牙の一本が見つからない

「うおおおお! ジョシュアがブヒブヒって豚の鳴き真似をしてました先生ー----!!! 本当なんです信じてくださいいい!」


 空を飛びながら意味不明な事を叫んでみる。超高速で空気の塊にぶつかりながら飛ぶと声の音なんてすぐ置き去りにされるので、何を叫んでも耳には何も聞こえてこないのだ。そのいつもとは異なる感覚が僕の気持ちを一層心細くさせる。


 上空を飛びながら大地を眺めるのは気持ちいいだろうなと、子供の頃は夢想していた。だが実際に飛んでみると確かに爽快ではあるのだが、それ以上に恐ろしい。果ての無いくらいに広がる広大な大地、その大地をどこまでも際限なく小さくしてしまえる自身の飛行能力の底知れなさに眩暈がしてくる。結局は町を見渡せるくらいの高さがちょうどいいみたいだ。


「あー、とっとと地面に降りちゃうか。あの辺の山でいいだろ」


 ちょうど目に付いたでかくて高い山に降りる事を決める。山の上まで飛んだ後に風の浮力を消すと、今まで視界に全貌を捉えられていた山がぐんぐんと僕の目の前に迫ってくる。


「オラア!」


 何かの攻撃魔法が着弾したような地響きを立て、僕は山の上に着地した。山の上らしく凹凸が激しいが、人が歩けそうな平らな部分もちゃんと存在している。地に足をつけて生きる一人の人間として、その平らな部分を噛み締めるように山を探索していく。


「はー、山の上って植生とかも全然違うんだなあ」


 目に映る草や花がどれも地元で見た事のないものばかりだ。まあ距離が離れているからそのせいなのかもしれないが、いずれにせよ自分にとっては未知の世界な訳で何だかそわそわする。町にいた時みたいにSランク冒険者らしい振る舞いをしてみようかとも思ったが、一人になるともう何を言っていたのか思い出せなくなる。


 心細さを強引に無視し、丈夫さにまかせて毒かもしれないトゲトゲの草を雑にかき分けていく。この山は頂上がなだらかで、目分量でも町五つ分くらいの広さは歩く事になりそうだった。


 草をかき分け、地面を見渡し牙を探す。隆起して連なる岩を飛び越え、その陰に牙を探す。だが進めども進めども牙の一本も落ちてはいない。


 探せば探すほど成果の無さだけを突きつけられ、孤独感が増していく。ここで何も見つけられなければ次の山を探す気力すら無くなってしまうのではないだろうかと、汗が肌を湿らせる。僕は何でもできるユニークのはずなのに、何も成せない不安が何故ここまで大きくなってしまうのだろう。


 振りかぶるように岩壁をまた一つ飛び越えると、一面広々と見渡せる開けた場所に辿り着いた。そしてその見渡した光景の中にはやはり一本の牙すら落ちてはいない。


「なんでだよ……間違ってたって言うのかよ……」


 口の中に独り言ちたところで答えてくれる者は誰もいない。


 これ以上歩く訳でもなく、ただ立ち止まってその実りの無い光景が目に入るのに任せる。まばらに生える背の低い草。固められたように乾燥した黄土色の土。その上に小さな山のように盛り上がったささくれたような形の岩。


 ここには何もない。今この山の上は何ももたらさないもので埋め尽くされている。


 そういえばなんで僕はまだノウィンに帰る事を考えているんだろう。別に飢えて動かなくなるまでこの山に居続けてもいいはずじゃないか。どうせここには誰も来やしないし、誰も何も言わない。仮に来たところで、無味乾燥な土や草と僕の見分けが付くだろうか。この目の前の何もない光景。ここに僕が加わったところで、何が変わる訳でも……。


「ん???」


 沈み込んだ思考の沼を唐突に抜けて、視界がクリアになる。眼前の光景、何かがおかしいような気がする。何の変哲もない何にもならない物ばかりのはずなのに何故だ? だって先ほども確認したように目の前にあるのは土、草、ささくれたような岩山。そう、ささくれたような……なんか硬そうな……。


「う、うおおおおお! なんじゃこりゃあ!!」


 思わず目を疑う程だった。僕は2、3本の牙があれば儲けものだと思って山の上に着陸したのだ。だから地面ばかり見渡して、その異様な存在に気付かなかった。


 そこにあったのは大量のワイアームの牙だった。いや、大量なんてレベルじゃない。これはワイアームの牙のだ。ワイアームの牙がうず高く積み上げられ、岩山として通り過ぎてしまうほどの非常識な大きさにまで発展していたのだ。


「……え? 何これ。え?」


 予想をはるかに上回る成果に呆然としてしまう。どんな力持ちでも抱えきれないほどのワイアームの牙。それはまごう事無き宝の山であった。

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