激突! Sランクダンジョンボス!

 AとかBとかよりももっと細かいダンジョンの難易度は、例えば今回のヒュドラ級ダンジョンみたいに〇〇級ダンジョンという形で表される。これはヒュドラがたくさん出てくるヒュドラの巣という事ではなく、単に「遠くから覗いてみたらヒュドラがいるのが見えました」という意味である。だからヒュドラだけ対策するのは片手落ちだし、普通の冒険者は少しずつ内部のモンスター分布を把握しながら数日に分けて進んでいくものなのである。


「うおおおお、ファイアボルトアイスボルトサンダーボルト!」


「ぎごおおおおおおあlrkじゃlrkじゃ!!」

「ぐじゃぼらあlkdjふぁrr!!」

「ずzzzがああああl;うぇkrああr!!」


 適当に光線系魔法を放ちながら、出てくる魔物達を蹴散らして進む。すぐに原型が無くなるからよく覚えてないが、ヒュドラの他にはシルバードラゴンとか電気ゴーレムとかあと多分アークリッチとかがいたと思う。


「ボス部屋到着ァ! オラ開門!」


 現れたでかい門を進むそのままの勢いに任せて蹴り開ける。目の前に広大な空間が開かれ、その中心にはヒュドラよりも巨大な一匹の蛇……いや、系のモンスターが佇んでいた。


「ほー。メデューサか」


 は油断ならない鋭い眼光でこちらを見据えていた。人型の魔物に実際人並の知性があるのかは謎だが、少なくともハーピーよりは賢そうに見える。


 ヒュドラは対処が困難な厄介極まりない毒によりSランクに認定されたモンスターだが、メデューサはそれより更に凶悪な特殊能力を持つ。


 メデューサは見つめた対象を石化させる。つまり見られたら死ぬ・・・・・・・。対処法は気付かれない内に一撃で首を切り落としたり、目隠しとなる障害物を用意するくらいである。いずれにせよこのモンスター一匹に対してかなり特殊な対処を要求されるだろう。


「いいぞ、やってみろ。来い」


 策も何も無しにただシンプルにメデューサへと進みよる。相手は当然それを見過ごしはせずに、すぐに両の瞳を激烈なまでに光らせてこちらを睨みつけてくる。


 途端に皮膚が弾けるような感覚が全身の体表を走り抜けていく。視界を媒介に放出されたメデューサの魔力が僕の体に浴びせかけられ、石化が進行しているのだ。


「なるほど……確かに石化している」


 僕の言葉と裏腹に、僕の手足は変わらず僕の意思で動くし体が苦しくなる事もない。手のひらで少し二の腕の表皮をこすってみると、砂粒よりも更に小さいくらいの微かな石粉がほんの少しだけパラパラと落ちるのが見えた。


「この手ごたえの無さ、あの時のヒールを思い出すな」


 昔、結成したての僕らのパーティが大怪我を負ったSランクの冒険者に遭遇した事があった。当然マリアはありったけのヒールを掛けたのだが、その冒険者の傷は全く塞がる気配を見せなかったのだ。


 強大な生命力を持つ生き物の状態を変化させるためには、それ相応の計り知れない力が必要になる。生き物には見た目じゃわからない、それこそ『生命力』としか言えない耐久性が備わっており、たとえば一般人が死ぬのと同じくらいの生命力を奪われたとしてもSランク冒険者はかすり傷一つ負わない。逆に言うと、Sランク冒険者のかすり傷は一般人の死以上の膨大な生命力の損傷を意味しているのである。


「これくらいの石粉で、そろそろSランク一人分・・・・・・・かな?」


 Sランクの戦士がメデューサの視線で石化するまでが大体10秒、満足に動けなくなるまでは5秒だという。


 彼らはなんだかんだその5秒を駆使してメデューサを倒していく。そして当然僕に5秒以上を渡してしまうのであればそれはもう何だってできる・・・・・・・だろう。


「ふふふ、あれを試してみたかったんだ。メデューサの視線を鏡で跳ね返すとその効果はメデューサ自身に跳ね返るらしいってあれを」


 僕は背中にくくりつけていたものを取り外し、目の前に大きく掲げた。道中で倒したシルバードラゴンの甲殻だ。


「鏡のように光を反射するドラゴンの外皮だ。どうだ? これならメデューサに視線を跳ね返して……」


 しかし掲げて間もなくドラゴンの外皮はピキピキと音を立てて石化を始め、すぐに粉々に崩れ去ってしまった。


「あっ……やっぱり噂は噂か」


 とはいえ案外行けるんじゃないかと思ってもいたので、少しガッカリした。


 本物の鏡だったら結果は変わったのか? とも思ったが、あれだけの反射性を持つ外皮で何の効果も無かったならその可能性も薄いだろう。結局、相手の攻撃を反射して逆に石化させて倒してしまおうなんて虫が良すぎる話だという事か。


