちゃ露骨じゃねえか! そこで追い出せてればこんな事にはならなかったのによお!」


 いつも通りと言えばいつも通りにギルド長がジョシュアにどやされる光景。だがこれを「いつもの」と笑って流してしまえる人物は今この場にはいない。


「いやもうなんでもいいから、さっさと現場に案内してくれないすかねえ?」


「なに他人事みてえに言ってんだてめえも! こんなの半分以上ギルド側の不手際だろうが!」


「はあ!? こんな田舎の職員のミスなんて知らんでしょ! 村民同士手を取り合って乗り越えてりゃいいんじゃないすかねえ!」


「なんだとてめえ!」


「ああもうめんどくせえ~! 報告する事が増えまくってんじゃねえかよ!」


 突然の珍客の訪問によって判明した予想外の事態は、ついには来訪者二人も交えて喧々諤々の言い争いにまで発展していた。周りの村民はそれを見ながら、ただ茫然とした面持ちで立ち尽くしている。そして……その光景をもう一つだけ外側から見ていた一人の人間。



 なんだ、やっぱり魔物の姫なんていなかったんじゃないか。



 やはり最初から全ておかしかったようだ。だってステラを殺したのは僕なのだから当然だ。あのスミスとかいう詐欺師だってあの結果を見れば怪しさしか無かったし、僕の立場から見ればそれは考えるまでもなく一目瞭然だったんだ。


 初めから僕はそう思っていた。魔物の姫など関わっていなかったし、暗殺というのもデタラメだって最初から知ってた。あれは暗殺じゃなくて僕が幼馴染のステラを殺しただけなんだから、だから謎なんて何もあるはずがないし、それを魔物だなんだとこねくり回していた皆は滑稽で哀れだ。



 僕がステラを殺した。それは覆りようのないたった一つの真実なんだよ。























 いや、本当にそうか・・・・・・


 胸にくすぶる強烈な光が目の前の解釈に疑問を投げかける。肌がざわざわとあわ立ち、決着のつかない動悸が体を揺らし続けている





 まぶたの裏にはいまだ堂々たる冒険者の姿が焼き付いて離れない。ノウィンのためにその力を存分にふるう、村への襲撃者へと臆せず立ち向かう規格外のユニーク冒険者の姿。人々に感謝される希望の光としての存在。


「何かがおかしいんだ……何か……きっとおかしいはずだ……」


 口に出す事でその思いはより確かな輪郭をまとっていく。


 期日の到来によりギルドを騙る詐欺が発覚した後も、僕は世界の真実についていつまでも考え続けていた。

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