売り買い

 夕暮れ時のポヌフールを肩を落として歩く人影が一つ。そのしょぼくれた姿がまさかSランク冒険者のスバライトとは誰も思うまい。


「うーん……手紙の往復配達クエストが金貨1枚……か……」


 即金の一番高い依頼でそれだった。街を6500往復すればワイアームの牙が13本買える計算になる。三日以内に6500枚も手紙を書いてもらえるかが不安要素だった。


 確約された一週間後の大金を地平線の向こうに眺める。犯罪者に金貨の山なんてむなしいだけだ。ギルドのクエストをいくらこなしても来るべき裁定は覆らない。


「となると……しかないか」


 採取とは主にダンジョン外の素材を集める行為を言う。高く売れる素材を取って来てギルドに売り、そしてその金でワイアームの牙を買う。話は至極単純だった。


 値段の高さだけ考えるなら素材を集めるにしたってダンジョンが良いのだが、魔物の死体から素材を剝ぎ取ったり抽出したりするのは専門の技術がいるし時間も掛かる。というかクエスト後に残された魔物素材は原則ギルドが受け取るものなので、あまり多くを持ち帰ると白い目で見られたりもする。(少しならいい)


 なので屋外に落ちている素材を集めたい訳なのだが、採取素材の代表格である薬草やキノコはその辺に生えているものではあまり高く売れない。信じられない値がつく幻のキノコ等もあるらしいが、その手のものは軒並み採取場所が秘匿、あるいは独占されていて手が届かない。


 となると、僕が目指すべき素材は自ずと見えてくる。今日で採取初挑戦の僕が見つけられる可能性があり、しかもワイアームの牙が買えるほどの高値で売れる素材。


 そう、ワイアームの牙・・・・・・・である。


 ワイアームの牙を売ればワイアームの牙を丸ごと買えるほどのとてつもない額の金が手に入る。つまり拾い集めたワイアームの牙をジョシュアが三日でたどり着けないような遠くの町で売り、それから改めて三日圏内であるこの町のワイアームの牙を買い占めればいいのである。何をやっているのか馬鹿馬鹿しくなるような計画だが、まじめにそれしかないのだから仕方がない。


 だが、そうすると一つだけ問題がある。ワイアームの牙を見つける手段が無いのである。


 ワイアームは世界各地を自由気ままに飛び回りながら、生え変わった牙を落としていく。その牙が何処に落ちているかを見つけるなんて、世界にたった一人しかいない運命の恋人を探すよりも難しい話である。ワイアームの牙を見つけた凡人が一夜にして大金を手にするという夢物語は世界各地で語られているが、裏を返せば冒険者もその辺の一般人もワイアームの牙の捜索においては大した違いは無いという事だ。


 では、ユニーク冒険者・・・・・・・ならどうだろうか? 僕が考えるべきはそこからである。ワイアームの牙が突然落ちてくる幸運にすがるしかないのはあくまで一般レベルの話であり、世界最強の強さを持つ僕の視点からするとまた状況が違う。


 あるじゃないか、ワイアームの牙。目を皿にしてちまちま地面なんか探さなくても……この大空をでかい図体・・・・・で飛び回っているじゃあないか。


 空を見上げて牙が落ちてくるのを祈る……そんな気の遠くなるような真似はする必要が無い。ワイアームをぶん殴って・・・・・牙が落ちるのを採取する。それがこの素晴らしき冒険者スバライトのユニーク採取なのである。

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