「じゃあ仕方がないか……『石化の瞳』」


 瞳に膨大なの魔力を集中し、それを眼前のメデューサへと一気に放出する。その魔力の奔流はメデューサ側が瞳から放っていた魔力すら残らず押し返し、その合わせた全てを彼女へと叩き込んでいった。


「ぐぅおお!? ぎおおおおおおあうぇlkjぁうぇ!!」


 メデューサが混乱しながら声にならない悲鳴を発する。大蛇の下半身は見る見るうちに石へと変わってゆき、滑らかに見えた人間の肌の上半身もその表皮がじわじわと灰色の質感に変化していく。


 やがてその体に宿る全ての生命が塗り潰されたところで、悲鳴は途切れた。石化したメデューサ。これだけ見れば、人々は噂が本当だったと思うだろう。石化の瞳は人間には使えない、魔の魔法は魔物だけに許された専用の魔法なのだから。


「圧倒的だな」


 恐ろしい蛇女の石像を前にそう呟く。今回Sランクダンジョンを攻略してみて改めて解ったこの力は正に圧倒的だ。最上級の魔物を物ともしない強靭な肉体と魔法。本来人間には備わらない魔の魔力すらもその身に宿らせ使う事ができる、反則級の万能性オールマイティ


 やはり僕はSランク冒険者になるべくして生まれてきた人間のようだ。酒場での自信に満ちたふるまい、誰も歯が立たない難敵を屠る仕事ぶり……帰ったら人々の羨望を集めるのは間違いないだろう。唯一の懸念は魔の魔法の使用を気取られると面倒な事になりそうという事か。

 

「そうだな、軽率にこんなものを残してしまうとよくないかもしれない。ギルドなら鏡も無駄と知っているだろうし、警戒されかねないだろう」


 僕がきちんと人々の側に立って戦っている存在なのだという事をまだ知らない人達だ。魔物とは思われないにせよ、危険な存在だと思われてしまうかもしれない。人間の敵だと。人を襲い、大切なものを奪う存在だと。昨日までの日常を突然に奪い、人々の憎しみを集め、なお何も思わないような存在。周囲の全てを欺いて生きている。生きる資格も無いのに生きている、そんな。そんな


「ははははは! なんてな!」


 風の破砕機で石像を粉々にし、豪快に笑う。魔物を討ったSランク冒険者が快哉を叫ぶ、胸のすく光景だ。

 

 舞い散る粉塵を残し、踵を返してその場を後にする。笑いたくも無いのに笑ったせいで粘ついた空気がずっと付きまとったままだった。




◇◇◇◇



「すすす、凄いですスバライトさん! まさかついさっき受注した依頼をもう片付けてくるなんて!」


「はっはっは当然だ! 素早さが素晴らしきスバライトだからな!」


 驚くギルド職員に応じて、こちらも大仰な高笑いで返す。謙虚なライト君との違いを明確にするために調子に乗ったフリをしておかなくてはな。


「で……確認だが、報酬は金貨1000枚だったかな?」


「はい! 1020枚ですね!」


 聞いたことの無いような大金にようやく気持ちがほっとする。この調子でSランクダンジョンをもう5、6回クリアすればワイアームの牙を買い占めるのに十分なお金が溜まるだろう。


「いやいや、こんなに軽く大金がもらえるなんてなんだか悪いな!」


「いえいえ、Sランクダンジョンは本当に一部の冒険者パーティーさんに頼むしか無いですから! 助かりますほんと!」


「はっはっは、そうかそうか!」


 なんだか良い事をしたみたいで気分が良い。これこそ僕が思い描くユニーク冒険者というものだ。自分の目的も達成できたし万々歳だな。


「じゃ、ダンジョン消滅の確認まで一週間ほど掛かりますのでその間は町に滞在なさってくださいね!」


「はははよかろう! はははは! ……ん?」


 ダンジョン消滅の確認……そうだ、ダンジョンはボスを撃破して崩れ去るまでに一週間ほど掛かる。ギルド職員がその崩れ去る兆候を確認して初めてクエスト達成とみなされるのだ。


 つまり報酬が貰えるのは……


「あああああああ! しまったあああああああ!」


 忘れていた。ダンジョンクエストはクリアしてから報酬をもらうまでに一週間ほど掛かるのだ。しばらく診療所のヒーラーだったからってこんな凡ミスを犯してしまうとは。


 事情の知らないギルド受付がぽかんとこちらを見ていた。おそらくギルド内の全ての冒険者も同じ様子だっただろう。

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