襲来
奇妙な出で立ちの来訪者達だった。全身を覆い隠すフルアーマーに身を包んだ大柄の戦士、そして黒ガラスの眼鏡でその視線のうかがえぬ青白い小柄の男。
「ほ~、襲撃された割にはまだ村人が生活してるじゃねえか。吹けば飛ぶようなちっぽけなとこだがよお」
全身鎧の大柄の男がジロジロとぶしつけな視線で村を舐めまわす。顔を向けられた村民達はみな困惑して目を逸らしている。
「襲撃じゃなくて暗殺っすね先生~。この村には勇者ってのがいて、それを姫が殺したっつー話っす」
「ああ? なんだそりゃあ! じゃ、この村は無傷でこんなボロっちい状態って事かあ!?」
小柄の男の補足に対して、大鎧の男は大げさに驚く。その村民の神経を逆なでするような態度に思わず顔をしかめたくなる。
「まあ村なんてこんなもんすよ、私らレベルが本気出せばほんの一瞬すから。今はその時じゃないすけどね」
そう言い、小柄の男は腰の帯に差し込んでいる杖を撫でた。まるで鉱石から丸ごと削り出したようなごつごつした杖だが、微かに残る魔力跡を見るに魔法の触媒としてかなり高等な部類の物だろう。逆説的に持ち主の魔法使いとしての能力の高さをうかがわせた。
「誰だてめーら。ノウィンに何の用だ」
運良くと言うべきだろうか、たまたま村にいたジョシュアが男達の前に立ちはだかった。村民の誰かに呼ばれてきたのか、その腰には剣を携えていた。
「おいおい、誰だ
にやにやした口調で大鎧の男がからかうように言う。腕の立つ戦士然とした見た目のジョシュアに対し、臆する様子が一つも無い。
覚えのある態度だ。間違っても相手の牙が己に届くとは思っていない、自らの実力に裏打ちされた余裕。凶悪な魔物と相対する時の僕と同じ。相手を
ジョシュアが一歩距離を詰めた。その顔には不遜な来訪者に押し負けんとする気概が満ち満ちている。その様子を見た僕の首筋に一つ汗がつたった。
戦いになるとは限らない。相手が何者かすらわからない。だがもしも戦いになれば……彼は
いつもならいかに素知らぬ顔でやり過ごすかという事を考えていた。矢面は全てジョシュアに任せ、自分はただ卑怯な人殺しとして逃げ回るのみ。それが僕にとって一番の分相応な生き方だというのは身に染みて解っていたし、僕が犯人だと疑われてしまうというのが何より嫌だった。
だが何故だろう、今日に限ってやけに胸がざわつく。
そんな
僕は何をしている? 村一番の実力を持った僕がこんな所で何もせず、何故ちぢこまって隠れているんだ?
訳もわからず涙が出そうになり、目頭を手で押さえる。とっくに受け入れたはずの人殺しとしてのせせこましい自分に対し、吐き気を覚えるほどの激しい拒否感と嫌悪感が湧き上がる。こんな風でいたくないと心のあらゆる部分が悲鳴をあげている。
ふと、どこかのSランク冒険者の姿がまぶたの裏に映し出された。
顔もわからない、だけどやけに近しくも思える姿。いつも豪快に笑っている。周囲の反応など物ともせずに全ての困難を打ち砕く、比類なきその強さ。
そして━━きっと彼は何者からも逃げない。
目を見開き、前を見た。
物陰から抜け出し、村人達の方に向かい一歩一歩確実に足を進める。
僕は人殺しかもしれない。
だけどそれでも……ここにいる一人の人間だ。
村も、孤児院も、そこに住む仲間達も全て譲れない。
譲れる訳がない。
それこそが、今ここに立つ僕にとっての
「先生、歓迎も何もどうせこんな小さな村にゃワインも無いっすよ。さっさとこちらの用件だけ済まして帰りましょ」
凄む大男に対して小男が退屈そうに言う。村の方を見ようともしない自分本位な物言い。その無礼な態度に、村民としての自負の強いジョシュアがついに剣を構えた。
「てめえら、何しに来やがった! いつまでも勝手ふるまって用件を言わねえようなら、ノウィンのAランク冒険者の俺がこの場で叩っ切るぞ!」
先の平和から一転、一触即発な空気に村人達は息を飲む。相手の出方次第でいつ戦闘が始まってもおかしくない。
「私らを叩っ切る? ほー、そりゃ冒険者風情が大きな事を」
「はぁ~何処にでもいんだよなあこの手の奴はぁ。相手の実力もわからねえ……なのに自信だけ満々、血気盛んな愚か者がなあ」
対する来訪者達はその剣を見てもやはり特に慌てる様子は無い。その様子にジョシュアも更に語気を鋭くする。
「できねえと思ってるのか? その汚え足で一歩でも村を踏みやがったら、てめえらまとめてただじゃおかねえぞ」
ジョシュアの言葉に引かない意志を察したのか、しらけたような言動を続けてきた小男も口を閉じる。そして呆れ顔から一転、スッと表情を消して大男に軽く
「ぐはははははは! 退屈な仕事だと思ってたら面白い事になったな……。そこまで言うなら見せてやろうじゃねえか、俺たちの正体をよ!」
言うなり、大男は手に持った大剣を思いきり地面に突き立てた。そして何故だろうか、自分の身を包む防具を手当たり次第に引きはがして土の上に叩き捨てていく。
「なんだ!?」
剣を構えた相手を前に、異様とも言えるその行動。鎧とは身を守るのを目的としてつける武具のはずだ。警戒するジョシュアがその目つきをより鋭くし、深く腰を落とす。武器か何かが突然飛び出してくるのかと、その場の全ての人間が固唾を飲んで様子を見つめている。
「うおらあああああ!」
地獄のような雄たけびを上げながら大男は重い金属片をどかどかと地面に脱ぎ捨てていく。重力衝突によって巻き上げられた土埃の中、次第に村民達の目にもその鎧の中身があらわになる。
簡素にまとわれた異国風の衣服。
その布越しにもわかるはち切れんばかりの隆起した筋肉。
そして━━
胸のパーツを外したところで、男の懐からひらりと落ちた一枚の紙。
「あ?」
「おっと、ここにあったか。よいしょっと」
大男はその紙を拾って丁寧に伸ばし、そしてジョシュア達の方にぐいと突き付けてくる。
「は? ギルド本部?」
予想外のものにジョシュアが目を丸くする。彼らのもとに向かおうと歩みを進めていた僕も似たような顔で立ち止まっていた。
「ご覧の通り、我々はギルド本部の職員すわ。まったく一目見てわからんもんすかねー、田舎の村はこれだから」
欠伸でもしそうな態度で小男がそう言う。大男はふんぞり返ってほれほれとジョシュアの目の前に紙を広げている。
「で、いつになったら
相も変わらずつまらなそうに発された小男の言葉だった。心の奥底から湧き上がったなけなしの勇気がじわじわと別の何かに変質していくのを感じた。
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